第七十五話

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 去年、家康いえやす秀忠ひでただ豊臣家とよとみけほろぼすため、大坂おおさかじんとして大坂に攻め込んだ。徳川軍の雑兵ぞうひょうたちは、大坂城下の民衆にも襲いかかった。じゅうも使い夜中だったので大坂城下では、大きな被害が出た。周五郎しゅうごろうと姉は病気の両親とはぐれて逃げていたが、姉が撃たれた。


 姉は自分の命は長くないと知ると、倒れた周五郎におおいかぶさり隠すことにした。

「周五郎、このまま私の下に隠れていなさい。徳川軍が去るまで……」


 周五郎は、反対した。

「何を馬鹿ばかなことをおっしゃる、姉上! こうなったら姉上のかたきを取らせてください!」

「いいえ、それは無理です。徳川の兵は、多すぎます」

「しかし姉上!」


「いいですか、周五郎。あなたは生き残るのです。生き残って大阪を、立て直すのです……」

「しかし!」

「周五郎、徳川をうらんではなりません……。恨みはきっと、あなたの人生を狂わせます。だから生き残り大阪を立て直すことに、これからの人生を使いなさい……」


 そう言い残して周五郎の姉は、亡くなった。その美しさから多くの男に求婚きゅうこんされたが断り、嫁にも行かず病気の両親の世話をしていた優しい姉だった。


 周五郎は怒りと悲しみのあまり、血の涙を流した。

「お、おのれ徳川……。許さん! 許さんぞーー!!」


 朝になると、徳川軍の雑兵は去っていた。しかし周五郎は姉の遺言ゆいごんにはしたがわず、大坂を離れて江戸に向かった。家康と秀忠の、首を取るためだ。そのためには、江戸で力を手に入れなければならない。


 通常、大坂から江戸まで東海道とうかいどうを歩くと、十四日はかかる。しかし周五郎は、十日で江戸に着いた。一日でも早く、姉の敵を取りたかったからだ。途中、金が無かったので腹が減ると、カエルやトカゲを焼いて食った。夜、森の中で寝ていると野生動物に襲われることもあったが、気迫きはくで追い返した。


 そして江戸に着き江戸で一番の刀工とうこうと言われる本郷ほんごうのウワサを聞くと、周五郎は本郷の工房こうぼうに向かった。


 周五郎は本郷に会うと、土下座どげざした。

「本郷様、私を弟子でしにしてください!」

「ああ、まあ、俺はやる気があれば誰でも弟子にするがお前、一体どうした? ぼろぼろじゃねえか?!」

「はい……。大坂から、一人できたので……」


 本郷は慈悲深じひぶかい表情になり、さっしたようだ。

「そうか、大坂からきたのか。それは大変だったな……。いいだろう、弟子にしてやる。はじめは雑用ざつようだが、それでもいいな?」


 周五郎の表情は、明るくなった。

「はい! よろしくお願いします!」

「それはそうとお前、はらは減ってねえか? 飯ならあるぞ?」

「はい、いただきたいです……」

「よし。ならまずは、腹いっぱい食え。仕事はそれからだ」


 周五郎は、深く頭を下げた。

「はい! ありがとうございます!」


 だが周五郎は、決心していた。ここで刀の作り方を覚えて、いずれ独立すると。そして金もためて刀と金という力を手に入れて、いずれ徳川にうらみをらすと。


 これは周五郎が二十歳の時のことで、周五郎は元々手先が器用で武器を作る仕事をしていたので一年もすると、刀を作れるようになった。そして本郷から、独立を許された。


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 周五郎は、『炎王えんおう』で江戸を火の海にして江戸城から火消ひけしのために警備けいびの者を江戸の町にさそう。そして警備が手薄てうすになった江戸城に侵入して、『炎王』で秀忠を暗殺あんさつしようとしていた。しかし江戸で最強の剣客集団けんきゃくしゅうだんと言われる四刀しとうが邪魔になると思い、金でやとった刺客しかくを送った。


 そして今、江戸で最強のさむらいと言われる誠兵衛を倒すために周五郎は、壱岐に『炎王』を貸した。


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 両方に刃が付いた西洋の武器、けんを応用して作った炎のように赤い妖剣ようけん『炎王』を手に入れた壱岐いちきは、微笑ほほえんだ。

「そうそう、やはり妖剣は刀工ではなく、戦士が持たなくちゃね……」


 周五郎は少し、不満そうに告げた。

「早く返せよ、壱岐。私はそれで……」


 壱岐はやはり、微笑んでいた。

「分かってますよ、周五郎さん。でももし周五郎さんが死んだら、返す必要も無くなりますよね?」

「な、何?!」


 壱岐は『炎王』で、周五郎の左肩から右の腰までった。そして周五郎は、倒れた。


 周五郎は、訳が分からないという表情になった。

「い、壱岐! き、貴様きさま?!」


 壱岐は、当然という表情で語った。周五郎様は、甘い。こんなに江戸中で火事が起きているのに、死人は出ていない。当然だ。人が住んでいない、人気ひとけが無い長屋ながやばかりを燃やしていたからだ、と。

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