復讐の狼煙

参加国

 ブルボン王国を滅ぼしうるスタンピードを鎮圧してから二ヶ月がたった。


 世界は相変わらず平和という仮面を被っているが、その仮面が外れる日も近いだろう。


 俺は、今日も今日とて積み上がった報告書に目を通していた。


 「んー、さすがにバレてるな」


 俺が見ている報告書は、正教会国の物資や兵士の動きが書かれたものだ。


 昔はあまりよくわからずに見ていたが、吸血鬼夫婦やドッペルに色々と教えてもらった今は、ちゃんと理解することが出来る。


 「正教会国も迎え撃つ気満々って感じだな。先手を打たないのは、開戦理由が欲しいからか?」


 幾ら内部が腐っているとは言え、11大国である正教会国の兵力はかなりのものだ。


 既に国境に集められているだけではなく、他国に入り込んでいるものも多い。


 子供達で多少邪魔はしているものの、露骨にやりすぎると戦争を避ける動きになるかもしれないので派手には出来なかった。


 「正教会国だけじゃなくて正共和国や正連邦国も動いてるね。正連邦国に関しては、どさくさに紛れてドワーフ王国に攻め込もうとしてるみたいだけど」

 「おいおい、正連邦国は相手がわかってんのか?11大国の内の7大国は既に敵に回っているんだぞ?ドワーフ王国だけは様子見しようとしてるのに、態々敵を増やしてどうする」


 俺の横で報告書を眺める花音は、そう言ってヒラヒラと報告書を見せて来た。


 神聖皇国の動きは派手になり始め、諜報能力がある11大国には筒抜けになっている。


 もちろん、重要な情報は隠しているが、人の移動まで隠せるものでは無い。


 最初は子供達を使ってスパイは消していたのだが、神聖皇国の動きが大きくなるにつれて手が足りなくなってしまった。


 今では、正教会国とその同盟国のスパイだけを消すように指示してある。


 それでも限界はあるので情報は持って帰られてしまうが、貴重な諜報員という人材を削れているので向こうからしたら痛手だろう。


 「それにしても、聖王国と大帝国だけじゃなくて大エルフ国、亜人連合国、合衆国、獣王国までもが味方に着くとはな。味方になるなら獣王国ぐらいだと思ってたが........正教会国は想像以上に嫌われ者らしい」

 「まぁ、人間至上主義だし、その人間にすら選民思想が色濃く残る国だからねぇ。神聖皇国と正教会国平民としてどっちに住みたい?って聞かれたら殆どの人は神聖皇国って言うんじゃない?」

 「俺なら間違いなく神聖皇国だな。初夜権とか言うイカれた制度を未だに採用する街とかあるんだぞ?16世紀の貴族でももうちょっとマシだぞ」

 「“貴族あらずんば人にあらず”とか言ってそう」

 「それ、“平家あらずんば人にあらず”じゃね?」


 どちにしろ、平民として暮らすなら断然神聖皇国の方がマシだ。


 神聖皇国にもスラム街はあるし、かなり貧しい人も多いが、それでも正教会国と比べれば100倍以上もマシである。


 それに、神聖皇国はスラム街の人間にも仕事を斡旋する事もあり、運が良ければスラムから抜け出せたりもできるのだ。


 孤児院も多くあり、国がしっかりと補助金を出している為孤児が困ることも少ない。


 中にはその金に手をつける聖職者もいるが、大抵は取り締まられて牢にぶち込まれていた。


 正教会国はそんなこと一切しない。


 地方の貴族が好き勝手に税を決め、平民に重税を払わせるだけでなく、見た目が綺麗な女は貴族の愛人として迎え入れられ飽きるまで遊ばれる。


 もちろん、飽きたらポイ捨てだ。


 さすがに首都ではそういう事は中々起こらないが、地方の街では当たり前の様に行われている。


 中には割とまともな政策を行っている貴族もいるが、片手で数えられるほどにしかいなかった。


 人々が反乱を起こそうという気にも慣れず、人間という名の家畜として働く姿は悲惨なものだ。


 美味い血のために健康的な生活を送り、働かなくてもいいヴァンア王国の人間牧場の方がまだマシかもしれない。


 あっちの場合は長生き出来ないが........


 「正共和国は獣王国とやり合う気みたいだな」

 「獣王国はつい最近まで獣人会と正共和国の組織との抗争があったからねぇ。正共和国を潰せって声が大きいみたい」

 「その組織の大半を潰したのは獣王なんだけどな」


 少し前から激化していた獣人会と正共和国の組織の抗争は、つい2週間ほど前に決着が着いている。


 幾ら裏の組織とは言え、獣人達の味方である獣人会は市民から絶大な指示を得ており、他国の組織に負けるような事があってはならなかった。


 人間側もかなりの手練を連れてきていたのか抗争は膠着状態になっており、下手をすれば戦争に間に合わない可能性もあった。


 だが、そこで手を貸したのは獣王国の王である“獣神”ザリウスだ。


 彼は国王でありながら、裏組織である獣人会に手を貸し、それどころか冒険者ギルドまで巻き込んで人間の組織を打破したのだ。


 行動力がありすぎる。


 そして、本来取り締まるべき獣人会はガッツリ見逃したそうだ。


 報告書によれば、その後宰相やら他の大臣にこっ酷く怒られたそうだが、国民は王の背中を支持したためザリウスは国王を辞めることは無かった。


 日頃の行いと、人望のなせる技だろう。


 「獣人組をここに配置するのは無理だから、最悪三姉妹に頑張ってもらうしかなさそうだな」

 「獣王国が負けると?」

 「想定はしておいた方がいいだろ?神聖皇国がやばそうなら全戦力使って叩きのめしてやるよ」


 正教会国には剣聖とか言う人の皮を被った化け物がいるが、厄災級魔物と俺達が本気で殺しに行けばさすがに殺せるはずだ。


 というか、それで殺せなかったら困るので死んでくれ。


 今回の戦争は俺と花音の復讐ではあるが、神聖皇国に負けられるのは困る。


 知り合いがいる国と誰も知らない上に心証が悪い国、どちらが勝って欲しいと言えば知り合いがいる国になるのは当然だ。


 「最悪、アスピドケロンも動かす事を考えておかないとな」

 「そんな事が起こらない様に祈っておくね。いやホントに」


 花音もアスピドケロンが動くのはヤバいと思っているのか、その顔は真剣だった。


 厄災級魔物と三姉妹達でどうとでもなるとは思うが、念には念を入れておくか。


 俺はそう思いながら、まだ終わりの見えない報告書を手に取るのだった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 深い闇の中、影は静かに世界を見つめる。


 「そろそろか」

 「あら?もうそんな時期?」

 「あぁ、この世界を巻き込んだ戦争が起こる。準備は?」

 「既にできてるわよ。彼にも話は通してあるし、万が一にも対応できると思うわ」

 「この戦争に天使の連中は加担しないはずだ。だが、もし手を出すというのなら、我々が相手になるとしようかね」

 「天使のおバカさん達が賢明な判断をしてくれる事を祈っておくわ」

 「........女神にかい?」

 「いいえ、貴方に」


 蠢く闇の中、影は静かに笑うのみ。


 影が日に当たる時、世界はどう反応するのだろうか。

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