第十五話  第一部 完結  

 しばらくして目が覚めたおゆうさんは、おぜんを三人分、作った。ご飯と、焼きさけと、大根の味噌汁みそしるを。


 食べながら話していると、市之進いちのしんさんが聞いてきた。

「なるほど、やはり本郷翁ほんごうおうは僕ら元四刀もとしとうに、妖刀ようとうたくしたんだね……。で、最後は美玖みくさんと戦ったと?」

「はい。美玖さんは相変わらず鬼のように強かったですし、最強の妖刀を持っているわで、もう、本当に大変だったんですから! 勝てたのは偶然ぐうぜんと言っても、いいです。もう一度戦っても、勝てる気がしません」


「なるほど。それにしても沖石おきいし道場に美玖さんかあ。懐かしいなあ……」

「ご無沙汰ぶさたしているのなら、一度、顔を出しても良いと思いますけど」

「そうだね、そうしよう」


 すると、おゆうさんが口をはさんだ。

「全く、一緒にいた女性が、昔お世話せわになった方だったら、そう言ってくださいよ!」

「そう言おうと思ったんですけど、おゆうさんが勝手に早とちりをして……」と反論すると僕は、おゆうさんににらまれた。


 僕は、決心した。後でおはらいをしてもらおう。これはきっと、女難じょなんだ。


   ●


 朝ご飯を食べた僕は『きわみ』と『血啜ちすすり』を持ち、本郷翁の工房こうぼうに向かった。お弟子でしさんに聞くと、本郷翁は奥の部屋にいるとのことだった。刀を作る作業場を通り部屋の前に行き、引き戸をたたいた。


 すると中から「入れー」という声がしたので、引き戸を引いて中に入った。僕は、

「今日は、ご報告ほうこくがあってきました」と告げた。


 本郷翁は背を向け書き物をしていて、視線を下に落としたまま聞いた。

「お前がきたってことは、一番強い妖刀は『血啜り』だったっていうことか?」

「いえ、違います」


 本郷翁は顔を上げて、振り返り聞いた。

「どういうことだ?」

「はい、一番強い妖刀は、この『極み』です。僕は美玖さんに負けました」

「じゃあ、どうして美玖のじょうちゃんはこない? 美玖の嬢ちゃんはどうした?」

「えーと、今は部屋で傷をいやしています……」


 本郷は、ため息をついて聞いた。何で勝った美玖の嬢ちゃんが傷を負って、お前がくるんだ? ちゃんと説明しろと。僕は、ごまかしてみた。

「えーと、あれでしょうか? 勝負に勝って、試合に負けるといいますか……」

「はあ、正直に言え。勝ったのは一体どっちなんだ?」


 ごまかしが出来ないと観念かんねんした僕は、無言で右手を持ち上げた。

「やれやれ、どうしてうそなんかついたんだ?」

「すみません、どうしても『血啜り』を手放したくなくて。それで美玖さんにお願いして『極み』をゆずってもらったんです……」

「ということは、美玖の嬢ちゃんも『極み』を守護刀しゅごとうにすることに、賛成なのか?」

「はい、一応……」


 本郷翁は一応、納得したようだ。そして、実は俺も一番強い妖刀、守護刀にするべき妖刀は『極み』だと思っていた。ただ面白い考えが浮かんだから他に三本作り、まあ、この三本がどこまで『極み』と戦えるのか知りたかった。だがまさか、『極み』が負けるとは。しかし、まあ、お前も美玖の嬢ちゃんも守護刀にするべき妖刀は『極み』だと思っているなら、そうするかと言ってくれた。


 僕は、素直に喜んだ。

「本当ですか、本郷さん! ありがとうございます! それと、お願いがあるんですが……」

「『血啜り』を譲ってくれっていうんだろ? いいよ、やるよ。ただ、大事に使ってくれよな。それが条件だ」

「はい、もちろんです! ありがとうございます!」


 こうして『血啜り』は正式に、僕のものになった。


   ●


 そして『極み』は明治政府に没収ぼっしゅうされるまで、守護刀として日光東照宮にっこうとうしょうぐう東照大権現とうしょうだいけんげんを守り続けた。


   ●


 その頃、市之進さんは美玖さんの部屋にいた。取りあえず正座せいざをして、「ご無沙汰しております」と頭を下げた。


 すると美玖さんは、うれしそうに答えた。

「おお、市之進、久しぶりだな。何やら最近、なつかしい奴らとばかり会うなあ……。これも妖刀のみちびきかなあ……」

「そうかも知れませんね……。実は僕は今朝、誠兵衛せいべえ君から聞いたんです。美玖さんが、大怪我をしたと」

「うむ、全治ぜんち一カ月だそうだ……。私もまだまだ稽古けいこが足りんな……」


 市之進は、改まった表情で提案した。

「もしよろしかったら、美玖さんが師範しはんに復帰するまで、僕が代理の師範をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「お、私の代わりにやってくれるのか?! それはありがたい! 正直、正純せいじゅんでは私の代わりは難しいと思っていたのだ。お前なら安心して任せられる!」

「これも、恩返おんがえしの一つです」


   ●


 数日後、新しい代官だいかんが任命され、早速さっそく流行はややまいの薬の値段を元に戻した。そのため、金を借りる人が減り、やがて桝田屋ますだやはつぶれた。


   ●


 逢魔おうまが時。

「誠兵衛さん、今日もまた、出かけるんですか?」

「ああ、今日も『血啜り』がわめくんだ。『外道げどうの血を啜りてえ!』ってな」

「分かりました、気を付けてくださいね」と、おゆうは火打石ひうちいしを打って、厄除やくよけをした。俺は、「嬢ちゃん、お前はこの俺がずっと守る……」と呟くと、玄関の引き戸を開けた。


   ●


 それから江戸には、あるうわさが流れた。外道なことをすれば、『やみさむらい』に血を啜られる、と。


第一部 完結

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