第36話
咲子さんは殺された可能性がある。
そう感づいたあたしたち3人は翌日学校を休み、バスに揺られていた。
「一穂、大丈夫?」
毎日時間を見つけては幸生のお見舞いへ行っている一穂は、どこか疲れた顔になってきていた。
目の下にも真っ黒なクマができているから、ロクに眠っていないのだろう。
「あたしなら平気だよ」
そう答える声にも元気がない。
幸生はまだ退院のメドが立っておらず、日に日に衰えていっているようだ。
怪我のせいだけじゃなく、咲子さんに攻撃されたことで精神的にも追い詰められているのかもしれない。
20分間バスに揺られて下車すると、もう迷う事はなかった。
あたしたち3人は真っ直ぐ咲子さんの実家へと歩く。
そこでもう1度、今度はSOSボタンを押したかどうかの確認をするつもりだった。
早足で咲子さんの自宅へ向かった時、ちょうど玄関から出て来るスーツ姿の男性を見かけた。
男性は玄関まで出てきて咲子さんのお母さんと二言ほど会話をし、お辞儀をして歩いて行く。
その男性には右手がないことに気が付き、あたしたちは視線を見合わせた。
「あら、あなたたちは……」
家に入ろうとしていた咲子さんの母親が、あたしたちに気が付いてその場で動きを止めた。
「こんにちは」
あたしは軽く会釈をして咲子さんの母親に近づいた。
「今日もなにかご用?」
「はい。また少しお話を聞きたくて……」
そう言いながらも、あたしの視線はさきいの男性を追いかけていた。
あの人は片腕がなかった。
咲子さんと同じ障害者だということが気にかかった。
「いいわよ。どんなことが聞きたいの?」
「あの、何度も思い出させてしまって申し訳ないのですが、咲子さんが亡くなった時のことです。あのエレベーター内には緊急ボタンが設置されていると思うんですが、咲子さんが倒れた時、それを使ったんでしょうか?」
あたしは早口でそう質問をした。
咲子さんのお母さんに辛い出来事を思い出させていると思うと、途中で言葉が途切れてしまいそうだったからだ。
「あのSOSボタンのことね? いいえ、咲子はボタンを押していなかったみたいなの」
咲子さんのお母さんはそう言って頬に手を当てた。
やっぱり、そうなんだ……!
「咲子さんはどうしてボタンを押さなかったんでしょう?」
そう聞いたのは充弘だった。
「きっと、そんな暇もなかったんだと思う。発作が起きて急に意識を失ったのかもしれないし。でも、どうしてそんなことを聞くの?」
そう質問されてあたしと光弘は顔を見合わせた。
咲子さんの死は事故ではなくて、事件の可能性がある。
それを伝えてもいいものかどうか判断が付かなかった。
「美知佳。もう全部聞いてもらおうよ」
そう言ったのは一穂だった。
一穂は青ざめた表情で、俯き加減に立っている。
「一穂……」
「このままじゃ幸生はいつ退院できるかわからないんだよ? もし、容態が悪化したら……」
そこまで言って、言葉を切った。
一穂からしても、タイムリミットを感じているのかもしれない。
「そうだね……。少し長くなりますけど、あたしたちが今経験していることを聞いてくれますか?」
あたしは静かな声でそう言ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます