ヌルベン王国
ヌルベン王国は、獣王国と正教会国の間にある国だ。
俺達が攻め落とすことになっているラヴァルラント教会国とも距離がそこそこ近く、神聖皇国側のイージス教と正教会国側のイージス教の教えを国教とする国が乱立している場所にある。
そんな中、ヌルベン王国はイージス教以外の宗教を信仰しており、イージス教とは仲があまり宜しくなかった。
元々この国はイージス教に嫌気がさして逃げてきた者達の集まりでできた国であり、人々の心の安らぎとして宗教が必要になった為に作られたなんちゃって宗教が幅を効かせている。
神聖皇国側のイージス教のように博愛主義でも無ければ、正教会国側のイージス教のように人間至上主義でもないこの宗教の名は“隣人教”。
名前の通り、隣人とは協力し合って生きて生きなさいと言う宗教であり、特定の神を信仰しない無神宗教であった。
その為、犯罪者には厳しくスリをしただけでも禁錮2年というかなり重い罪になる。
子供達の調べによると、殺人は問答無用で死刑。金の横領なども場合によっては死刑。更には、汚職があろうものなら磔にされて市民からの断罪を受けることになる。
犯罪率だけを見れば、世界有数の低さと言えるだろう。
国も犯罪者を出さないために、職がないものには職を斡旋し、公共事業を行って仕事を作る。
建国から500年以上経っているこの国では、様々なノウハウが生かされて失業者も相当少なくなっていた。
そんなこの世界にしては現代的な政策を取る国だが、とにかく隣国に恵まれていない。
大きく接している国は2つ。
神聖皇国側のイージス教を国教とするパージン皇国と、正教会国側のイージス教を国教とするレガルス教会国の2カ国だ。
パージン皇国とは最低限仲良くはしているものの、国ができた経緯から必要以上は関わらず、レガルス教会国とは仲が悪い。
今回は、ヌルベン王国の宗教嫌いが問題で起こった面倒事だった。
「で、何があったの?」
イスの背中に乗って風を感じながら空を飛んでいると、花音が興味津々でこちらに擦り寄ってくる。
魔力で体を覆って体温を維持していても寒いものは寒い。イスの背中に乗っている時は、よく俺に引っ付いてきていた。
俺はそれを拒否することも無く、大人しく花音の頭を撫でてやる。
「ほら、千里の巫女を俺が殺しちゃっただろ?」
「仁の尻尾を掴んで食べられちゃった鼠ちゃんだね?」
言い方。
何も間違ってないけれども。
「それに子供がいたのを覚えているか?」
「あー、確か1歳ぐらいの赤子だったっけ?」
「そうそう。千里の巫女の継承者だな。葬儀には参列しただろ?その時にいた赤子だ」
千里の巫女の葬儀は既に終了している。
彼女が無くなってから、2ヶ月後に行われた葬儀には俺達も参加した。
この世界でも喪服があり、黒い服を身に纏うと言う事だったので何時もの服装で行ったのだが、街全体が黒く染まっていたあの光景は中々に壮観だった。
式自体あっさり終わり、とかに何か起こることも無く平和的だったのだが、まさかここに来て起こるとは予想外である。
「それで?」
「ヌルベン王国はイージス教と仲が悪い。特に正教会国側のイージス教であるレガルス教会国とは戦争になってもおかしくないほど仲が悪かったんだが、どうやら今回の宣戦布告によってそれに火をつけてしまったようだな」
「へぇ、こんなところにも戦争の影響は出るんだねぇ。でも、それだけで仁が動くの?」
「これだけなら動かん。問題はその後だ。どうもレガルス教会国は“千里の巫女”の継承者が欲しいそうだ。大国の威を借りて随分と堂々と脅したらしい」
宣戦布告されてからまだ1日程しか経っていないが、随分と行動が早い。
もしかすると、俺たちの知らないところで国と国が既に戦争しているかもな。
俺達が知らない場所となると、とてつもなく小国になるが。
