第339話 ガルバルド連邦
ガルバルド連邦。
人族が支配する土地でありながら、亜人族の積極的な受け入れを国是としている、多種族国家である。
その歴史は五大国の中では比較的浅く、大陸において四神教の影響力が増し、行き場を失いつつあった亜人族と、彼らに同情的な人族が協力して山岳地帯の渓谷を切り開き、いつしか集落から街へ、街から国と呼べるほどの規模へと拡大していったのが始まりである。
その成り立ちから、四神教を国教とする神聖帝国やアドナイ王国からは常に敵視されてきたが、周囲を山々に囲まれ、国境に通じる道も険路ばかりだったため、本格的な戦争に発展したことは一度もない。
一方で、他国とは隔絶した地にありながら、亜人族の技術を応用した武器や魔道具は一部の騎士や冒険者から強く支持され、五大国の一角を占めるにふさわしい国力を秘めていると言われている。
もっとも、それは、全ての種族が一丸となれば、の話だが。
「追放だと!!王であるこの私を!?」
「あなただけではありませんよ。この追放令は即刻、全ての人族に適用されます」
王はあれど王宮なし。
代々、ガルバルド王家は人族が継承しているが、その権限は他国とは大きく異なる。
全ての種族は平等である、という理念の元、王は絶対的な権力を持たず、各種族の代表が集まる議会が政策を決定、執行している。
中でも、エルフ、ドワーフ、獣人の三種族が元老として王を補佐し、この四人が最高意思決定機関としてガルバルド連邦を主導していた。
今日までは。
「そんなことをしてただで済むと思っているのか!?このガルバルド連邦で最も多い種族が人族であること、まさか忘れたわけではあるまいな!!」
「忘れてなどいませんよ。ですから、軍部内の人族を全て解任し、反抗できないように武装解除させていただきましたとも」
ここは王の執務の間。
わなわなと怒りに震える王に応じるのは、同年代とは思えぬ若々しさを保っているエルフの女。
人族に次ぐ人口を誇るエルフ族とは事あるごとに対立してきたため、王はこの元老の策略を疑っていた。
「ぎ、議決は、議決はどうしたのだ!?ガルバルド連邦の全ての方針は、王と元老の四人の合議で決めてきたはずだ。これほどの重大事をエルフ族の独断で執行するなど許されぬぞ!」
「独断?ガルバルド連邦の元老である私が、勝手に軍を動かしたと仰るのですか?」
「そうだ!王たる私と三人の元老は、種族から来る違いから常に対立してきた。人族の味方にドワーフ族がつけば、エルフ族には獣人族が加勢する。そうやって、常に二対二の均衡を生み、最後は全体のバランスを考慮して中道を採る。それが、我らの暗黙の了解だったはずだ、違うか!」
「その通りです。ですが、それは国の平和が保たれていればこそですよ」
その、エルフの元老の言葉に呼応するように執務の間の扉が開き、二人の人物が入ってくる。
一人は、背の低い豊かなひげを蓄えたドワーフ。もう一人は、茶色の毛並みに猪の顔面を持つ巨漢。
二人ともに、エルフの元老と同じ衣装を纏っていることから、同じ身分にあることは明らかだった。
「悪いが、わしら元老三人で議決させてもらった。三人の意思が一致すれば、王の出席がなくともよいのでな」
「……馬鹿な、三種族が手を結んだというのか!?」
「そうするに足る証拠を突き付けられれば、仕来りなんざ意味をなさねえ。王よ、神託のことを俺達に黙っていたのはまずかったな」
「し、神託だと……!?」
獣人の元老の言葉に、とっさに右手の親指を左手で隠した王。
その仕草に、ドワーフと獣人からため息が漏れる。
長年、政治の場で丁々発止とやりあってきた彼らが、王が動揺した時の癖を見逃すことなどあり得なかった。
「最近、神聖帝国やベルファナ魔法国において、軍の動きが活発化しているという報告が上がっていましたね」
「それは、通常の軍事行動の範囲内だったと、再調査で明らかになったではないか!」
「それにしては、報告の詳細が妙に曖昧だったので、エルフ族独自の諜報網で調べさせていただきました。その結果、ドラゴンの襲来に備えての軍備増強だと判明しました」
「なんでも、軍備を増強した国々は、いずれも王がドラゴン襲来の神託を受けていたそうではないか。しかも、それらは全て大国と称されるところばかり。なぜ、我らがガルバルド連邦には神託がないのだろうな」
「答えは一つだろうぜ。なあ、事あるごとに軍費を削減しようと躍起になってる王様よ」
気密性の高い執務の間に、扉の向こう側の物音が響く。
