勇者VS憤怒の魔王①

 エルドリーシスの雷によって、悪魔達との交戦が始まった頃、龍二達もその雷を合図にして魔王との交戦に入ろうとしていた。


 まだ本気を出せない憤怒の魔王サタンを簡単に倒せるチャンス。これを逃す手は無い。


 「僕達も行こう!!」


 そう言って憤怒の魔王へ向かって飛び立つ。


 暴食の魔王の時と同じく、一方的な戦闘が始まる。


 そう思われた矢先、憤怒の魔王は口を開いた。


『まぁ、待て女神の被害者達よ。少し我と話をしよう』


 頭の中に直接響き渡る魔王の声。


 先程復活した時とは違い、耳から入る音ではなく脳に響く声。


 初めて体験する現象に、光司達の歩みは一瞬遅くなる。


 だが、相手は魔王。


 かつてはその世界を支配していた化け物だ。光司は雑念を取り払うかのように何度か頭を横に振るった後、気合いを入れ直して魔王に向かってその聖剣を振り下ろす。


 神速には程遠いものの、常人には見切れない速さで振るわれた聖剣。


 その一振りの中には何度もフェイントが織り交ぜられており、相手が熟練者であってもその剣を避けるのには苦労する。


『んーむ。敵である我の言葉に耳を傾けないのは流石だな。とは言え、少しは話を聞いてもらいたいものだ』


 しかし、そんな一撃を憤怒の魔王は軽々と避ける。


 魔王はどうすれば話を聞いてもらえるのか、頭を悩ませる。


 これが剣聖だったら、完全復活を待つ間の暇つぶしとして話を聞いていただろう。


 だが、龍二達はそこまで狂っていない。


 「黙れよ?魔王。お前が話をして時間を稼ごうとしているのは明らかだろうが」

 「神光の断罪ジャッジ・オブ・レイ


 光司の剣が避けられると同時に、朱那が攻撃を開始する。


 十字架に光り輝く理から逸脱したその攻撃は、神の裁きと言っても過言ではない神々しさを放っている。


 人のいる町に放とうものなら、その裁きによって人々は死が来るまで懺悔を辞めることは無いだろう。


『ふむ。なるほど。それは一理あるな』


 魔王はその断罪を左腕に喰らいながらも、冷静に龍二の言葉に頷く。


 自分は魔王で、相手は勇者。


 敵の言葉に耳を傾ける者などそうはいない。


 魔王は焼けただれた左腕には見向きもせず、どうすれば話を聞いてもらえるのか考える。


(........どうやろうとも話を聞いてもらうのは無理そうだな。ならば勝手に語るか。暴食のアホは暴食の癖に傲慢だったが、我はそこまでアホじゃない。それに、しな。あとは女神への不信感を煽れば後々が動きやすくなる)


 迫り来る光弾や聖剣の斬撃を上手く避け、時には使い物にならなくなった左腕を使って防ぐ。


 勇者達の攻撃は激しく、魔王は徐々に追い詰められていた。


(言いたいことだけは話しておこうか。監視の目には聞こえないように向こうにも念話をしてもらいたいが、どうするか........まぁ、いい。とりあえずやってみるとしよう)


 あまり時間が無いことを悟った魔王は、勝手に話し始める。


『かつては平和なその地にて、平穏な日々を暮らしていた貴様ら達だったが、女神によってこの地へと足を踏み入れた。憎くはないか?女神の勝手な都合でこの世界に飛ばされたのだぞ?』

 「........」

 「........」


 ほんの少し、朱那と光司の動きが鈍る。


 それを感じとった魔王は、この調子で行けば話したいことは話せると確信した。


『恨みつらみの話しは貴様らの話だとして、疑問に思わなかったか?貴様らが勇者として召喚された云々の話はともかく、我らが復活する時に下された神託が遅すぎると』


 ピタリと攻撃が止む。


 以前、龍二達も思った疑問だ。


 魔王はその答えを持っているのだろうか?


 そう考えてしまった時点で、龍二達は魔王の話を聞く体勢になってしまう。


 「神託を知っているのか?」

『頭の中で話せ。に口を読まれる』


 魔王の“監視”と言う言葉に、龍二達は目を大きく開いて驚く。


 それなりに強くなった彼らは、当然その探知できる範囲も広くなっている。


 その探知に誰も引っかかっていない為、誰かが自分達を監視しているとは思っていなかった。


『それと、止まるな。適当でいいから攻撃を続けろ。できるだろ?攻撃しながら頭の中で会話するぐらい』


 割と難しいことを要求されるが、やって出来ないことはない。


 龍二達は魔王への攻撃を再開すると同時に、魔王の念話を使って会話を始めた。


『あーあーステステ。聞こえますかー』

『問題ないよ。僕のも聞こえてる?』

『聞こえるよ。私のは?』

『安心しろ。全員聞こえている』


 魔王は鋭さが無くなった勇者達の攻撃を避けながら、会話を続ける。


 監視者は、こちらに居場所を突き止めさせない時点で相当な手練だとわかる為、急に鋭さの無くなった攻撃が繰り出されていることに疑問を持たれるだろう。


 しかし、全く動かないよりはマシだと判断した。


『さて、女神の話だったな。あの神託の遅さ。貴様らはどう思った?』

『........俺は、人間を間引く為にわざと遅くしていると考えた。魔王にある程度人を殺してもらいたかったのでは?と』

『なるほど。あの忌々しい女神を何も知らねば、そう思うわな』


 何か含みのある言い方に、龍二は顔を顰める。


『そう怖い顔をするな。順を追って話してやるから』


 魔王はそう言うと、飛んできた光弾を避ける。


 先程よりも圧倒的にキレが無い。


 ここまで露骨になると、監視者何かあると気づくだろうがまさか会話しているとは思うまい。


『我が.........我らが討伐されこうして封印された理由は、この世界を支配していたからでは無い』

『.........』

『女神を殺そうとしたからだ』


 魔王のその言葉に、再び全員が固まる。


 しかし、魔王はそんな事知るかと言わんばかりに話を続けた。


『女神は、様々な理由からこの世界に干渉する事が出来ない。昔は違ったが、我らがこの地にいた頃には精々神託ぐらいだった。しかし、女神は我らが女神を殺す計画を立てると、それに気づいた女神は尖兵を送ってきた』

『それが初代勇者だと?』

『否。最初に送られてきたのは、天使だ』


 魔王はそう言って、朱那を見る。


 四番大天使ウリエル


 七大天使グレゴリウスに数えられるその大天使。


 まだ何も知らない少女に向かって魔王は語る。


四番大天使ウリエルよ。ひとつ助言だ。天使は信用するな。女神に不信感を抱いているなら尚更な』

『魔王の言うことを信じろと?』

『別に信じろとは言わん。が、頭の片隅にでも置いておけ。天使の連中は女神に盲信的だ。異世界の価値観を持ち、女神に不信感を覚える貴様とは相性が悪すぎる。場合によっては殺されるぞ?』

『..........』


 朱那は暗い顔をする。


 面倒事は勘弁願いたいが、それはおそらく避けられないと直感していた。


 女神に不信感を抱く天使。


 女神の使徒とも言われる彼らが知ればどうなるか?


 答えは火を見るよりも明らかである。


『頭の片隅には置いておくよ』

『そうしておけ。その後を決めるのは貴様自身なのでな』


 そう言って魔王は話を戻す。


 女神への不信感を高まらせるために。

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