第十七話

 俺は、乗り気になった。報酬ほうしゅうをもらえば、おゆうに渡せるからだ。やはり、おゆうの長屋ながやにタダで寝泊ねとまりするのは、気がける。それに、おゆうは食事も用意してくれていた。

「三人の辻斬つじぎりか……、面白おもしれえ……。それによく考えたらつみもねえやつらを殺すなんざ、そいつらも外道げどうだな……」


 すると徳右衛門とくえもんの表情が、明るくなった。

「では三人の辻斬りを、退治たいじしていただけますか?」

「ああ、やるぜ。ちなみに報酬も三人分だろうな?」

「もちろんでございます!」

「よし、契約成立けいやくせいりつだ!」


 するとやはり、徳右衛門は喜んだ表情になった。

「では取りあえず、ここの飲み代も支払しはらわせていただきます! すみませーん、店員さん! お酒をあと二合にごう、お願いしまーす!」


 四刻半後しこくはんご(およそ三十分後)。徳右衛門は、しっかりと出来上できあがっていた。与力よりきも大変だ。与力は同心どうしん指揮しきする立場にあるが、世襲せしゅうで与力になっただけで、何の実績じっせきも無い自分なんて同心にめられている。だから、辻斬りたちを退治して実績を上げたい、と。 


 俺は徳右衛門の醜態しゅうたいに、少しあきれた。

「やれやれ、こいつは悪い酒だな……」


 すると徳右衛門は、ふらつきながら立ち上がりさけんだ。

「ですが、もう大丈夫! 誠兵衛せいべえ殿どのが辻斬りたちを退治してくれて、実績を上げれば私も皆に認められる! 誠兵衛殿、ばんざーい!」


 俺は更に、あきれた。

「やれやれ、お前はもう飲まない方がいい。帰るぞ」

「りょーかい、しました!」と、徳右衛門は支払いを済ませ、千鳥足ちどりあしで店を出た。続いて店を出た俺は、しょうがなくかたした。

「お前、少しいをました方が良いぞ……。ちょっと長屋で休んでいけ」

「すみませーん、お世話せわになりまーす!」


   ●


 おゆうの長屋に着き、俺たちが入ると早速さっそく、おゆうが出迎でむかえた。

「まあまあ、何ですか誠兵衛さん、その酔っぱらいは?!」

「まあ、そう言うな。こいつはこれでも与力なんだ。それに仕事を頼まれた。これでじょうちゃんに、金を渡せるぜ」


 するとため息をつきながら、おゆうは答えた。

「もう、お金なんて十分いただきました! 十分すぎて今では貯金ちょきんをしているんですよ!」


 すると空気を読まずに徳右衛門が、んできた。

「すみませーん、おゆう殿! 少し、お世話になりまーす!」


 俺は、これは厄介やっかいなことになったなと思ったが、おゆうに頼んだ。

「すまねえ、じょうちゃん。寝室しんしつ布団ふとんを二人分、用意してくれ。俺とこいつは、そこで寝るから」

「はいはい」と、おゆうは寝室に布団を用意して、自分はいつも通り居間いまに布団をいて寝た。


   ●


 朝。目をました徳右衛門は、うろたえた。

「あれ、ここは一体?……。え? 誠兵衛殿がいる! まさかここは……」


 とっくに起きていた、僕が答えた。

「はい、ここは僕と、おゆうさんが暮らしている長屋です。おぼえていますか、昨夜さくやのことは?」


 うろたえながらも、徳右衛門は答えた。

「えーと、誠兵衛殿に辻斬り退治をしていただくことになって、それからお酒を飲んで……。え? ひょっとして私は、ここで休ませていただいたんですか?」


 すると、おゆうはおぼんせた水を差し出した。

「さ、まずは、お水でも飲んで下さい……。えーと、すみません誠兵衛さん、このお方の、お名前は?」

「そういえば、まだ教えていませんでしたね。この方は与力の徳右衛門さんです」


 徳右衛門はもうわけなさそうな表情をして、深く頭を下げた。

「昨夜は、お世話になったようで、申し訳ありません!」


 しかし、おゆうは笑顔で答えた。

