第四部 二人一組

第四十一話

 ようやく暑さが過ぎ、過ごしやすくなった十月上旬。 本郷ほんごう工房こうぼうの、本郷の部屋。


 本郷は、頭に血が上っていた。

「あんの、女狐めぎつねーー!!」


 しかし向かいに座っていた美玖みくは、冷静だった。

「少し落ち着かれては、いかがでしょう。本郷 おう

「はあ、はあ、そうだな……。いや、しかし、こんな手紙を読んだら腹も立つ!」

「手紙?」

「ああ。もう独立した二番弟子にばんでしからきた、手紙だ。読むか?」

「はい」


 美玖は、手紙を読みだした。


 はあーい! 野川のがわもん、こと、おもんでーす! 本郷様、お元気ですか? 私は元気でーす! 元気すぎて、妖刀ようとうを作っちゃいましたー! 自信作は『いん』と『よう』でーす!

 そこでふとぱらな私は、良いことを考えちゃいましたー! 二人一組で参加する、『妖刀争奪ようとうそうだつ二人一組剣術大会ふたりひとくみけんじゅつたいかい』を開催かいさいしまーす! そこで優勝した二人には何と、『陰』と『陽』を、あげちゃいまーす! 誰でも二人一組なら参加できまーす!

 何なら今、玄庵げんあんさんを倒して、こっちでも有名になっている、『血啜ちすすり』と『きわみ』を持つ二人も参加したら、どうでしょうかー?

 あ、大会で優勝する自信が無いのなら別に、いいですけどー。ふふふ。それじゃあ、大会への参加を待っていまーす!


 美玖は、ため息をついた。

「はあ……。何ですか、これは? あからさまな挑戦状ちょうせんじょうですよね?」

 

 本郷はいかりをおさえて、答えた。

「ああ。しかもあやしすぎる。こんな大会なんて、出なくてもいいーー!!

 ……と言いたいところだが、おもんの奴、昔から人を、あおるのが得意でなあ……。昔、こんなことがあった……」


   ●


 まだ本郷の工房に、四人の弟子がいた時のこと。


 ある日、二番弟子の、おもんは玄庵に聞いた。

「わー! 私、良い刀を作っちゃった! ねえ、一番弟子の玄庵さん。私が作った刀と玄庵さんが作った刀、どっちが良い刀か本郷様に聞いてみない?」


 顔色が悪い玄庵は、答えた。

「いや、やめておくよ。僕は最近、調子が悪くて、良い刀を作れないんだ……」

「え? それって一番弟子いちばんでしの玄庵さんは、二番弟子の私に勝てないってことですか? おーほっほっほっ!」


 さすがに玄庵は、いらついた表情になった。

「よし! そこまで言うなら今、僕が作った刀と君が作った刀、どっちが良い刀か本郷様に聞いてみようじゃないか!」


 すると、おもんは『にやり』と笑い、玄庵の手から刀を受け取った。そして自分が作った刀と一緒に本郷に見せた。

「ねえ、本郷様! この二本の刀、どっちが良い刀ですか?!」


 本郷は二本の刀を一瞬、見ると答えた。

「おもん。お前が右手に持っている刀の方が、良い刀だ……」


 すると、おもんはきき々とした表情で説明した。本郷様、実は私が右手に持っている刀は私が作った刀で、左手に持っている刀は玄庵さんが作った刀なんです。これって、あれですか。二番弟子の私の方が、一番弟子の玄庵さんよりも良い刀を作れるっていうことでしょうか、と。 


 そして、おもんは大げさに喜んだ。

「これなら私がいずれ、本郷様もえてしまうかも知れませんね! おーほっほっほっ!」


 本郷は真剣しんけんな表情で、おもんに告げた。

「いや、今、玄庵は調子が悪い。調子が良ければ、お前よりも良い刀を作れるだろう……」

「でも今、私が玄庵さんに勝ったのは事実ですよね! おーほっほっほっ!」


 本郷は、玄庵は今は調子が悪いが、おもんに、あおられて刀を比べることになったことに気づいた。だが、本郷は何も言わなかった。玄庵は、いつか調子を取り戻し、また良い刀を作るだろうと確信していたからだ。しかし、おもんは人を、あおる悪いくせがあるな、とも思った。

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