俺がここまで言うと、花音は納得したのか2回ほど大きく頷いて手を叩く。
「なるほど!!つまり、今からその子供を攫いに行くってことだね?」
「まぁその認識で間違ってない。きっと親を殺さなければこうなることは無かっただろうからな。その罪滅ぼしって訳だ。まだ赤ん坊だがら雑な扱いはしないとは思うが、相手はあの子を使い潰す気なんだろうよ」
「ヌルベン王国は断らないの?」
「断らないと思うぞ。期日は明日までで、返事がなければ拒否したとみなすらしい。ヌルベン王国はレガルス教会国と普通に戦っても勝てるかどうか怪しい戦力しかないし、そこに大国の力が加われば敗北は必至だからな」
「パージン皇国だっけ?そこに協力は求めないの?」
「求めたいだろうが、国民が許さないだろうな。思想統一のために、反イージス教の教えをかなり昔から施してる。人々が一丸となるには必要だったかもしれないが、今となっては足枷さ。協力を仰いだと国民が知れば、今度は内乱だ。国民ってのは目先の事しか見ることが出来ないから、自国が滅ぶまで反イージス教の教えを守ると思うぞ」
「そうなると、1番丸く収まるのは継承者を渡すことになるって訳だね」
「まだ赤子で世間様にも大した顔は知られていない。適当に影武者を立てれば“千里の巫女”の代わりになってくれるだろうな」
きっと、先代巫女がいれば違った結果になっていただろう。
しかし、先代はいない。
今代も幼すぎて異能が使えないとなれば、1番丸く収まる方法を選択するはずだ。
国の事を考えれる国王であれば、その選択をするだろう。戦争は最終手段だ。
「親を殺してしまった以上、あの子供を護ってくれる人はいない。最低限の罪滅ぼしはしてやらないとな」
「偽善者だねぇ。これから大量虐殺をしようとする人が言うセリフだとは思えないよ」
「言ってろ。俺は聖者じゃないんだ。思った事を思ったようにやるだけさ」
「まぁ、どんな選択をようと私は仁に着いてくよ。私と仁のためならなんだってしてあげる」
「ダメ人間になりそうだな」
「ふふっ」
花音は笑うだけで、何も言わなかった。
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ヌルベン王国では、緊急の会議が始まっていた。
期限は明日の昼まで、それまでにレガルス教会国から来た使者に国としての答えを出さなければならない。
そんな会議は荒れに荒れていた。
「ここは従うべきです!!我が国に大国とやり合えるだけの戦力はない!!」
「それが嘘だと言っていのだ!!奴らは大国の威を借りているだけだ!!」
「例え大国の支援がなかったとしても、我々が勝てる見込みは薄い!!ならば1人の犠牲で済ませるべきだ!!」
「要求を飲めば奴らは付け上がるのだぞ!!国として屈してはならぬ!!」
本来ならば何ヶ月にも渡って議論するべき内容。しかし、時間が無い。
王には、言っていることはどちらも正しく思えた。
1人の犠牲で済むならそれでよし。しかし、要求を飲めば国として舐められる。
「要求を飲みつつ、こちらも要求するのはどうでしょうか?」
喧騒の中、1人の青年が手を挙げた。
若手ながらこの地位にまで登り詰めた出世頭だ。喧騒はピタリと止み、誰しもが耳を傾ける。
「要求を飲む代わりに、これ以上一切我が国と関わらない断交を要求します。向こうは本国に指示を聞きに行くでしょう。その間に他国からの支援を勝ち取るのです。そうすれば迂闊には手を出せない」
要求を飲むだけでなく、対価の要求。これならば国家としての面子はひとまず保たれるだろう。
さらに、時間も稼げる。他にいい案が浮かぶかもしれない。
「それで行こう。異論は?」
こうして、ヌルベン王国は時間稼ぎの一手に出た。
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