第47話

入った先の部屋はキッチンだったが、中は閑散としていて物が少なかった。



小さなテーブルに2脚の椅子、コンロの横には空になった弁当箱がおかれていた。



前原は1人暮らしなのかもしれない。



そう思いながら奥へと足を進めていく。



悪いことをしているという罪悪感のせいか、自然と足音を殺し、呼吸音にも気を使ってしまう。



でも、どうせ前原さんと直接話をしなければならいのだから、こそこそする意味はないのだ。



「前原さん、いるんですか?」



声をかけながらキッチン横のドアを開けて中を確認した。



その部屋は6畳ほどのリビングルームになっていて、ガラステーブルとテレビが置かれていた。



テーブルの前にはブルーの座椅子が置かれていて、床には雑誌が散乱している。



前原さんは普段ここにいるのだろう。



しかし、今はその姿は見えなかった。



リビングの左手にもドアが有り、次の部屋へと続いているようだ。



「前原さん?」



また声をかけながらドアに手をかけた……その、瞬間だった。



突然目の前でドアが開き、奇声をあげながら前原が飛び出してきたのだ。



咄嗟のことで避けることができず、そのまま押し倒される形になってしまった。



一瞬咲子さんに見せられた映像を思い出し、蒼白する。



しかし、前原にそんな気はなく手には野球バッドが握りしめられていた。



きっとあたしたちがここまで折って来ることを予期して隠れていたのだろう。



振り上げられたバッドを見て思わず目を閉じる。



しかし、それがあたしに振り下ろされることはなかった。



「オッサン、バッドの正しい使い方も知らないのかよ」



充弘が前原のバッドを奪い取り、そう言ったのだ。



片腕は義手のため、バッドの持つ手にさほど力が込められていなかったのだろう。



あたしはすぐに立ち上がり、前原と向き合った。



武器を取られた前原は青ざめ「お、俺は何度も謝りに行ったんだ!」と、意味不明な言い訳を始めた。



「咲子さんのことか?」



「そうだ! 俺だって、悪かったと思ってた! だから、咲子ちゃんの家に何度も通った!」



充弘の言葉に前原は叫んで答える。



「それでも咲子さんの気持ちは晴れてない。あなたがちゃんと罪を償わないからだよ」



あたしは前原を睨み付けてそう言った。



何度謝罪をしてたって、自分の死が事故として片付けられているのだ。



被害者の咲子さんからすれば到底許せる出来事ではないだろう。



「な、なんでお前たちにそんなことがわかる!?」



そう言われて、また頭に血が上って行くのを感じた。



こいつは本当に何も知らずに今までのうのうと生きてきたのだろう。



あのエレベーターについての噂も、怪奇現象も、そして今回の被害も、なにもなも知らずに……!



その瞬間、一穂の気持ちが痛いほどに理解できた。



自分たちはこれほど苦しんでいるのだから、原因を作りあげた人間だって苦しむべきだ。



あたしは心からそう思ってしまった。



「教えてあげる。あんたのせいで、あのエレベーターでなにが起こっているのかを……」



あたしは低い声でそう言ったのだった。


☆☆☆


すべての説明を終えた時には外は暗くなっていた。



それでもあたしは途中で話をやめるようなことはしなかった。



ここですべてを説明してしまわなければ終われない。



なぜだか、そんな気分になっていたのだ。



「そんな……。咲子ちゃんがまだあそこにいるなんて……」



「あなたの大好きだった咲子さんは今でも苦しんでる。あなたのせいで!!」



あたしはそう言うと肩で呼吸を繰り返した。



自然と目には涙が浮かんできていて、咲子さんの気持ちを代弁するような形になっていた。



長い間咲子さんの気持ちと向き合ってきたせいかもしれない。



「ちゃんと、罪を償ってください」



充弘が前原さんの前に立って言った。



それは絶対に逃がさないという信念を感じられた。



前原さんが怯えた表情で充弘を見上げる。



「ここで逃げても、きっと学校では同じ怪奇現象が繰り替えされる。その度に学校生徒が過去の事件を知り、あなたの元に来るでしょうね」



あたしは憎しみのこもった声で言った。



「あなたはいつ耐えられなくなるでしょうね?」



「……わかった。君たちの言う通りにするよ」



ついに観念したようにため息交じりにそう言った。



「これから警察へ言って、すべてを説明する」



「その前に、事件現場へ行きましょう。咲子さんは今でもあそこにいる。たった、1人で……」



あたしの言葉に前原さんはガックリとうなだれたのだった。

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