イスVS怠惰の魔王

 獣王ザリウスが先陣を切り、怠惰の魔王ベルフェゴールに向かって攻撃を開始していた頃、イスとベオークはその様子を眺めていた。


 「攻撃が届いてないの」

『少し手前で攻撃が止められる。異能?』

 「多分そうなの。領域系か特殊系の異能なの。自身の周りの攻撃を無効化するとかそんな感じなの」

『何それ無敵じゃん。魔法も効かない?』

 「流石に全部が全部無効化できる訳じゃないと思うの。例えば、物理と魔法両方とも無効化できるけど、展開できるのはどちらかひとつとかそう言うものだと思うの。他にも、動かないことでしか発動できないとか、強力な能力だから制約があると思うの」


 イスは空に浮かぶ氷の上に座り、足を揺らしながら魔王の能力について考える。


 まだ本来の力を取り戻していないにも関わらず、イスが今まで見てきた魔王の中では1番の強さを持っているように見える。


 「暴食の魔王と色欲の魔王よりも強いの」

『暴食の時は復活してからフルボッコにされてたからしょうがないけど、色欲は完全復活した。それよりも強く見えるってヤバくね?』

 「ヤバいの。後は、相性差もあると思うの。なんか、獣人達は物理攻撃しかしてないし、もしかしたら魔法系の攻撃手段を持ってないのかもしれないの」


 イスとベオークは知らないが、獣人の特性として、“他の種族と比べて魔法が上手く扱えない”というものがある。


 その分、他の種族よりも肉体的に優れているが、その種族的特性のせいで、まともに魔法を覚えようとするものは少ない。


 もちろん、いない訳では無いが、今回この場で魔王を討伐しようとする者達の中には誰一人として魔法を使えるものはいなかった。


『どうする?介入する?』

 「流石に今介入するのはパパに怒られるの。獣王が死にそうとかなら介入するけど、誰も死にそうになってないの」


 イスもベオークも、獣人達がまともな魔法攻撃手段を持っていないと判断した時点で、介入することになると薄々感じていた。


 しかし、万が一何か攻撃手段があるかもしれないので、危険になるまでは大人しく傍観に徹する。


 怠惰の魔王との戦いが始まって少しすると、獣王がその力を解放する。


 神々しく光り輝くその姿は、天高くからでもハッキリと認識できていた。


 「おぉー。すごいの。アレが“獣神”と呼ばれる由縁なの?」

『おそらくそう。確か、“獣神化”とか言う異能だったはず』

 「見た感じ、自己強化系の異能なの。分類すると、特殊系に当てはまるかな?」

『多分そう。ジンとカノン曰く、“強化系が特殊系に入るとかありえん。ハン〇ーハンターの設定見習ってこい”って事らしいけど』

 「ハンターハ〇ター........?」

『ジンの世界にあった物語。ものすごく面白いらしいけど、どうせ完結しないから悔いはないって言ってた』

 「ふーん」


 イスは、自分が大好きな父親の知らない事をベオークが知っていることに少し嫉妬する。


 拠点に帰ったらその話を聞こうと心に決めると、イスは光り輝く獣王に視線を戻した。


 ベオークはイスの反応を見て、地雷を踏んだか?と不安になるも、どうやら不発弾だったようで安心する。


 長い付き合いがあるベオークが相手だとしても、仁と花音の事になると容赦がないのだ。


 例え、それが嫉妬だとしても。


 唯一、それでも許されるのは、イスの面倒を見てきたアンスールぐらいだ。


 仁と花音がいない時に、構ってくれたアンスールにはイスも怒ることは無い。


(母様少し羨ましい。地雷源で踊るのは肝が冷える)


