神正世界戦争:黒き波は女王と共に②
平原をゆったりと歩くアンスールは、どちらの陣営からも異様に映った。
それもそうだろう。一触即発の戦場のど真ん中でゆったりと散歩をするかのように歩く馬鹿は、そうそういない。
そもそもその場所で戦争が行われるのを知らないならば理解できるが、アンスールの場合は知っているのだ。
バルバセス皇国陣営もリットン教会国陣営も困惑してはいたものの、対応は違ってくる。
バルバセス皇国は、間違っても攻撃を仕掛けるような愚かな行為は禁止と厳しく言いつけ、手を出した場合は即斬首と言う本来ではありえない命令を出す。
殺気を受けた者たちは、天地がひっくり返ろうとも勝てない相手だと分かりきっていたので、その命令を守らせるために奔走した。
命令を受けた兵士達も、あまりに鬼気迫る顔で命令されたとなれば大人しく従う他ない。その命令に疑問を持とうとも、命令を破って死ぬのはゴメンだった。
対するリットン教会国はと言うと、戦争が始まる前の暇つぶしとして的当てゲームを始めようとする。
見た目が魔物であり、その恐ろしさを知らない彼らは実に能天気だ。
しかし、中には“蜘蛛の女王”アラクネなのでは?と察する者もおり、周りにその話をするが誰しもが“厄災がこんなところに現れるわけが無い”と鼻で笑う。
そんな中、
「バルバセス皇国の陣営は随分と賢いわね。多少脅したとはいえ、ここまで徹底させるとは、民度の高さがわかるわ。対するリットン教会国は........お粗末ね。私を相手に的当てゲーム?随分と私を舐めてくれる」
人間と比べて全てがハイスペックなアンスールは、数百メートル離れた敵陣営での声も聞き取ることが出来る。普段は様々が聞こえすぎないようにしているが、傭兵団の名を背負ってこの場にたっている今は常時警戒状態だった。
アンスールは、既に仕込んである配下の蜘蛛達に指示を出すと、そのまま歩みを止めることなくゆったりとリットン教会国の陣地に向かって歩き続ける。
仁からの要望である圧倒的強さを見せつけるには、余裕を持った歩き方も重要と花音から教わっていた。
敵陣営に接敵するまで残り200メール。
この距離まで来ると、リットン教会国も手を出さない訳には行かない。更には見た目が魔物だ。
これが一般人のような見た目であれば、使いを出して話を聞きに行ったかもしれないが、下半身が蜘蛛でできた一般人など存在しない。
ついに、兵士の1人が魔法を放った。
火属性魔法を使う者誰しもが最初に覚えるであろう魔法“ファイヤーボール”は、的確にアンスールの体を狙って飛んでいく。
「少ない魔力に、練度の低い魔法。ダークエルフちゃん達や、獣人達だってもう少しマシな攻撃をしてくるわ」
アンスールはそう呟くと、避けることすらせずにその体でファイヤーボールを受け止めた。
熱がほんの僅かに体を温めるが、彼女の周りに覆われた魔力が焦げ跡1つつけることを許さない。
「原初とまでは行かずとも、シルフォードぐらいの威力がないと最低限戦えないわよ?」
ファイヤーボールが当たって喜んだのも束の間。全くと言っていいほどダメージを与えられていないことに気づいた兵士達は、相手が只者では無いことにようやく気づく。
アンスールが知る由もないが、ファイヤーボールを放った兵士は前線を任される兵士達の中でもそれなりに上位に位置する魔導師であり、その強さによって階級をのし上がってきた叩き上げだった。
そんなリットン教会国の中では強者に入るであろう人物の(お遊びとはいえ)攻撃を、正面から受けて怯むどころか傷一つつかないというのは異常である。
敵陣営に接敵するまで残り100メール。
ここでようやく彼らは、遊びではなく本気でアンスールを仕留めに行った。
入り乱れる魔法の数々と、降り注ぐ矢の雨。