通常ならば、王の執務の間の前で騒ぎ立てるなど、たとえ王その人あっても許されるものではない。
考えられるとすれば一つ、扉の前を三種族の手の者によって占拠され、そこへ王の護衛騎士が詰めかけるも阻止されているからに他ならなかった。
その事実は、直接目にせずとも王にも理解できた。
もはや、黙秘が通用する状況ではなかった。
「……し、仕方がなかったのだ。神託の内容を公表すれば人族だけが迫害され、下手をすれば虐殺行為が横行する恐れがあった。我らは共にガルバルド連邦を守ってきたではないか!なぜ今になって我ら人族だけが災厄の標的にされねばならぬ!?我らを哀れに思うのならば、王の名の元にドラゴンに立ち向かうべきではないのか!」
王のそれは、自白であり告白であり、懇願でもあった。
すでに人族の追放が始まっているのだとしたら、もはや劣勢を覆せないことは分かっていた。
ならば、せめて王である自分と家族だけでもこの国に残る術はないものだろうか。
彼は、すでに王であることを辞め、自己の保身以外を考えなくなっていた。
だが、王の告解はやはり遅すぎた。
「王よ、あなたは大きな思い違いをなされています」
「お、思い違いだと?」
「あなたが、今となっては人族が許しを請うべきは、私達ではありません。今まさに、人族にその牙と爪を向けようとしている、ドラゴンです」
「馬鹿な!ドラゴンに話が通じるものか!」
「それは我らに対しても、だな。他国と比べて大きく出遅れた我らは、すでにドラゴン襲来に備える機を逸しておる。できることと言えば、人族という病巣をガルバルド連邦から切り離すことだけだ」
「同胞を、王を見捨てるというのか!?」
「見捨てたりはしねえぜ。ただ、ドラゴンっていう脅威がいなくなった後なら、いつでも帰ってきていいってだけの話だ」
「ただの詭弁ではないか!!私はガルバルド連邦の王だ!出ていくのは貴様ら亜人族の方だ!!」
「エルフの。もうよかろう」
「……衛兵!」
「何をする、は、放せ!私は王だぞ!?」
エルフの元老の一言で、外で待機していたエルフの衛兵が数人、執務の間に入ってくる。
彼らはエルフの元老に一礼した後、予め命じられたとおりに王の両脇を抱え、周囲を取り囲んで外へと連れだしていった。
「これで、本当によかったのだろうか?」
「仕方があるまい。あんな馬鹿王でも、我ら三人が政務を取り仕切れば大過なく国を守れるだろうと、即位前にさんざん話し合った結果のことだ。あれに付き合わされる人族の民こそ哀れだが、時代が悪かったのだ」
「せめて、女子供だけでも領内に残せないものか……」
「無茶言うんじゃねえ。武器も魔道具も交易に回し過ぎてるせいで、対ドラゴンの軍備が間に合ってねえのは紛れもない事実だぜ?ドラゴンが伝説の通りの力なら、ガキンチョ一人残ってたってバレるかもしれねえ。そうなってからじゃ取り返しがつかねえぞ」
「……そうだな。我らが生き残るにはこれしかない。この罪は、我らが永遠に背負っていくことにしよう」
こうして、ガルバルド連邦は全ての人族の追放を断行した。
用意周到に武器を取り上げられた彼らに抵抗の手段は無いに等しく、多くが怨嗟の声を上げながら追放処分に従い、残る一部はそれでも抗った。
ガルバルド連邦軍は多くの人族を国境まで見送り、残る強硬派は容赦なく制圧し、後顧の憂いを断つために身分の区別なく全員を処刑した。
だが、彼らは理解していなかった。
ゴブリンを根絶やしにするときに冒険者が必ず巣を破壊するように、知恵あるドラゴンが同じ手段を取らないはずがないことを。
ガルバルド連邦から一人の人族もいなくなって、一月後。
ガルバルド連邦の王都を大規模な嵐が襲った。
天水桶をひっくり返したような雨は百日降り続け、
レンガを木の葉のように飛ばす風は家屋を薙ぎ払い、
眼を焼くほどの雷は昼夜の区別なく降り注いだ。
長い長い荒天は食料を腐らせ、泥水があらゆる場所に侵入し、人々の気力を奪った。
嵐がやって来た三日目に、元老を始めとした議員が集まっていた議事堂に特大の落雷が発生し、全員が消し炭と化してしまったことで、有効な対策が何一つ打てなかったことも大きい。
前代未聞の嵐が過ぎ去った後、わずかな生き残りによる証言では、王都の機能が停止した三日目に雲の向こうから恐ろし気な鳴き声がしたとされている。
それがドラゴンのものであったかどうかは、定かではない。
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