英雄
憧れ。
それは誰しもが持つ理想像。
英雄に憧れる少年、一国の姫に憧れる少女。その思いは、どれだけ歳を重ね現実を見ようとも薄れることの無い夢だ。
ブルボン王国の冒険者であるベイスも憧れを持っていた。
冒険者になるもの達は基本的に2種類に分けられる。
それしか生きるすべが無い者か、憧れを持ち自分もその領域に立とうとする者。そのどちらかが冒険者のしての道を歩み始める。
ベイスは後者だった。
彼が憧れた
ブルボン王国唯一の
弱きを助け強きを挫く。それが“救済者”。そんなあり方に憧れた。
しかし、現実は非常である。何かを助けるには力が必要であり、彼はそれに必要な力を身につけることは無かった。
それでも、心の在り方だけは曲げなかった。
そうしていくうちに月日は流れ、その思いは色褪せることなく続いている。
「なんだこれは........」
突如として現れた11人の傭兵団。
一万という魔物の大群を前にしても崩れることの無いその余裕さは、絶望を感じたものから見れば現実を直視できない物に感じる。
誰もが唐突に現れたその者達に反応することが出来ず、気づいた時には冷たい氷の中に押し込められた。
今の彼らに出来ることは、この行く末を見守る事のみ。
誰しもが無謀と思った。誰しもが死にに行くと思った。
しかし、現実は違う。
空を舞い、魔物だけを焼き殺す不死鳥。
轟音を撒き散らしながら魔物を殲滅する姉妹。
巨人の腕とも見間違えるほどの腕を操り、幻惑の煙を吐き出す姉弟。
ゆったりと歩きながら魔物を切り裂く剣士。
鉄をも融解させる熱線を無傷で受け止める盾。
天罰のように降り注ぐ矢。
そして、それを見ながら紅茶を嗜む者達。
ベイスの理解が追いつかないのも仕方がない。
そう言わざる負えない光景が目の前に広がっていた。
「何者なんだ。アイツら........いや、あの御方達は」
「........分からん。確か、
「あったら苦労しねぇな。傭兵団を名乗っているみたいだ」
あまりに非現実的な光景に暫く固まっていたベイスとルーカスは、ようやく話し始めた。
何が起こり、彼らが何者なのかを。
「知ってる奴は........いなさそうだな」
「傭兵だろ?傭兵の連中に聞けばわかるんじゃないか?」
「いや、それは無いだろうな。傭兵の連中の反応を見てみろよ。あれは何も知らない顔だ。あんな間抜け面晒してる奴らが何か知ってると思うか?」
「思わんな」
ここが神聖皇国ならば、彼らの正体にも気づけただろう。
しかし、ここは神聖皇国からは遠く離れたブルボン王国であり、影の英雄と言われる
神聖皇国から戦争を始めるために送り込まれた兵士達は知っていたが、彼らは王都に滞在しておりエートの街にはいない。それも原因の1つだろう。
彼らの正体を探るのは無理だと察したベイスは、この歴史的瞬間を目に焼きつけるべく再び視線を戦場に移す。
「昔は........それこそ若い頃はこんな風になりたかった」
「“救済者”シャルルに憧れてたもんな」
思わず漏れたその言葉に、ルーカスは反応する。
どちらも視線は戦場に釘付けだった。
「迫り来る魔物の波。それに立ち向かう俺。全てを薙ぎ倒し英雄として後世に語り継がれる。そんな幻想を抱いた日もあったな」
「子供の頃の憧れだな。俺も似たような事を想像したな」
「あれが........あれが俺が思い描いてた英雄の姿だ」
「あぁ、俺たちでは到達しえなかった頂の世界だ。目に焼き付けよう。このブルボン王国の救世主足り得る英雄の姿を」
「そうだな」
憧れは誰しもが持つ理想像だ。
そして、その理想像を持ち人々を圧倒的力で助ける者を、窮地を救い出す者を人々はこう呼ぶ。
“英雄”と。
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時は少し遡り、スタンピードと仁達が衝突する少し前。
スタンピードのはるか上、雲に隠されたその巨体は地を覗く為に顔を出す。
「間に合って良かったわい。いやほんと」
創成期から生きる太古の竜“原初の竜”ファフニール。
長年生きてきた中で五本の指にはいる程の危機を乗り切った彼は、心の底から安堵した。
「流石に団長殿の計画を潰す訳にはいかんのでなぁ........」
彼は恩人だ。
自由奔放と言われるファフニールと言えども、恩を仇で返す竜では無い。
最悪、間に合わなければバレない程度に手を出すつもりだった。
もちろん、混乱はあるだろうが計画を潰すよりはマシだろう。
「とはいえ、人の世を乱さずに手加減は出来ん。我も衰えたものよ」
全盛期ならば、周辺に一切の被害を出すことも無くこのスタンピードを消し去る事も可能だっただろう。
しかし、ファフニールと戦えるものは減り、戦う意味すらも無くなったあの島ではのんびりと過ごすのみだった。
それでも尚、世界十本の指に入る辺りさすがだが。
「また修行でもするか?幸い、場所には困らんしな」
ファフニールはそう呟くと、巨体に膨れ上がるシルフォードの魔力を見て感心する。
「ほう。この短期間でここまで上位精霊の魔力をものにするか。それに、あの炎は──────────」
シルフォードが形成する炎、その炎は理から逸脱している。
それだけならば、さほど驚くこともなかったが僅かに原初の力を感じたのだ。
これははっきり言って異常である。
原初の炎が扱えるのは、
しかし、シルフォードとその精霊であるサラが扱う炎の中には確かに原初の力を感じる。
そして、ファフニールにはその心当たりがあった。
「我がちょいと稽古をつけた時に、原初の力を取り込んだか」
サラが上位精霊になるに当って、それに必要な器をファフニールが手助けした。
サラにそのつもりは無かっただろうが、原初の力を取り込んでしまったのだろう。
「しまったな。場合によってはあの御方が動く。流石の我でも止めれぬぞ........」
本来、精霊は世界の調整者だ。
行き過ぎた力は破滅を呼ぶ。
ファフニールが原初の力を持ってして尚この世界に存在することを許されたのは、その力を完全に制御できているからだ。
しかし、サラは違う。
本来持つべき力ではなく、暴走させようものなら世界が滅ぶ可能性は高い。
可能性だけで動くとは思えないが、動けば世界の動乱となるのは間違いない。
「懸念は団長殿に伝えればよかろう。あの力ならば最悪は避けられる」
ファフニールは新たに浮かび上がった問題に答えを出すと同時に、不死鳥が空を羽ばたいた。
魔物だけを燃やし、それ以外は燃えない。そして、その火は消えることなく灯り続ける。
「まぁ、いいか。いずれ我にも終わりが来る。その時は──────────」
その言葉の先を紡ぐ時、この世界は大きく動くだろう。
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