第五十四話  第四部 完結

 江戸の本郷翁ほんごうおう工房こうぼうに着いた時にはすでに、朝になっていた。僕はおだやかというか、気弱な性格に戻っていた。


 ことみの話を聞いた本郷は真剣しんけんな表情で、うなづいた。

「なるほど。相模二刀流さがみにとうりゅうの強さを、日本中に広めたいか……。よし、いいだろう。そういう理由なら、ことみちゃん。あんたが『いん』と『よう』を、持っててもいいぜ」

「本当ですか、本郷様?! ありがとうございますーー!!」


 そして僕たちは、おゆうさんの長屋ながやに向かった。


 僕はおそる恐る、ことみさんに聞いてみた。

「えーと、ことみさん……。本当に江戸に、住むつもりですか?」

「うん、もちろん! 私、昔から江戸にあこがれてたし、相模二刀流の強さを日本中に広めるためには、江戸で活躍かつやくすることが一番、良いと思うから!」

「まあ、それは、そうかも知れないですけど……」


 すると、ことみさんは笑顔で言いはなった。

「そういえば、せいちゃんは、どこに住んでるの?」


 僕は驚いた。更に、あわてた。

「え? せ、せいちゃん?! それって、僕のことですか?」

「そうよ。せいちゃんは私のことを、『ことみ』って呼んでいいから!」

「え? いや、それはちょっと……」


 すると、ことみさんは興味深々きょうみしんしんの表情でせまってきた。

「ねえ、質問に答えてよ! せいちゃんは今、どこに住んでるの?!」

「えーと、長屋です。おゆうさんという女性と一緒に、住んでいます……」

「え? おゆう? 誰それ? 恋人なの?」


 僕は、困惑こんわくしながらも答えた。

「え? いや、その……。取りあえずは、ただの同居人どうきょにんです……」

「ふーん、そうなんだ。じゃあ私も、そこに住んでも何の問題も無いわね! 今、私はお金を全然、持ってないから」

「え? ことみさんも一緒に住むんですか?!」

「そうよ。二人が、ただの同居人なら何の問題も無いでしょ?」

「え? ええ、まあ……」


 僕は、おゆうさんにどう説明したらいいか考えたが、いい考えは浮かばなかった。なのに僕たちは、おゆうさんの長屋へ着いてしまった。


 扉を開けた僕は、取りあえずびかけた。

「おゆうさーん! 誠兵衛せいべえでーす! 今、帰ってきましたー!」


 するとすぐに、おゆうさんが玄関に出てきた。

「あ、お帰りなさい、誠兵衛さん! ……って、あれ? そちらの女性は、どなたですか?」


 ことみは、はじけるような笑顔で自己紹介じこしょうかいをした。

「はーい! 私は南条なんじょうことみっていいまーす! 今日からここに、お世話せわになりまーす! よろしくお願いしまーす!」


 おゆうさんは、戸惑とまどった表情で聞いてきた。

「あ、あの誠兵衛さん。こ、これは一体、どういうことですか?」


 僕も戸惑いながらも、説明した。

「えーと……。ことみさんは江戸に住みたいそうなんですが、お金が無くて取りあえずここに住みたいそうです……」

「え? そんなこと、急に言われても……」


 すると、ことみは挑戦的ちょうせんてきに言い放った。

「あれ? おゆうさん? ひょっとして私に、せいちゃんを取られるのが怖いんですか?」

「せ、せいちゃん?!」

「そうでーす! 私と誠兵衛さんは、『ことみ』と『せいちゃん』と呼び合う仲なんでーす! ねえ、せいちゃん?」


 僕は、うろたえながら、しょうがなく答えた。

「え? ええ、まあ……」


 普段の僕は、しに弱かった。


 するとさらに、ことみさんは続けた。

「それに二人の関係は、ただの同居人なんでしょ?」

「え? ただの同居人?!」と、おゆうさんは僕をにらんだ。


 そして、おゆうさんが、ことみさんに聞いた。

「私たちがただの同居人って、誠兵衛さんが言ったんですか?」

「ええ、そうよ。何か問題でも?」


 すると、おゆうさんは、がっかりした表情で答えた。

「そ、そうですね……。私と誠兵衛さんは、ただの同居人です……」


 そして再び、ことみさんは挑戦的に言い放った。

「じゃあ、何の問題もないじゃない。それとも、あなた。私に、せいちゃんを取られるのがこわいの? 小娘ちゃん?」


 すると、おゆうさんは鬼の形相ぎょうそうで答えた。

「べ、別に怖くありませんけど! それに私は小娘では、ありません! もう十九歳です!」

「へえー、やっぱり小娘ね。私は、もう二十歳だから! 私の方が大人おとなね!」

「そ、そんな! たった一歳、違うだけじゃないですか?!」


 そして、おゆうさんと、ことみさんは睨み合った。


 女の戦いを感じ取った僕は、戸惑いつつため息をついた。はあ……。これから一体、どうなるんでしょうか?……。



 第四部 完結

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