 ベオークはそう思いつつ、イスの視線の先に目を向けた。


 視線の先では、獣王が既にその輝きを失って地面へと倒れており、その後ろにいた獣人達も地面と仲良くしている。


 何があったかは気配で何となく分かるが、ここまであっさりとやられるとは思っていなかった。


『獣王弱くね?』

 「弱い。と言うよりは、あの魔王と相性が悪すぎたという出来なの。おそらく、バフを奪ってデバフをばら撒く感じだから、バフ特化っぽい獣王には無理だったの」


 イスは冷静にお互いの能力を分析すると、仕方がないとばかりに座っていた氷から立ち上がる。


 魔王の存在感が一気に増えたのも感じ取れたので、おそらく魔王は完全復活してしまったのだろう。


 イスは手遅れになる前に、魔王を自身の世界に引きずり込まなくてはならなかった。


 「ベオーク。今回は私一人で行くの」

『それはダメ。万が一があると困る』

 「今回はちょっと本気でやるから、間違いなくベオークも死ぬの。深淵だっけ?アレは優秀だけど、私の本気に耐えられるほどでは無いの」


 ベオークは最上級魔物。その力は厄災級にも引けを取らないが、世界樹ユグドラシルの力を持つイスの前では無力に等しい。


 多少のことならば、お得意の深淵で何とかなるだろうが、イスの本気ともなると話は違う。


 ベオークは何も出来ずに氷の大地の一部になってしまうだろう。


 仁から“イスを頼む”と言われているベオークだが、それで自分が死んでしまっては意味が無い。


 ベオークは何か反論できるかと考えたが、無理そうだと諦めるとイスに条件を出した。


『分かった。ワタシじゃイスの本気には耐えられた無い。5分以内に帰ってこなかったら、仁に報告する。それだけは覚えておいて』

 「わかったの。30秒もあれば終わるから、直ぐに返ってくるの」


 イスはそう言うと、足場にしていた氷の上にベオークを置いて自分は飛び降りる。


 そして、獣王にトドメを誘うと腕を振り上げている怠惰の魔王に向かって自身の異能を発動した。


 「死と霧の世界ヘルヘイム


 霧に覆われ、その世界は白銀の凍った世界。


 魔王は何が起こったのか分からず、呆然としているが今回のイスは容赦がない。


 「イス様。私達はいかが致しましょうか?」

 「バゥ!!」


 イスがこの世界に来たことをいち早く察知したモーズグズとガルムが、頭を下げてイスを出迎える。


 イスはチラリとだけモーズグズとガルムを見ると、未だに何が起こったのか分からず、霧の中で混乱する魔王に向かって指を指した。


 「アレをサッサと仕留める。モーズグズとガルムは手を出すなよ?」

 「承知しました。大人しく待機しておきます」

 「バゥ」


 イスの後ろへと下がったモーズグズとガルム。


 2人が後ろに下がったのを見て、イスは手加減なしにこの世界の気温を下げていく。


 たった1秒弱で、死と霧の世界ヘルヘイムは空気すらも凍った世界へと変貌する。


 全ては止まり、全ては凍てつく。


 「へぇ?まだ動けるんだ。まぁ、これでおしまいかな」


 イスはそう言うと、手をグッと握りしめる。


 「氷の処女アイス・メイデン


 次の瞬間、魔王の体は凍り付き、その心臓の動きも止める。


 “獣神”ザリウスですらも容易に倒した怠惰の魔王は、ほんの数秒でこの世を去ったのだ。


 「おしまいっと。ちゃんと魔王が死んだ事を、あの獣達に教えてあげないとね」


 イスはそう言うと、先に凍った魔王を元の世界へと戻す。


 「モーズグズ。何か変化は?」

 「特にはございません。相変わらず暇な世界です」

 「そう。ならいいか。私も戻るね」

 「イス様。口調が戻っておりません」

 「おっと。私も戻るの!!じゃあね!!」


 イスが元気に元の世界へと戻るのを見送ったモーズグズとガルムは、残された霧の世界でぽつりと呟く。


 「子供らしさは必要ですが、別に素を出しても問題ないと思うのですがねぇ.........」

 「バゥ」


 その言葉は、霧の世界で反射する。





瞬殺☆

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る