第十九話

 次の日。日がれると徳右衛門とくえもんは、おゆうの長屋ながやあらわれた。

「準備はよろしいでしょうか、誠兵衛せいべえ殿!」

「ああ」と、俺たちは長屋を後にした。


 すると歩きながら、徳右衛門は提案ていあんしてきた。

昨夜さくやのこともありますから南町奉行所みなみまちぶぎょうしょの北側を調べてみるのは、どうでしょうか?」

「ああ、それが妥当だとうだろうな……」


 すると徳右衛門は、意気込いきごんだ。

「さあ、それでは行きましょう!」


 俺たちは南町奉行所の、北側に着いた。そして左右さゆうに長屋がある、広めの道を歩いていた。徳右衛門はやはり、俺の後ろにかくれながら歩いていた。

「やっぱり少しこわいですね……。こちらには誠兵衛殿がいるとはいえ、昨夜のように妖刀ようとうを持った辻斬つじぎりが出てきたら、どうしましょう?……」


 俺は、「その時は俺がまた、退治たいじしてやるぜ!」と言い放った。すると徳右衛門は歓喜かんきした。「おお! それは心強こころづよい!」


 歩いているとやはり、短髪たんぱつあやしい男がいた。男は早速さっそく、口を開いた。

「お前が誠兵衛か? お前が、三右衛門みうえもんを倒したのか?」

「ああ、そうだ。お前も辻斬りか?」


 すると短髪の男は、自信満々じしんまんまんの表情で言い放った。

「ああ、もちろん。俺は荒海卯之吉あらうみうのきちだ。最烈さいれつ妖刀ようとうさる』を持っている……」


 俺は、少し考えながら聞いた。

「やれやれ、お前も妖刀を持っているのか? なあ、その妖刀は誰が作った?」


 すると卯之吉は、微笑を浮かべて答えた。

「ふん、知っていても、お前には教えん……」


 なるほどと俺は、断定だんていした。

「つまりは、知らねえってことか。つまりは、お前も雑魚ざこだ」


 すると卯之吉は、怒りの表情を浮かべた。そして鋼色はがねいろの『猿』を抜刀ばっとうして、言い放った。

「俺が雑魚かどうか、この技を喰らえ!」


   連撃れんげき


 卯之吉はまず中段の構えから突進とっしんして、きを放った。俺が足さばきだけでかわすと、次は『猿』ではらった。それも俺が一歩下がってかわすと、今度は『猿』をり下ろした。


 俺は上段で、『血啜ちすすり』で受けた。そして言い放った。

昨夜さくややつよりは、やるか……。だが、技にキレが無いぞ!」


 すると卯之吉は、えた。

「くくっ、攻撃はまだ終わっていないぞ!」

「何?!」


 そして卯之吉は、得意とくいそうな表情で語った。普通は一息ひといきで、せいぜい三回位しか攻撃が出来ない。だが俺は違う。一息で四刻半しこくはん(およそ三十分)のあいだ、攻撃が出来る。聞いた話によると刀工とうこうは、刀を作る時にぎんを混ぜたそうだ。これが『猿』の神通力だ、と。そして更に卯之吉は、攻撃してきた。


   連撃!


 突き、薙ぎ払い、ざんの攻撃を俺は、足さばきと『血啜り』でかわすと吠えた。

「確かに四刻半の攻撃は厄介やっかいだ。だがそれは、キレがある攻撃のならばの話だ!」

「何?!」

「お前の攻撃には、キレが無い。つまり攻撃が単調たんちょうで、おそいんだよ!」


 俺は『血啜り』をさやに納めると、居合術いあいじゅつかまえを取った。

「だから、こんな反撃も出来る!」


 卯之吉の攻撃の合間あいまって、俺は居合術を放った。


「くっ」っと『猿』を立てて卯之吉は居合術を防ごうとしたが、俺の居合術はその『猿』を斬った。『猿』の上部は回転しながら、地に落ちた。


「くっ、くそっ」とあせる卯之吉に、俺は攻撃を続けた。


   突き!


 突きを喰らった卯之吉は、後ろに倒れて気絶きぜつした。すると徳右衛門は、すぐに卯之吉をなわ捕縛ほばくした。そしてうれしそうな表情で、俺に小判こばん手渡てわたした。

「やりましたね、誠兵衛殿! これで残る辻斬りは一人です! それで三人の辻斬り、すべてを退治たいじしたことになります!」


 だが俺は、表情をくもらせて答えた。

「お前は本当に、そう思うか……」


 すると徳右衛門は、不安そうな表情で聞いてきた。

「え? それはどういうことですか?」

「『雉』、『猿』とくれば、次は何だ?」

「あ、まさか『いぬ』?! 桃太郎ももたろう家来けらいの?!」

「そうだ……。だから俺は、『桃太郎』という妖刀を持つ奴もいると考えている……」


 俺の考えを聞いた徳右衛門は、頭をかかえた。

「何てこったー! 辻斬りはあと、三人もいるだなんてー!」


 俺は、少し考えながら話した。

「まあ、辻斬りは一人ずつ倒していけばいい。それよりも俺には気になることがある……」

「何でしょうか?」

「妖刀を作った奴だ。俺が知る限り妖刀を作れる奴は、この世に一人しかいない……。しかしあのじいさんが、こんな奴らに妖刀を渡すとは思えない……」

「えーと、すみません。全然、話が見えないんですが……」

「とにかく直接、本人に聞いた方が早いな」


 徳右衛門は、疑問の表情で聞いてきた。

「あの、本人とおっしゃいますと?」

源吉げんきちの爺さんだよ」

「まさか江戸で一番の刀工とうこうと呼ばれる、本郷ほんごう源吉げんきち様ですか?! これから会いに行かれるんですか? 私もついて行っても、よろしいでしょうか?」


 あまりの徳右衛門の意気込いきごみに、俺は負けた。

「まあいい。だが、邪魔じゃまはするなよ」

「はい、もちろんです!」


 俺たちは卯之吉を南町奉行所に引き渡した後、早速、本郷の工房こうぼうに行った。俺が工房の扉をたたくと、弟子でしが顔を出した。

「あ、これは誠兵衛様。何か御用ごようでしょうか?」

「ああ、源吉の爺さんにちょっとな。今、いるか?」

「はい、いらっしゃいますが……」

「急ぎの用なんだ。邪魔するぜ」

「はい、本郷様は奥の部屋にいらっしゃいます……」


 俺たちが奥の部屋へ行き、引き戸を叩くと中から声がした。

だれだ?ー」

「俺だ、誠兵衛だー!」

「誠兵衛? こんな時間に何だ?ー」

いそぎの用なんだ。どうしても聞きたいことがあるんだー!」

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