第二十五話  第二部 完結

 同時刻、沖石おきいし道場。


 美玖みく市之進いちのしんが作った、いわしのつみれが入ったなべに満足していた。

「うむ、やっぱり市之進の料理は美味うまいなあ。こりゃあ、やっぱり料理の腕だけは私よりも上かな? はーはっはっはっ!」


 市之進は、複雑な表情で答えた。

「喜んでいただいて、うれしいです……」


 市之進が沖石道場にきてからは、ずっと料理の担当をしていた。美玖の怪我けがはとっくに治っていたが、市之進は師範代しはんだいとして沖石道場にとどまった。取りあえず、しばらく江戸にとどまるのも悪くないし、これも恩返おんがえしの一つだと思っていたからだ。


 現在、沖石道場には十四人の門下生もんかせいがいた。そして美玖と市之進の他には正純せいじゅんと、もう一人の住み込みの少年門下生が住んでいた。父母を亡くして路頭ろとうにまよっていた少年を、美玖が引き取ったのだ。


 師範である美玖を除いた三人が食事の後片付けを終えると、美玖は背伸せのびしながら言った。

「さ、夜の稽古けいこも終わったし明日も朝は早いし、寝るとするか!」


 市之進は少し、心配していた。

「美玖さん、大丈夫ですか? 今も夜明け前に、めんどう小手こての稽古を二千回づつやっているのに、夜の稽古までして……」


 すると美玖は、さわやかな笑顔で答えた。

「うむ、大丈夫だ! なんせ夜は、面、胴、小手の稽古を、たったの千回づつしかやっていないからな! この間は不覚ふかくにも誠兵衛せいべえに負けてしまったから、もう一度戦う時には絶対に負けられないからな! はーはっはっはっ!」


 市之進は、もう一度戦ったら誠兵衛君は絶対に負けるな、という表情をした。


 美玖が「それじゃあ、皆も早く寝るように! おやすみー!」と言い放ち、自分の部屋に行こうとした時に、道場の扉をたたく音がした。

「む、誰だ。こんな夜更よふけに?」


 正純が「あ、私が対応しますよ」と答え、扉を開けた。美玖が何気なにげなく見ていると、緊張した表情の正純が戻ってきて伝えた。

「あのー、美玖さん。いらっしゃったのは、本郷翁ほんごうおうのお弟子でしさんでした。彼によると本郷翁がお呼びだそうです。できれば今すぐにきて欲しいとのことなんですが……」

「む? 本郷翁が? ならば今すぐに、行かねばなるまい!」


 正純は心配した。

「でも、こんな夜更けですよ? 私もおともしましょうか?」

「いや、それにはおよばない。木刀ぼくとう一本あれば大丈夫だろう」と、木刀が置いてある場所に向かった。


 正純はなるほど、それなら今ウワサの辻斬つじぎりが出ても大丈夫だろうと、納得した表情になった。


 美玖は早速さっそく、本郷の弟子と沖石道場の西にある、山の中の本郷の工房こうぼうを訪ねた。 


 そして本郷の弟子に導かれて、本郷がいる奥の部屋に入った。

「お邪魔じゃまします、本郷翁」


 すると本郷は、美玖に頭を下げた。

「すまねえ、美玖のじょうちゃん。こんな夜更けに呼び出したりして」


 美玖は、真剣な表情で答えた。

「いえ、本郷翁に呼ばれたのなら、いつでもけ付けます。で、どのようなご用件ようけんでしょうか?」


 すると本郷は、手紙を見せた。

「実はさっき、富士島玄庵ふじしまげんあんの弟子が手紙を持ってきたんだが……」

「その方は一体?」


 本郷は、少し困った表情で説明した。本郷には、本郷の元を離れて独立どくりつした四人の弟子がいる。ここ、武蔵むさしの国を除いた関八州かんはっしゅうに。上野こうずけの国、相模さがみの国、下野しもつけの国、下総しもうさの国に。

 玄庵はその四人の中で、一番弟子いちばんでしで最も優秀だった。だがその優秀さゆえか、本郷を超えたいという野望を強く持っていた。本郷はそれは向上心につながると思って、逆に期待していた。取りあえず本郷は四人の弟子に、妖刀ようとうの作り方を手紙で教えた。そして守護刀しゅごとうのことも教えた。


 そしたら玄庵から、ある手紙がきた。ざっくり言うと、『血啜ちすすり』、『きわみ』に勝って、玄庵は本郷を超えたことを証明したがっている。そのため、『四神しじん』という妖刀を作った。だが本郷にとって、それは困る。『極み』は、日光東照宮にっこうとうしょうぐう東照大権現とうしょうだいけんげんを守るための守護刀だからだ。それで美玖に、『四神』から『極み』を守ってほしいと頼んだ。


 美玖は、少し考えてから答えた。

「なるほど、そういうことでしたか……。では二つ頼みたいんですが、よろしいでしょうか?」

「うん、何だ?」

「はい。一つ目は、『極み』を貸していただきたい、ということです。妖刀に対抗するには、妖刀が必要だと思いますので」


 すると本郷は、快諾かいだくした。

「ああ、それならかまわねえぜ。もちろんいいぜ。それで二つ目は何だ?」

「はい、重助しげすけを探して欲しいのです」

「重助? ああ、まあ、俺の弟子に言えば、もちろん探せるが。何故なぜだ?」


 美玖は、真っすぐに本郷を見つめて答えた。

「はい。市之進は、我が沖石道場にいます。そして誠兵衛は、おゆうという女性と長屋に住んでいます。そうです、重助も加えて、四刀しとうを復活させるためです!」


 第二部 完結

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