傲慢の魔王討伐
俺は、塵となって消えていった魔王の残骸を見ながら天を仰ぎ見る。
マジックポーチから時計を取り出して時間を見ると、戦闘開始から8分が過ぎていた。
予定時刻より3分オーバーだ。監視の目が無ければもう少し好き勝手できたのだが、手札をあまり切らずにやると言う縛りプレイをしたのが響いたな。
だとしても、魔王は強かったが。
周りにいた悪魔たちはそれほどでも無かったが、魔王本体は相当強く、間違いなく厄災級の力は持っていただろう。
もう一体同じのがいたら、相当危ない戦いを強いられる事になっただろうな。
やはり、暴食の魔王が復活した時は、復活したてで万全の状態ではなかったのだろう。でなければ、もう少し反撃できていただろうし、街に被害も行っていた。
暴食の魔王は、能力を使うことも許されなかったぽいしな。
「さて、俺は帰るとするか。流石に疲れた」
この後仕事があると思うと少しうんざりするが、普段はなんの代わり映えのない報告書をペラペラ捲っているだけなのだ。ちょこっと忙しいぐらいは我慢しなくては。
それに、戦争が始まればもっと忙しくなる。
俺は子供達を影から出すと、リーダー格である最上級魔物へと進化を遂げた二体だけを残す。
今回は物資の補給が現地では行えない。一応色々と確認しておかなければならないのだ。
「飯はちゃんと持ったな?飲水もあるな?」
「シャ」
“ある”と言わんばかりに、崖から水の入った水筒や食料を影から出してくる。
普段から、かなりの量の食料を影に仕舞わせているから問題ない。
俺はちょっとドヤ顔する可愛い蜘蛛2体の頭を優しく撫でながら、まるで遠足に行く時の子供に注意する親のように話す。
「いいか?先ずはお前たちの安全が第一だ。もし、ヤバそうな相手が来たら逃げろ。夜ならその場所全てがお前達の庭になるし、例え日が登っていてもやりようはあるだろ?あの魔道具は持ってきているな?」
「シャー」
「よしよし。ならいい。後、困った事があったら
「シャ」
「よし。なら、この手紙を渡しておいてくれ。難しい注文をして悪いが、お前達の存在は気づかれないように上手くやってくれ。俺にとっては可愛い仲間だが、向こうから見れば恐ろしい魔物に見えるからな」
「シャー」
“恐ろしい魔物”という部分を聞いて、少し落ち込む蜘蛛達。
俺や花音はあの島にいる時からずっと一緒に生活してきたからなんとも思わないどころか、可愛いとすら思えるが、その実態はたった一体で街を滅ぼせる最上級魔物だ。
やり方と狙う国を考えれば、一国を地図から消すこともできるだろう。
そんな力を持った魔物相手に、初対面から仲良くしようとする者は稀だ。
俺だって、ベオークが蜘蛛じゃなくて恐ろしい竜とかだったら間違いなく逃げるか戦うかしていただろうし。
蜘蛛だからこそ、魔物という偏見を持たずに仲良くできたのだ。
俺は少ししょんぼりとする蜘蛛達の頭を雑に撫でてやりながら、ニカッと笑う。
「そう落ち込むなよ。俺や花音、それに他の団員たちもお前達の可愛さやカッコ良さは分かっているんだ。それで十分だろ?」
「シャ!!」
蜘蛛達は、“確かに”と言わんばかりに元気よく手を上げる。
ほかの蜘蛛達もそうだが、結構単純なんだよな。悪いヤツに騙されたりするなよ?
