神正世界戦争・前

もっと考えて動け

 神聖皇国が正教会国に宣戦布告した事は、全世界に向けて伝えられた。


 1年近く前からその兆候を感じ取っていた国々は、驚きこそしたものの冷静に自分達がどうするべきかを考え、何も知らない国家は慌てふためく。


 これまで何度も衝動があった神聖皇国と正教会国だが、今回も引き分けになるとは限らなかった。


 ならば、どちらかに付いて勝った時に甘い汁を啜れるようにしたいというのが国家という物だろう。


 もちろん、中立を保つと言うてもあるかも知れないが、それは悪手になり得る可能性がある。


 勝てば官軍負ければ賊軍のこの世界では、中立したからと言って戦争が終わった後も勝利国と敵対しないなどという事は無い。


 寧ろ、関係の悪化を招くことの方が多かった。


 「小国も大変だな。特に、イージス教以外の宗教を国教にしている国にとっては、どっちに着くにしても国民の反感を買いやすい。かと言って、戦争に参加しないのは戦後国の立場を危うくする可能性が高い。この国の上層部は頭を抱えているだろうよ」

 「中には横殴りをしようとする国も現れるかもねぇ。両国が疲弊した隙を着いて、美味しいところだけを持っていこうと考える国は案外多いんじゃない?」

 「それはありそうだが、それをやると11大国全てを敵に回すぞ?ハッキリ言ってバカのやる事だ」

 「疲弊していれば11大国にも勝てるって考えるおバカさんはいると思うなぁ。ほら、どこの世界にも愚王はいるでしょ?」


 確かに600以上の国があるこの世界では、愚王も存在するだろう。それこそ2桁単位で。


 しかし、疲弊していたとしても相手は大国なのだ。決して中小国では敵わない戦力差があるからこそ、彼らは大国と呼ばれている。


 もし、美味しいとこだけをかっさらおうとしたならば、国の面子にかけて本気で潰しに来るはずだ。


 「少なくとも、俺たちが見てきた中小国では11大国に天地がひっくり返っても勝てるとは思えないな。それこそ、リンドブルムの流星が首都に落ちたとかなければ無理だと思うぞ」

 「そんな事起こったら大問題でしょ。新たな厄災級魔物が現れたって事だからね」

 「戦争所の騒ぎではないな。その時は俺達が動くしか無さそうだ」

 「まず間違いなくそんな事は起きないけどね........」


 花音はそういうと、ベッドに寝転んで大きく欠伸をする。


 神聖皇国が宣戦布告したことによって、俺達はこの国で自由に動けるようになった。


 立場としては国が雇った傭兵という位置になり、大聖堂内を堂々と歩いても特に問題は無い。


 偶にサインを求められたり、握手を求められたりするぐらいであり、割と好意的に捉えられている。


 部屋は移動するか?と聞かれたが面倒なので却下。変わったことと言えば、担当していたメイドさんか変わった事ぐらいだ。


 「神聖皇国の宣戦布告を受けて、正共和国と正連邦国は同盟を理由に参戦。獣王国は国に妨害工作をしようとした正共和国に宣戦布告。それに伴ってドワーフ連合国以外の11大国は適当な理由をつけて参戦しているな」

 「すごいね。大エルフ国とか亜人連合国の同胞の解放はまだわかるけど、合衆国の“国家の存亡の危機である”とか言いがかりってレベルじゃないよ。もう少しマシな理由は無かったのかな?」

 「まぁ、ある意味国家存亡の危機だろ。その戦争でどちらに着くかで全てが決まるからな」

 「間違ってないけど間違ってるってやつだね」


 いや、それも違う気がするが、俺もなんと言ったらいいか分からないため大人しく頷くだけに留める。


 たった一日で10大国を巻き込んだ戦争になる訳だが、ドワーフ連合国だけは一切声明を出していない。


 子供達の調べによれば、何やら他の事に手が一杯らしく戦争所ではないそうだが、詳しいことは何も分かっていなかった。


 どうやら、上層部しか把握していない上に情報漏洩を恐れてか資料も作っていない。


 更には会議で明確な事を言わない為、子供達もお手上げだった。


 監視は続けているが、恐らくその時になるまで何も分からないだろう。


 そんなドワーフ連合国だが、まず間違いなく戦争には巻き込まれる。


 正連邦国が、国民の不満を少なくするためにドワーフ連合国に攻め込むからだ。


 不憫と言えばいいのか、それとも妥当と言うべきなのか、俺には分からないが、ドワーフ連合国の灰輝級ミスリル冒険者である“破壊神”ダンの強さが分かることだろう。


 「アゼル共和国はどうなってる?」

 「慌てて元老院の会議を開いてるみたいだね。この文を読む限り、あのお爺さんは知っていただろうけど」


 花音はヒラヒラと手に持った紙を揺らす。


 それを受け取って軽く目を通すと、花音の言った通り会議を開いたようだった。


 更に言えば、あのクソジジィだけが落ち着いていたらしい。長年身につけてきたポーカーフェイスと言うよりも、知っていたあるいは予測していたと言う方が正しいか。


 流石は伊達に歳をとっている訳では無い。世界情勢を見る力がしっかりとあるのだろう。


 俺がそれとなく流しておいた旧シズラス教会国での動きも、しっかりと対応してくれるだろう。


 まぁ、まず間違いなく旧シズラス教会国とはやり合う事になるだろうけど、あの爺さんなら素早く対応してくれるはずだ。


 「アゼル共和国には知り合いが多いからな。出来れば死んで欲しくない」

 「そうだね。仁の教え子とかもいるし、私も知り合いは多いからね。出来れば死んで欲しくないよ。イスも悲しむだろうしね」


 弱者は強者によって搾取されるという考えを持つイスだが、人の心がない訳では無い。知り合いが死ねば、悲しむ心もちゃんとあるのだ。


 既に1度経験しているその悲しみを、もう一度味合わせようとは思わない。


 なるべくシルフォード達を派遣できるようにしておかなければな。


 最悪、俺一人で暴れてきてもいい。


 広範囲殲滅は得意ではないが、できない訳では無いし。


 特に、地面に足をつけている人間であればやりようは幾らでもある。


 中には使いたくない手もあるが、状況次第では切ることになるだろう。


 そうやってのんびりと世界情勢について確認していると、蜘蛛が影の中から紙を手渡してくる。


 どうも少し慌てている様子であり、何か問題でも起こった時の慌てようだ。


 「どうしたんだ?」

 「シャ、シャ、シャー!!」

 「これを見ろってわけね」


 蜘蛛に手渡された報告書を読んでいくと、次第に俺の顔が歪んだ行く。


 こんな時期に面倒事を持ち込みやがって........


 「どうしたの仁?」

 「行くぞ花音。どうやら過去の俺が面倒事を持ってきたらしい」

 「?」


 ベオークとオセロをしていたイスにも声をかけて、俺達は神聖皇国を飛び出す。


 親を殺してしまった以上、この子供の行く末を見届ける義務が俺にはある。


 関係無いと言えばそこまでだが、俺はどうも偽善者のようだった。


 人間なんて自己満足に生きる偽善者ではあるが、おれはその中でも欲深いかもしれない。


 「ねぇ、何があったの?」

 「ちょいと前に殺しちゃって、国を上げての葬儀に国民として参列したのを覚えてるか?」

 「あーもしかして“千里の巫女”?」

 「そうそれ。どうもその子供の事で面倒が起こったらしい」


 全く。過去の俺に言ってやりたい。


 もっと考えて動けと。

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