第六十三話

 すると美玖みくは、まずは鉄砲てっぽうの玉と同じ速さにれたらどうかと提案ていあんした。鉄砲の玉よりも速いきに手も足も出ないことみは、その提案を受け入れた。


「行くぞ」

 美玖は早速さっそく、鉄砲の玉と同じ速さの突きを三回、放った。すると、ことみは三回とも左右の竹刀しないでさばくことが出来た。


 ことみの表情が、明るくなった。

「出来ました! さばけましたよ、美玖さん!」

「うむ。では、もう一度やってみよう」


 美玖は再び、鉄砲の玉と同じ速さの突きを三回、放った。すると、ことみは再び三回とも左右の竹刀でさばくことが出来た。


 美玖も、稽古けいこの手ごたえを感じた表情になった。

「うむ。まずは、出来る稽古を続けた方が良いな」

「はい!」


 そして美玖とことみは、夕方になるまで同じ稽古を続けた。鉄砲の玉と同じ速さの突きを、確実にさばけるようになったことみに、美玖は提案した。

「もう一度、鉄砲の玉よりも速い突きを三回、放ってみようと思うが、どうだ?」


 少し自信が付いたことみは、笑顔でその提案を受け入れた。そして美玖は、

「行くぞ……」と放った。


 しかし、ことみはさばけずに三回とも胴体どうたいに喰らって、また後ろに倒れた。美玖は今日は、これくらいにしよう、休むことも稽古だとその日の稽古を終えた。




 ことみと美玖の稽古の二日目。

 ことみは、おゆうが作ってくれたおぜんを、ものすごい速さで食べると早速さっそく沖石おきいし道場に向かった。

 

 美玖は門下生もんかせいの稽古の邪魔にならないようにと、沖石道場にある庭で稽古をつけることにした。そこには高いへいがあり、また稽古をするには十分な広さがあった。

 

 ことみが今日は、どんな稽古をするのかと聞くと美玖は答えた。

「うむ。今日は竹刀しないを二本持って、それぞれ千回づつ突きの稽古をしてもらおう」


 ことみは千回づつと聞いて少し怖気おじけづいたが、強くなるために覚悟かくごを決めた。そして早速、右の突き、左の突き、右の突きと稽古を始めた。


 それを少し見ていた美玖は「うむ、その調子だ。そのまま続けてくれ」と言い残し、まだ妊娠にんしんの安定期に入っていないからと自分の部屋で休むことにした。

 

 だが昼くらいになると美玖は、様子を見にきた。

「どうだ? どれくらい出来た?」


 その時、ことみの両腕は限界げんかいで、突きを放てなくなっていた。

「えーと、まだ半分です。五百回づつです……」


 すると美玖は笑顔で、そこまでやれば取りあえずは十分だ、お腹がいたろう、一緒に食事をしようと提案した。


 ことみは市之進いちのしんたちが作ったイノシシなべを門下生たちと食べて、庭が見える縁側えんがわで休んでいた。


 すると美玖は、あらたまった表情でやってきた。

「ことみ、一つ聞きたいことがある」


 ことみは美玖の表情を見て少し緊張したが、答えた。

「はい、何でしょう?」


 改まった表情のままで美玖は、相模二刀流さがみにとうりゅう武士道ぶしどうを聞いた。ことみは、それは『二本の刀で防御と攻撃を行え』だと答えた。これは左の刀で防御を、右に刀で攻撃する相模二刀流の基本だと付け加えた。


 すると美玖は、小さく笑った。

「うーむ。そういうことではなく、気持ちのちようを聞きたかっただがな」


 そして美玖は沖石道場の武士道は、敵に背を向けるな、最善さいぜんくせ、勝てなくても一矢報いっしむくいろ、だと教えた。

 今まで、そんなことを考えたことが無かったことみは、なるほどと納得した。そして、それが沖石道場の四刀しとうの強さの秘密かと納得した。


 その様子に満足した美玖は、これからが本番とばかりに一枚の浮世絵うきよえを、ことみに見せた。


 ことみは、不思議そうな表情で聞いた。

「誰ですか、この人は?」


 すると美玖は、この人は片岡宗十郎かたおかそうじゅうろうといい、伊勢いせから大阪をて江戸にきて繊細せんさいな人情をえんじている歌舞伎役者かぶきやくしゃだと答えた。柔らかな物腰ものごしと、すっきりとした容姿ようしで私が一番好きな歌舞伎役者だと説明した。


 すると、ことみは少女のような表情で、感想をもらした。

「確かに、かっこいい人ですねえ~」


 そんな、ことみを見つめて美玖は、相模二刀流の強さを日本中に広めることも大事だと思うが、人生を楽しむことも大事だと告げた。


 今まで剣術けんじゅつのことしか考えていなったことみは、なるほどと思い、そして美玖のように強くて優しい姉がしいなと、ふと美玖にあこがれた。

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