第十八話

 俺はこの男が辻斬つじぎりだと予想よそうして、声をかけた。

「お前、血のにおいがするな……。今まで何人、ってきた?」


 髪の長い男は、ゆっくりと答えた。

「まだまだ、数人だよ。まだまだ数えられるくらいだよ……」

「まるで数えきれないくらい、斬るつもりらしいな?」

「そうだよ今夜は二人、斬るつもりだよ」


 すると徳右衛門とくえもんは、おそれおののいた表情になった。

「ふ、二人ってまさか私も?! っていうか誠兵衛せいべえ殿、あれが?」

「ああ、おそらく俺たちが探している、辻斬りらしいな……」


 髪の長い男は、抜刀ばっとうして言い放った。

「ふふ、辻斬りかあ……。俺にはちゃんと村田三右衛門むらたみうえもんって名前があるんだがなあ……。

 そしてこれには、最切さいせつ妖刀ようとうきじ』っていう、名前があるんだがなあ……」


 すると徳右衛門は、誠兵衛の後ろにかくれた。

「よ、妖刀だそうですよ、妖刀! 誠兵衛殿、勝てますか? 大丈夫ですか?!」


 そして俺、も抜刀した。

「多分な。俺も、妖刀を持っているからな」


 三右衛門は、居合術いあいじゅつかまえを取った。

「知っているぞう、お前のことは。元四刀もとしとうなんだろう? 妖刀『血啜ちすすり』を持っているんだろう?」

「やれやれ、俺も有名になったもんだなあ」


 すると三右衛門は、不敵ふてきに笑って言い放った。

「この技を喰らっても、そんな余裕よゆうでいられるかなあ。喰らえ!」


   長切ながきり!


 俺は中段のかまえのまま、微動びどうだにしなかった。三右衛門の『雉』が届かない距離にいたからだ。しかし俺の着物は、水平に斬られた。それでも俺は、微動だにしなかった。


 三右衛門は説明した。この長切りは、『雉』が届かなくても斬れる。『雉』が斬っているのは物ではなく、空間くうかんだから。空間を斬ればその先にある物も斬れる。これが『雉』が持つ神通力だ。聞いた話だと刀工とうこうはこれを作る時、どうを混ぜたそうだ、と。


 俺は、ため息をついてあきれた。

「ふん、要するに、衝撃波しょうげきは出来損できそこないみたいなもんか。それにお前は、基本がまるでなっちゃあいない……」


 すると三右衛門は、いきどおった。

「くっ、衝撃波の出来損ないだと?! 今度は本気を出す! 今度は、お前の体を斬る!」


 そして再び、居合術の構えを取った。

「喰らえ! 長……」


 だが今度は俺が、『血啜り』を、左から右へるった。


   はらい!


 すると『血啜り』は、三右衛門の腹を水平に斬った。

「お前の居合術は、構えが大きすぎるんだよ。だから薙ぎ払いよりも遅いんだよ」

「くっ。な、何だと?!」


 そして『血啜り』を頭上から、三右衛門の左肩へ振り下ろした。


   ざん


 すると三右衛門は、大きく体勢たいせいくずした。俺は、説明した。体幹たいかんきたえていないから、これくらいの攻撃で体勢が崩れる、と。


 俺は更に、中段の構えから足さばきで『血啜り』を突き出した。


   き!


 すると三右衛門は、後方へ倒れた。


 俺は、言い放った。

「とにかくお前は、基本が出来ていない。お前は『雉』の神通力に頼っていただけだ……」


 見ると三右衛門は、気を失っていた。呆然としていた徳右衛門に、俺は言い放った。

「おい、徳右衛門。あいつをらえなくてもいいのか?」


 われに返った徳右衛門は、用意していたなわで三右衛門を捕縛ほばくした。そして、歓喜かんきした表情になった。

「強い! 本当に、お強い! あの辻斬りをこんなに簡単に倒すとは!」


 更に徳右衛門は、俺に小判こばん手渡てわたした。俺は思わず、言った。

「ほう、用意がいいじゃねえか」


 すると徳右衛門は、微笑ほほえみながら答えた。私は必ず辻斬りを退治してくれると信じていましたから、誠兵衛殿が、と。


 それから俺は『雉』を左手で持ち、剣先けんさきを地面につけた。そして『血啜り』を振り下ろして『雉』を真っ二つにした。俺は、思った。これで、この辻斬りは終わりだ……。


 そして、徳右衛門をさそった。

「さ、取りあえず今日はこれでいいだろ? おゆうの長屋ながやに帰って、酒を飲もうぜ!」


 三右衛門を南町奉行所へ突き出し、長屋にきた徳右衛門は上機嫌じょうきげんだった。

「いやあ、強い! 本当に、お強い! 妖刀を持った辻斬りを、ああも簡単に倒してしまうとは!

 辻斬りは続けて出没しゅつぼつすることもあるので、明日もお願いしたいんですが、よろしいでしょうか?」

「ああ、俺は構わねえぜ」

「では、よろしくお願いします! では今日は、これで失礼します。昨夜さくやのような醜態しゅうたいさらす訳にはいかないので! では!」


 長屋から出て行く徳右衛門を見送ると、嫌な予感がしていた俺は、つぶやいた。

「妖刀『雉』か……」

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