口は災いの元

 ファフニールの頭の上で軽く昼寝をした後、俺は三姉妹達の元へと訪れていた。


 「どうですカ?違和感などハありますカ?」

 「ん。私は問題ない。これならパッと見、人に見える」

 「私も問題ないです。お姉様とトリスを見る限り、かなりの隠蔽力ですね」

 「すごーい!!これなら人の街も問題無く観光できそう!!」


 自分の作った魔道具の感触を聞くドッペルと、その出来の良さに驚きを隠せない三姉妹。


 あまりに興奮している為か、三姉妹の真後ろにいるというのにその存在に全く気づいていなかった。


 いくらここが安全とはいえ、気を抜きすぎである。


 これは、驚かせないといけないな。


 ちなみに、ドッペルは俺の存在に気づいており、何をしようとしているのかを察したのか少し呆れ顔だ。


 今の俺の顔は、イタズラをする悪ガキの顔になっているだろう。


 俺はシルフォードの真後ろに立つと、トントンと肩を叩く。


 「ん?」


 もちろん肩を叩かれたシルフォードは、後ろを振り返るがそこには誰もいない。


 肩を叩いた瞬間に上空へ飛び上がった俺を、見つけるのは今のシルフォードには無理だろう。


 「........気のせい?」

 「どうしたのですか?お姉様」


 後ろを向いて首を傾げるシルフォードを不審に思ったのか、ラナーが話しかける。


 ラナーも俺の存在には気づかず、その視線はシルフォードに向いていた。


 俺は、気配を消しながら素早くラナーの後ろに回ると、今度はラナーの肩を叩く。


 ラナーの横にはトリスがいたが、どうやらトリスは鏡で自分の顔を見るのに忙しいらしく、俺が真横に降り立っても気づいていない。


 もう少し危機感を持とう。この拠点だって完璧に安全というわけじゃないんだから。


 肩を叩かれたラナーは、シルフォードと同じように後ろに振り向く。


 「トリス。呼んだ?」

 「へ?呼んでないけど?」

 「あれ?今私の肩を叩かなかった?」

 「叩いてないよ?お姉ちゃん大丈夫?」


 “何を言って居るんだこいつは”と言わんばかりに首を傾げるトリス。


 ラナーもトリスが嘘をついていない事が分かったので、同じように首を傾げる。


 三姉妹揃って首を傾げると言う中々にシュールな光景が出来上がったところで、俺はネタばらしをすることにした。


 ラナーがトリスから視線を外した瞬間に、先程と同じようにトリスの肩を叩く。


 「ん?っ........!!団長さん!!」


 ようやく俺の事を認知したトリスは、ビックリしすぎて尻もちをつく。


 そこまで驚くか?とは思ったが、急に真後ろに人がいれば驚くかと勝手に納得した。


 「さっき肩叩いたの団長?」

 「そうだぞ。お前たちがその魔道具で盛り上がり過ぎてて、俺の存在に気づかなかったから少しイタズラをな」

 「ふーん。魔道具に負けて悔しかったんだ」


 ........お?今喧嘩売られたか?


 あまりにサラッと言ったから流しそうになったが、今喧嘩売られたよな?

 

