最初で最後の教え子 ①
翌日、俺達はある人物の元を訪れていた。
「さて、今日は最後の日だ。今まで積み上げてきた成果を見せてくれ」
「はい!!」
元気よく返事をするのは、ローゼンヘイス家の長女であるリーゼン・ガル・ローゼンヘイスだ。
父と母の血を受け継いだ赤と茶色の混ざった髪をなびかせながら、全身を淀みなく魔力で覆い身体強化を済ませる。
初めて身体強化を見せてもらった時よりもかなり上達している。
肉体を強化する速さもさることながら、その効率も圧倒的に今の方が高い。
毎日欠かさず魔力操作をしてきた努力が見て取れる。
「いくわよ!!」
トントンとボクサーがやるかのようなステップをした後、リーゼンお嬢様の姿が掻き消えた。
俺の目の動きを見て、しっかりと死角になる場所に移動したらしい。
観察眼に優れるリーゼンお嬢様は、人の死角に入るのが上手い。緩急つけた動きとその足さばきで視界から消え、その身体強化を活かして間合いを詰める。
たった一年ちょっと教えただけで、自分なりの戦闘スタイルを確立する辺りセンスがあるな。
俺はそう思いつつ、1歩後ろへ引く。
死角と言っても、真後ろに回られた訳では無い。
一歩引けば、リーゼンお嬢様が視界に入った。
アレだな。デンプシーロール破りを思い出す。
リーゼンお嬢様は、こちらが一歩引くとこを分かっていたかのように更に一歩踏み出すと、俺の足元を狙って蹴りを放ってきた。
避けてもいいが、威力の確認をしてみるか。
俺は足を軽く上げると、リーゼンお嬢様の蹴りに合わせてガードする。
カウンターとして、脛で受けた後に蹴りを放っても良かったが今回はやめておいた。
バチィィィン!!
鞭で勢いよく人をシバいたかのような、痛々しい音が裏庭に響く。
俺は脚でその蹴りを受け止めながら感心したように頷いた。
「やるじゃないか。初めの頃はこんな威力なかったぞ?」
「訓練の賜物ね!!まだまだいくわよ!!」
俺に褒められたリーゼンお嬢様は、満更でもない表情をしつつも隙を見せることなく次の攻撃に移る。
足を引くと同時に更に距離を詰めて左左右とパンチを繰り出す。
しっかりとしなりを聞かせた左のジャブは、明らかにジャブの一撃ではない。
この世界に来た頃、魔力の使い方をまともに知らなかった俺が無理やり身体強化した時のパンチの威力と同じぐらいか?
そう聞くと弱そうだが、5m近い岩を砕ける威力である。
一切身体強化をしない人間を殴ろうものなら、骨をへし折る所ではない。
更に、たった3手の中にフェイントを何度も織り交ぜている。
初手の左ジャブでは視線誘導をした後コメカミを狙った。
2手目は左のジャブと全く同じ動きを途中までしたと思ったら、俺のガードが甘くなった顎を確実に狙って来ている。しかも、その動きに俺が反応することまで読んでワンテンポ遅らせていた。
3手目の右ストレートは、一切小細工無しの一撃。生意気にも、俺のガードの上からそのまま叩き潰そうとしてきた。
全部防いだとは言え、初めて組手した時とは大違いだ。
「いいパンチだ」
「まだまだァ!!」
俺が素直に褒めると、リーゼンお嬢様は素早く軸足を変えて右右左のパンチを繰り出す。
1手目と2手目は同じ動き。タイミングにも一切のズレがなく、鏡写ししたかのような動きだ。
そして三手目が違う。
先程はガードの上から無理やり叩いてきたが、次はガードを掻い潜るようにアッパーをかましてくる。
しかも、拳の向きを縦にしてなるべくガードに当たらないように心がけていた。
ここら辺は教えがしっかりと出ているな。
俺は体を逸らしてアッパーをスレスレで避ける。
さて、攻撃面はかなり良くなっているが、防御面はどうかな?
「少し痛いぞ」
「........っ!!」
スウェーでアッパーを避けると同時に、リーゼンお嬢様の腹を蹴って距離を取る。
リーゼンお嬢様は、この蹴りにしっかりと反応して残った右手でガードした。
しかし、距離が空いてしまったことにより攻撃は中断。急いで拳を構え直すが視線の先に俺はいない。
「──────────後ろ!!」
「正解」
気配探知で俺を見つけたリーゼンお嬢様は、近づいてきた俺に振り向きざまの裏拳で迎撃しようとする。
だが、それは甘い。
相手は格上なのだ。今ここでやるべきことは何としても距離を取る事だった。
俺はゆらりと裏拳を躱すと、そのまま振り抜いたリーゼンお嬢様の腕を掴んで投げ飛ばす。
「わ、わ、わ!!」
「ほら、体勢を整えないとコレを食らうぞー」
中に放り投げられたリーゼンお嬢様は、慌てて体勢を立て直し迫る俺の拳を全力で魔力を纏って受け止めた。
ヒュッ、ドゴーン!!
しかし、踏ん張りの効かない空中では俺の拳の威力を受け流せない。
風を切る音と共に、リーゼンお嬢様は屋敷に突っ込んでしまった。
やっべ。手加減はしたけど想像以上に吹っ飛んでしまったぞ。
大丈夫かな?コレ。間違いなく壁をぶち抜いたと思うんだけど、後で修理費とか払わされたりしないよな?
チラリと花音とイスを見ると、二人とも“何やってんだよ”と言わんばかりの顔をしている。
ごめんなさい。ちょっと楽しくなっちゃって........
俺が心の中で反省していると、砂煙の中でリーゼンお嬢様が移動する気配を察知する。
おいおい、態々家を回って俺の死角を付くようにしているぞ。
余程俺に一撃食らわせたいようだ。
しかぁし!!俺はこれでもリーゼンお嬢様の先生なのでな!!悪いが格の違いを見せつけるとしよう。これが最後の授業だとしてもだ。
少し待っていると、俺の後ろからリーゼンお嬢様が奇襲を仕掛けてくる。
下手なフェイントは無し。一直線に走り、最短で俺を仕留めにかかる。
「甘いぞ」
俺はそう言いながら後ろを振り向くと、目の前に靴が迫っていた。
うをぉ!!危ねぇ!!
流石にこれは予想外。
リーゼンお嬢様の奴、自分の攻撃が届く範囲にいながら靴を飛ばす奇策に出てきた。
無理に避けたせいで体勢が崩れた俺に、リーゼンお嬢様は殺気を纏った蹴りを放つ。
今までの中で一番早い攻撃だ。
先程までも全力の動きだっただろうが、今回は本気の蹴りだ。確実に殺しに来ている。
これが初見なら当たってたかもしれないが........惜しいな。
「ほい」
「へ?」
リーゼンお嬢様が放った蹴りを軽く指一本でいなすと、そのまま軸足を手で払う。
再び宙へと浮かんだリーゼンお嬢様の無防備な腹に向かって、手を添え重い一撃を食らわせた。
「ふっ!!」
「ーーーーー!!」
声にならない悲鳴が響き渡る。
コレがオークとかなら粉々に吹き飛んでいるはずなのだが、リーゼンお嬢様は最後の最後に無理やり体を捻って威力の殆どを受け流した。
「俺の勝ちだな。よくここまで強くなった。なりたての
「ゴホッゴホッ........相変わらず無茶苦茶ね。先生」
そういったリーゼンお嬢様の顔は、どこか寂しげで晴れやかだった。
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