第十四話

 僕が沖石おきいし道場へ着いた時は、もう日は昇っていた。だから『血啜ちすすり』の神通力じんつうりきは無くなり、表情も凶暴きょうぼうでは無いはずだ。道場の扉の前では、男が座ったまま寝ていた。僕たちと一緒に住み込みの門下生もんかせいだった、浅沼正純あさぬませいじゅんさんだった。


 僕は、声をかけてみた。

「正純さん、お久しぶりです。できれば起きてもらいたいんですが……」


 すると正純さんは、すぐに目を覚ました。

「え? 誰? はっ、誠兵衛せいべえ君?! そして背中にいるのは、美玖みくさん!」

「おはようございます。早速さっそくですが、お医者さんを呼んでもらいたいんですが。美玖さんが、骨折しているので」

「こ、骨折?! 分かりました、すぐに医者を呼びに行かせます!」と正純は血相けっそうを変えて、道場の中へ入った。


 少しすると、住み込みの門下生であろう少年が、小走こばしりで道場から出て行った。その後に正純さんが出てきて、聞いてきた。

「あの、大丈夫でしょうか。美玖さんは?」

「大丈夫ですよ。これ位で、どうこうなる人じゃないのは、知っているでしょう?」

「まあ、それもそうですが……。でもやはり心配ですよ! 美玖さんのことは!」


 正純さんが特別な感情で、美玖さんを心配していることはすぐに分かったが、そのことにはれなかった。おそらく、その感情は成就じょうじゅしないだろうから。そしてそれは、おそらく正純さんも気付いているはずだ。


 僕は、聞いてみた。

「美玖さんの部屋の場所は、昔と変わっていませんか? できればそこまで運びたいんですが。せめてもの罪滅つみほろぼしに」

「はい、変わっていません。それでは、お願いします」


 美玖さんの部屋へ行く途中、正純さんが聞いてきた。

「あの、これって、あれなんでしょうか? 例の一番強い妖刀ようとうを決めるという……」

「はい、その通りです。美玖さんには申し訳ないんですが、ここまでやらなければ僕も勝てなかったでしょう……」

「そうですか……」と、話しをしていると、美玖さんの部屋の前に着いた。


 僕は、真顔まがおで頼んだ。

「それじゃあ、正純さん、布団ふとんいてくれませんか?」

「え? 私が布団を? 美玖さんの? 美玖さんの部屋へ入って? 駄目だめです、駄目です! 嫁入り前の女性の部屋に、勝手に入るなんて駄目です!」


「それじゃあ、どうするんですか? まさか正純さんの部屋に寝かせる訳には、行かないと思うんですけど。そっちの方が、問題だと思うんですけど?」

「わ、私の部屋に?! 駄目です、駄目です! そっちの方が駄目です! はあ、分かりました。私が美玖さんの部屋へ入って布団を敷きましょう……。

 お邪魔じゃましまーす……。あ、いいにおい……」


 正純さんが布団を敷き終わるのを見てから、僕は部屋へ入り美玖さんを寝かせた。僕が、かけ布団をかけると、美玖さんは目を覚ました。

「む、部屋まで運んでくれたか……。すまないな、誠兵衛」

「いえいえ、僕の方こそ美玖さんに、こんな大怪我おおけがをさせてしまって、すみません」

「構わん、真剣勝負の結果の怪我だ、構わん……。それよりも父に線香せんこうをあげて行ってくれないか?」


「もちろんです。いつ亡くなられたんですか?」

「去年だ、父も病には勝てなかった。持病が悪化したんだ……」

「そうでしたか……」


 仏間ぶつま仏壇ぶつだんに線香をあげて僕は手を合わせて、目を閉じた。その節は、お世話せわになりました、と。


 美玖さんの部屋に戻った僕は、美玖さんに頼んだ。

「美玖さん、一つ、お願いがあるんですが……」

「うん? 何だ?」

「はい、僕に『きわみ』をゆずってくれませんか?」

「どうしてだ?」

「はい、本郷翁ほんごうおうに渡すためです」

何故なぜだ?」


 僕は、考えていることを説明した。僕は『血啜ちすすり』を手放したくない。そのため本郷翁ほんごうおうには、一番強かった妖刀ようとうは『極み』だったと言い、『極み』を東照大権現とうしょうだいけんげん守護刀しゅごとうにしてもらい、『血啜り』は僕がもらおうと思っていると。


 すると美玖さんは僕の考えを、認めてくれた。

「なるほどな……。よかろう、持っていけ。そして『血啜り』は手放すなよ」


 僕は、「はい、ありがとうございます。それでは……」と美玖さんの枕元まくらもとにあった『極み』を持ち、立ち上がった。

「え? もう帰るのか? 朝ご飯くらい食べて行ったらどうだ?」

「いえ、おゆうさんが待っていると思うので……」

「そうだな……。おゆうさんを、しっかり守るんだぞ!」

「はい!」


 美玖さんは、名残惜なごりおしそうに告げた。

「それじゃあ、本郷翁によろしくな。あ、あと、たまには道場に顔を出せ。また稽古けいこをつけてやる」

「え? いやあ、稽古はしばらくは大丈夫です」

「そうか……。それじゃあ、達者たっしゃでな」

「はい。では、これで失礼します」と僕は、部屋から出て行った。


 その時、美玖さんの呟きが聞こえたような気がした。

「さよなら、私の恋心こいごころ……」と。


   ●


 おゆうさんの長屋ながやへ着いた僕は、おどろいた。おゆうさんが目の下にくまを作り、鬼の形相ぎょうそう仁王立におうだちしていたからだ。


 おゆうさんは早速さっそく嫌味いやみを言った。

「これはこれは誠兵衛さん、ずいぶんお早い、おかえりですこと……」

「いや、早いっていうか、遅いと思うんですけど……。もう、日も昇っていますし……」


 すると、おゆうさんは、キレた。

「そんなことは分かっています! 嫌味を言ったんですよ、嫌味を!

 あ、あ、あ、あ、朝帰りですよ、朝帰り! 子供なのに、一体、今まで、どこで何をしていたんですか?!」

「えーと、僕は子供ではありませんよ。とっくの昔に元服げんぷくしましたから」


 おゆうさんは、むきになった。

「いえ、その童顔どうがんは、立派な子供です!」


 なので僕は、必死に説明した。昨夜さくや代官だいかんの屋敷で、最撃さいげき妖刀ようとうじゅう』と最強さいきょうの妖刀『きわみ』と戦っていたと。だが、おゆうさんは疑っているようだった。

「本当ですかあ?~ 女性と一緒にいたんじゃ、ないんですかあ?~」


 僕は、あっさりと答えた。

「まあ、いたと言えば、いましたね。戦っていたので。それで大怪我をさせてしまったので、部屋まで送ってきました」


 おゆうさんは、白目しろめをむいて後ろに倒れた。

「じょ、女性の部屋にいて朝帰あさがえり……」

「うーん、何か、誤解ごかいしているようですねえ……」

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