「もう、いいんですよ。それよりおぜんを三人分、用意したんですがし上がりますか?」


 するとちょうど、徳右衛門のお腹が鳴った。

「申し訳ありません、お膳をいただきます……」


 三人で、ご飯と大根の味噌汁みそしると焼きいわしを食べていると、徳右衛門は聞いてきた。

「それにしてもウワサは、本当だったんですね。夜と日中にっちゅうでは誠兵衛殿は、別人になると」

「はい、それが妖刀ようとう血啜ちすすり』の神通力じんつうりきなんですよ。ところで徳右衛門さん、辻斬り退治ですが、どうしますか?」


「はい、まずはこれから南町奉行所みなみまちぶぎょうしょへ行って、仕事を片付けてきます。

 辻斬りが出るのは夜なので日がしずんでから、またここに誠兵衛殿をむかえにきたいと思いますが、それでよろしいでしょうか?」

「はい、それでかまいませんよ。僕も実戦じっせんは久しぶりなので、日が沈むまでしっかり稽古けいこをしたいと思います」


 徳右衛門を見送ると今度は、おゆうが仕事へ出かけた。

「それでは誠兵衛さん、行ってきます。お昼にお腹がすいたら、ご飯と、たくあんの漬物つけものがあるので」

「はい、分かりました。いってらっしゃい」


 それから僕は木刀ぼくとうを持って、長屋の近くにある林へ行った。そこで面打めんうち、胴打どううち、小手打こてうちをそれぞれ千回、行った。

 僕は、あらためて感心した。昔から、これらの稽古を二千回づつ行っている美玖みくさんはすごいな、と。


 少し疲れたので長屋へ戻ると、ちょうど昼九つ(昼の十二時)のかねが鳴った。やはり、お腹がすいたので、ご飯と、たくあんの漬物を食べた。


 そして少し休んでから再び林へ行き、午前と同じ稽古をした。稽古の成果で体力もついた。体力を激しく消耗しょうもうする、光速こうそく軌跡きせきという技も、一日に二回ほど使えるようになっていた。


 夕方になると、おゆうが帰ってきた。

「ただいま、誠兵衛さん。今日も変わりは、ありませんでしたか?」

「おう、変わりはねえぜ! 今日もちゃんと稽古をしたぜ!」

「それは何よりです。で、今夜も出かけられるんですか?」

「ああ、徳右衛門と辻斬り退治にな」


 すると、おゆうは思い出した表情で答えた。

「ああ、はい、そうでしたね。では、いつも通りに晩酌ばんしゃくの用意をしていますね」

「おう、頼むぜ!」


 それからしばらくすると、徳右衛門が長屋へやってきた。

「準備はととのっていますか、誠兵衛殿?」

「ああ、整っている。で、どうするつもりだ?」

「はい。辻斬りが現れるのは、こともあろうに南町奉行所のまわりなんです。ですから奉行所の周りにあやしい人物がいないか、調べるつもりです」

「なるほどな」


 おゆうは「二人とも気を付けて下さいね」と火打ひうち石を打って、厄除やくよけをして二人を見送った。


 俺たちはまず、南町奉行所の東側から調べた。そこに怪しい人物はいなかったので、南側、西側も調べた。だが怪しい人物はいなかった。


 すると徳右衛門は、少し気落ちした表情になった。

「うーん、今夜は辻斬りは、出ないかもしれませんねえ……。もし出たら誠兵衛殿に退治してもらおうと思っているので、複雑な心境しんきょうです……。

 でもまあ、出ないのなら出ないでかまいません。また居酒屋いざかや和魚わぎょ』で飲みましょうか?」

 俺たちは、「まあ、それもアリか……」と最後に南町奉行所の北側に行った。そこは左右さゆうに長屋があって、真ん中に少し広めの道があった。


 日中は長屋の住人たちでにぎわうだろうその道も、夜もけた今の時間帯では、ひっそりとしていた。だが、その道を歩いていると一人のさむらいと出くわした。

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