俺は元気になった蜘蛛達の頭から手を離すと、拠点へ帰るべく空に浮かぶ。
魔力をかなり消耗したから、行きほどの速度は出ないかもな。
「じゃ、あとは頼んだぞ!!安全第一!!いいな!!」
「「「「「「「シャー!!」」」」」」」
元気よく手を振る子供達に見送られながら、俺は拠点へと戻っていくのだった。
「あ、そういえば、俺を監視してた目は消えたな。俺を見てた奴もいたが、魔王の様子を見てた奴の方が多かったのか?」
1人だけ、最後の最後で尻尾を出した奴がいたが、それ以外は魔王を討伐すると同時にパタリと視線が消えた。
正体が分からないし、どこから見られていたのかも分からないからどうしようもないが、俺はその見えぬ監視者が何者だったのか悶々としながら帰る。
「まぁ、尻尾を出した奴にも警告はしたから十分か。今度、確認の為にその座標には行っておこう」
実は、その監視者の主は既に俺の異能に飲まれて死んでおり、その王宮では大混乱が起き始めているのだが、それを今の俺が知る由もない。
俺は仕事の為に寄り道はせず、さっさと帰るのだった。
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神聖皇国の勇者達が動けるようになったのは、魔王が復活してから3時間後だ。
更にそこから国交問題にならないように、親神聖国の国を幾つも越えて遠回りしながら旧サルベニア王国に向かう。
今回魔王討伐に選ばれた勇者達と聖堂騎士の一人が、その場所に辿り着いたのは日が暮れた後。
既に天を照らしていた太陽は月に変わり、月だけでは照らしきれない大地を星々が照らしいてる。
「やはり、魔王や悪魔は既にいませんか」
空から降りてきたのは、聖堂騎士団第五団長エルドリーシスである。
彼女の耳は人間よりも長くその先端は尖っており、普通の人間でないことが分かる。
彼女はエルフが多く所属する聖堂騎士団第五、そのトップを務める彼女もエルフであった。
「エルドさん。急いで魔王を探しましょう。でないと被害が大きくなります」
「そうです。急ぎましょう。既に魔王が復活してから9時間以上たっています」
「下手しなくても、どこかの街は滅んでるかもな」
続いて空から降りてきたのは、3人の勇者である。
光司、朱那、龍二。勇者の中では最強格の3人だ。
龍二の言葉を聞いた光司が、顔を少し青くしながら叫ぶ。
「ちょ、龍二君!!縁起でもないことは言わないでくれよ!!」
「いやだってここに魔王がいないなら、考えられるのは1つだろ?まぁ、誰かが討伐したってんなら別だが..........」
聞いた話では、ドワーフ連合国は人を出さないらしい。1番魔王を討伐できるはずの戦力を持っている国が動かないとなると、被害を出さずに魔王の討伐は絶望的だった。
「ここで油を売っていても仕方がありません。手当たり次第になりますが、魔王の居場所を─────────!!」
結論を出そうとしたエルドリーシスだったが、その言葉は途中で遮られる。
突如として後ろから現れた気配。その気配はとてつもなく、ほんの一瞬だったにもかかわらず背中から流れ落ちる冷や汗が止まらない。
エルドリーシスだけではなく、3人の勇者達も同様だ。
すぐさまその気配の場所に振り向き、各々が戦闘態勢に入るがそこには何も居ない。
「........なんだったんだ?今のは」
「分からない。でも、かなりやばかったと思うよ。途中までまるで気配が感じられなかったし、今も気配が感じられない」
「ねぇ。なにか落ちてない?」
「確かに落ちてますね。あれは.........手紙?」
恐る恐る近づいて、その落ちた手紙を手に取る。
もしかしたら釣りかもしれないと警戒していたが、何か妨害されるという事は全くなかった。
手紙を拾ったエルドリーシスは、勇者達の元に戻るとその手紙を広げる。
そこにはこう書いてあった。
“傲慢の魔王ルシフェルは討伐した”
そして、その横には逆ケルト十字のマークが書かれている。
「これは........」
「このマーク見覚えがあります。確か、
影の英雄として人気の高い傭兵団。今、話題の人物でありその特徴とも言える逆ケルト十字が書かれたこの手紙を、エルドリーシスはどうするべきかと悩む。
彼女自身、
しかし、この男は違う。
龍二はその手紙の内容を読んだ後、月が照らす空を見て誰にも聞こえないように、1人で呟いた。
「流石だな。仁」
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