 「おいシルフォード?なんで俺が魔道具に負けたことになるんだ?」

 「だって団長がいても私達は魔道具に夢中で気づかなかった。つまり、それほどにまで魔道具は魅力的だった。少なくとも、団長の気配よりは」

 「よーしわかった。明日の街観光はシルフォード抜きで行くからな」

 「やれるものならやってみるといい。カノンとイスちゃんにあることないこと吹き込んで、ついでにアンスールに“ジンがアンスールを見て欲情してた”って言っておく」

 「悪魔かてめぇは」


 カウンターパンチにしては強すぎる。イスと花音にあること無いこと吹き込むのはともかく、アンスールに“ジンがアンスールに欲情してた”って言うのはアウトだろ。


 アンスールなら笑って流してくれるだろうが、その後が絶対に気まずい。


 俺にその気があるにしろ無いにしろ、間違いなくアンスールは俺を意識するだろう。


 俺が顔を引き攣らせていると、シルフォードは小さく笑みを浮かべながら胸を張る。


 「ふふん。私の勝利。これは歴史的快挙」

 「なーにが歴史的快挙だ。悪魔よりもひでぇ提案してきやがて。誰の入れ知恵だ?」

 「もちろん、カノン。彼女はジンに関してはプロフェッショナル。ジンのことが知りたければ、カノンに聞くべし」


 俺は呆れながら盛大に溜息をつくと、心の中で花音にお仕置をしておこうと誓っておく。


 シルフォードに変な知識を吹き込みやがって。


 俺に勝ち越したシルフォードは、少し嬉しそうにしながらその場でくるりと回って見せる。


 「どう?」

 「いや、どうって言われても主語が無いと何に対して聞いているのか分からんぞ」

 「人間に見える?」


 人類を裏切って魔王に着いた裏切り者であるダークエルフ。


 その末裔であるシルフォード達だが、今はその尖った特徴的な耳が普通の人間と同じようになっている。


 肌の色も、若干明るくなっており、褐色と言うよりは日焼けしたように見える。


 個人的には、いつも通りの褐色肌の方が好きだが、これはこれでアリだろう。


 俺は親指を立てる。


 「ちゃんと人間に見えると思うぞ。グッドだ」

 「私も見てくださいよ団長様。どうです?」

 「安心しろ。ちゃんとラナーも人間に見えるよ」

 「私は私はー?」

 「もちろんトリスも人間さ。個人的には元の方が好きだけど、それだと街に入れないからな........」


 七大魔王が討伐されたからと言って、ダークエルフが魔物の分類から人種に変わった訳では無い。


 未だにダークエルフは討伐対象であり、多人種を受け入れているアゼル共和国でもそれは同じだった。


 「おやおや?浮気ですかな?こんなに可愛い花音ちゃんが隣にいるにもかかわらず、ダークエルフの3人を口説くのかな?」


 俺がそんなことを考えていると、花音が部屋へと入ってくる。


 どうやら先程の会話を聞いていたようで、花音は心底楽しそうに俺の背中に乗っきた。


 「何言ってんだ?別に三姉妹を口説いた覚えはないぞ?」

 「わーお。ナチュラル無自覚!!さっき“元の方が好き”って言った事覚えてる?ほら3人ともお顔が真っ赤だよ?」


 花音が指を差す方を見ると、三姉妹揃って顔を赤くしていた。


 確かに“元の方が好き”発言は口説いているようにも聞こえるだろう。


 内心で思っていたことがポロリと出てしまった。


 しかし、ここで慌ててなにか言えば、それそれで面倒そうだったので俺は何も言わずに背中に乗る花音に話しかける。


 「発言には気をつけないとな。ところで花音?重いからそろそろ降りて欲しいんだけど」

 「お?お?お?発言には気をつけないとなとか言っておきながら、早速喧嘩売ってるね?いっぺん死んどく?」


 花音の腕は、素早く俺の首に巻きつき、徐々にその腕は首を絞めていく。


 この世界に来た時も同じようなやり取りをしたが、その時とは違って、花音の腕力はシャレにならないほど強くなっていた。


 「おごっ!!ちょ、花音さんギブ........ぎぶ!!」

 「んーちょっと何言ってるのか聞こえないなぁ。もう少し強くしたら何が聞こえるかな?」

 「聞こえないか────────ぐぇ!!ちょ、マジで死ぬ」

 「ウンウン。もう少し強くしても大丈夫そうだね」


 ヤバい。マジで殺りに来ている。


 昔ならば、腕を掴んで対抗できたが、今では腕力の差などあってないようなものだ。


 必死に花音の巻き付く腕を離そうとするが、それ以上に力が強い。


 「ごめん!!ごめんってば!!花音は羽のように軽いから!!」

 「........本音は?」

 「やっぱちょっと重い。昔よりも筋肉が着いたせいか、スタイルは良くなったけど重くなった。羽のように軽くは──────────ぐぇ!!」


 再び締められる腕と、それに対抗する俺。


 そんな様子を見ていたシルフォードたちは、微笑ましそうにこちらへと視線を向けていた。


 「やっぱり団長とカノンはラブラブ」

 「見てて甘いですね。これが“砂糖を吐く”ってやつですか?」

 「団長さんも副団長さんも楽しそう」


 現在進行形で殺されそうになっているのに、そう言える三姉妹を見てい俺は“はよ助けろ”と思うのだった。

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