現場の指揮官も、ここまで来てようやく相手が自分達を狙っているということに気がついて、一斉に攻撃する様に命令を出した。
「子供のお遊戯ね........最初にあった頃のジンやカノンの方が何倍も強かったわ。人間って今も昔も種族としては
降り注ぐ魔法と矢の雨。
幾ら強い魔物であってもタダでは済まないはずの攻撃。
しかし、アンスールはその攻撃全てを避ける事無く、雨の中をゆっくりと歩いて突き進む。
その体には傷一つ無し。
格の違いと言うのをその目に見せつけるように防御すらせずに、ゆったりと歩き続ける。
急に襲ってくるのではなく、攻撃の雨の中ゆったりと歩き続けるその様は、敵兵士たちには異様に映り、徐々に迫り来る厄災の圧は恐怖となって現れる。
「な、なんだあいつは?!」
「死ね!!死ね!!死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「攻撃が効いてないぞ!!ど、どうなってるだ?!」
残り、50メール。
目と鼻の先と言っても過言では無い距離にまで迫ったアンスールは、得体の知れない恐怖に駆られて無闇矢鱈に攻撃をし続ける敵兵たちを見て花音の言葉が正しかった事を実感していた。
(人の見た目に近いから、ゆっくり歩いて相手の攻撃を全て受けきった方がインパクトがあるって言ってたけど、正しくその通りね。ジャバウォックとかケルベロスみたいに見た目のインパクトに欠ける場合は、こうして恐怖を与える。1人でも取りみ出せば、その恐怖は伝染し、やがて毒となって回る。相変わらず、人の心理を見抜くのが上手いわ。その辺はジンから見て学んだのかしらね)
既にアンスールの声が聞こえる距離のため心の中で呟くだけだが、花音のアドバイス通りになっていることにアンスールは感心した。
普段から料理を一緒に作ったりと何かと関わることの多い花音とは、こういう会話も良くしている。おかげで、アンスールは人の心理に関してはだいぶ詳しくなっていた。
残り0メール。
距離が近すぎて、魔法を放てばその余波で自分達も巻き込まれかねない兵士達は、魔法を放つのを止めてただただアンスールを見つめる。
つい先程まで激しく降り注いだ雨は、嵐の前の静けさ静けさを呼び静寂がその場を支配した。
花音によって人間の心理を多少なりとも理解しているアンスールは、ここでどうすればいいかをよく理解している。
アンスールは口をニィと歪めると、近くに居た1人の兵士の顔を上から覗き込みながら誰しもの耳に聞こえるように大きな声でこう言った。
「リットン教会国の皆々様、初めまして。そして、さようなら」
ゆっくりと、それでいて何かノイズのかかったかのような声で発せられた挨拶は、その場にいた者全てに“死”と言う恐怖を植え付ける。
殺気も膨大な魔力の圧も無いと言うのに、彼らは“死”を錯覚してしまった。鎌を担いだ死神は、今自分の喉元にその刃を突きつけていると。
先程の得体の知れない恐怖と相まって、彼らの理性は本能に負けた。
逃げ出そうとするが、恐怖に足がすくんで動かない。
アンスールは、止まっている足を動かすために目の前で産まれたての子鹿の如く震える新兵の頭を掴んで持ち上げる。
「あ、あがっ!!あぁぁぁぁぁぁ!!」
「煩いわねぇ」
ぐしゃり。
圧倒的握力によって握りつぶされた新兵の体は、頭と泣き別れて地面へと落ちる。
たま死んだことを体が理解していないのか、ほんの数秒だけじたばたと動いた体は死を自覚して動かぬ屍となった。
そして、これを皮切りに、恐怖を感じた兵士達は一斉に逃げはじめる。
「あはっ。逃げ惑いなさい。私の力を知らしめながら、ゆっくりと殺してあげるわ」
久々に魔物としての本能が溢れたアンスールは、少し性格が変わりながら殺戮を開始した。
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