第十二話

『ここであきらめるつもりか、ニンゲン?』

『お前は……、『血啜ちすすり』? いや違う。いつも『外道げどうの血を啜りてえ!』ってわめいている、『血啜り』じゃねえ。もっと『血啜り』の奥の方からの意識だ……』


『そうだ、私はこの妖刀ようとう『血啜り』の一部になった、アナグマの意識だ』

『ああ、あのアナグマか……。知ってるぜ、本郷ほんごうじいさんから聞いた。お前すげえよな、自分の何倍もの大きさのクマと戦って引き分けたんだって? 本当にすげえよ、お前は……』


『確かに私はクマと戦って引き分けた。だがそれはただの結果だ。最善さいぜんくしたうえでの、ただの結果だ』

『ただの結果?……』


『そうだ、私には巣で待っている家族がいた。そのため、何としてもやられる訳にはいかない、何としても巣に戻らなければならないと、強く思った。

 だからこそ、生き延びるための最善の手段として攻撃を選んだ。逃げても追いかけられて、やられるだけだと思ったからな』

『そうだったのか……』


『それにおぬしがこのままやられてしまえば、私は折られるのだろう? あのクマの意識が宿った妖刀に。それも面白くない……』

『そうか、『きわみ』には、お前が戦ったクマの意識が宿っているのか……。そうだよな、それじゃあ負ける訳には、いかねえよな……』


『その通りだ、ニンゲン』

『ちっくしょー、でもどうすりゃいいんだ? 俺の最高の技、光速こうそく軌跡きせきも防がれたんだぞ……』


『ああ、しかったな。だからまずはあの技を、相手にたたき込むことだけを考えたらどうだ……』

『光速の軌跡を、叩き込むことだけを考える?』


『そうだ、まずは攻撃を叩き込むことだけを考えろ。勝とうと思うな。一矢報いっしむくいることだけを考えろ。そうすれば結果はあとからついてくる……』

『結果はあとからついてくる、か……。よし、だったらやるしかねえよな、光速の軌跡を叩き込むしかねえよな!』


   ●


 俺は、まず目を開けた。吸い込まれそうな夜空が飛び込んできた。そして右手に意識を集中した。うん、まだ『血啜り』をにぎっている。左手、右脚、左脚も少し動かしてみた。うん、動く、まだ動く! 俺は再び、ゆっくりと立ち上がった。


 すると美玖みくさんは、静かに告げた。

「ふん、やっと立ち上がったか。もう少しで『血啜り』をへし折り、お前にとどめを刺すところだったぞ」

「ああ、そうかい。悪いね、邪魔しちゃって」

「ふん、らず口を。だいたいお前が、この私に勝てると思っているのか?!」


 俺は、怒りをむき出しにした。

「思ってねーよ! 勝てる訳ねえだろ、あんたに! あんたはただでさえ元四刀もとしとう一番刀いちばんがたなで、今もつええ! しかも最強の妖刀を持ってるだ? ふざけんな! 反則はんそくだろ、そんなの! 

 そんなあんたに勝てるわけねえだろ! でも考えたんだよ、一矢報いることは、できるかもしれねえってな」

「ほう」


「だからいい! 勝てなくてもいい! 負けてもいい! だが一矢だけは報いる。あんたにほえずらをかかせてやる!」

「ほう、面白いことを言う……」

「今、思い出したんだよ。敵に背を向けるな! 最善を尽くせ! 勝てなくても一矢報いろ! が沖石おきいし道場が教えた武士道ぶしどうだったもんな!」


 美玖さんは無表情のまま、殺気だけをより強く出した。

「今、思い出しただと? やはりお前にも、みっちりと稽古けいこをつけなければ、ならないようだな……」

「だーかーらー、今、ちゃんと思い出したじゃん!」

「なるほど、ならばやってみろ!」


 俺は全身の力を振り絞り、叫んだ。

「当たり前だ! 俺は宣言する! あんたに必ず、光速の軌跡を叩き込む!」

「光速の軌跡? ああ、さっきの居合術いあいじゅつか。一度防がれた技を、もう一度いちど繰り出そうというのか? 片腹かたはら痛い……」

「うるせー、結果なんざ、どーでもいい! 俺はとにかく、あんたに光速の軌跡を叩き込む!!!!」


 美玖さんの強さの秘密は、その絶対的な稽古量けいこりょうとそれに裏打うらうちされた自信だ。勝てるのか、それに? いや、今は余計なことは考えるな。今は光速の軌跡を美玖さんに叩き込むことだけを考えろ! そして俺の全身に、最後の力がみなぎった。


   き!


 俺はまず、突きで突進した。


 すると美玖さんは、言い放った。

「だから私にそんな基本的な技が……」

「効くわけねえよな。だからこれは距離を縮めるために、放っただけだ!」

「何?!」


 美玖さんを自分の間合いに入れた俺は、『血啜り』を上段から振り下ろした。


   ざん


 美玖さんは『きわみ』を上段に上げ、斬を防いだ。

「だからこんな攻撃が……」

「ああ、もちろん効くわけがねえ。だが中段にすきができた!」

「何?!」


 俺は上段ではじかれた『血啜り』を、流れるような無駄むだのない動きでさやに納め、体全体を左にひねった。


「ちっ、隙ができたか!」

「今だ! らえ!」


   こうそくのおおおお、きぃせぇきぃいいいいーーーー!


 美玖さんは急いで中段にりかかってきた光速の軌跡を、『極み』で防いだ。だが、さっきのように打撃だげきすることは出来なかったので、威力いりょく相殺そうさいすることは出来なかった。つまり光速の軌跡の衝撃を、もろに喰らった。


「くっ!?」


 美玖さんは屋敷やしき雨戸あまどを破り、部屋の障子しょうじを破り、部屋の壁に叩きつけられた。

「くっ、これが光速の軌跡か……」


 俺は肩で息をしながらも、雄叫おたけびをあげた。

「や、やった……。美玖さんに光速の軌跡を叩き込んだぞ! どうだ! 俺はやったぞーー! うおおおおーー!」

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