第307話 SS 王太子派


 高き眼は、違和感を覚えてブレスを止めた。

 いつもなら大地に大穴を開ける破壊の力が、地表まで届かなかったからだ。

 何が起きているのか、確かめるために観察してみると、滅ぼしたはずの人族がまだ生きていた。

 偶然か、ともう一度ブレスを放ってみるが、やはり人族は生き残っている。しかも、今度は妙な力でブレスを防いでいた。


 あり得ない光景にさすがに不審を感じたが、高き眼はこだわらない。

 標的としていた人族は殺せたようだし、もう一つの目的を果たすことを選んだからだ。


 高き眼は賢い。

 まさか人族ごときが自分のブレスを何度も防げるとは思ってはいないが、それでも同じ轍は踏まない。

 一点に集中したからいけないのだ、人族を殺すだけなら、もっと効率的なやり方がある。

 そう考えて、高き眼は体内の魔力の練り方を変えた。

 狙うは、人族というよりも地表。

 一息で広範囲に、石が積み上がった一帯に炎の絨毯を敷き詰めることにした。






「貴殿では話にならん!ギュスターク公に会わせろ!」


 王都アドナイ近郊、ギュスターク公爵軍本陣。

 そこで留守を預かる重臣の一人が、面倒な客を相手に内心辟易としていた。


「ですから、主は現在、各軍の状況を確認するために奔走しておりまして、ここにはいないのです」


「ならば行き先を教えてもらおうか。そこに直接出向いて公に意見させてもらう」


「それは致しかねます。軍機に関わりますので」


「軍機だと!?我が神聖帝国とギュスターク公爵家との長年の信頼を疑うようなその言葉、許されると思っているのか!!」


 客の正体は、現在王太子派と同盟を結んでいる神聖帝国の騎士。

 ただし、同盟の要である王太子エドルザルドの生死は絶望的、さらに騎士の方も四神教総本山の騎士たる威厳はどこへやら。

 煤と汚れに塗れた騎士鎧は体裁を取り繕う余裕がないなによりの証であると同時に、重臣の方も押し問答している場合ではないというのが本音だった。


 当然、そうなればそれなりの対応になるのは道理である。


「そなた、先ほどから無礼が過ぎるのではないか?」


「なんだと?」


「確かに、我がアドナイ王国にとって神聖帝国は、国教たる四神教の総本山。いわば宗主国に等しい。その使者たる貴殿を相応にもてなすこともやぶさかではない」


「ならば――」


「だが、公爵は留守という私の言を鼻から疑ってかかり、一度持ち帰ることもせずに本陣の留守を預かる私の仕事を滞らせているとなると、主を通じて神聖帝国本国にしかるべき抗議をせざるをえない」


「なんだと!?それは困る、困るぞ!!」


 これまでの強気から一転、自分の職権を超えた事態を想像して動揺を見せた騎士に、下級の出特有の余裕のなさを見抜いた重臣の、勝利の宣言に等しい言葉が紡がれた。


「では、お帰りただこう。次は、こちらの予定をあらかじめ問い合わせてもらえると幸いだ」






 肩を落とした騎士の背中を見送った後。

 重臣は従者に目顔で命じて使いに出させた。

 やがて、戻ってきた従者が一人の人物を案内してきた。


「お館様、お待たせいたしました」


「苦労を掛けるな」


 見る人が見れば、その顔に驚きを禁じ得ないだろう――各軍の視察に出ているはずのギュスターク公爵その人が現れ、席を譲った重臣に代わって主の座について深くため息をついた。


「まったく、身分違いを理由に追い返せるのはいいが、こうもしつこいと敵わぬな」


「神聖帝国の上級騎士は、高位の治癒術の使い手でもあります。おそらくは、怪我人の手当てで手一杯なのでしょう」


「だからといって、下級騎士を寄越して最低限の体裁すら取り繕わないとは。あのような者と会えば、派閥内の貴族への示しがつかぬ」


「ともすれば、アドナイ王国そのものへの侮辱と受け取ることもできます。正式な謝罪があるまで、使者への対応は私にお任せください」


「うむ。しかし……」


 重臣の頼もしい言葉に頷いたギュスターク公爵だったが、すぐに、あるいは先ほど以上の憂いの表情に戻ってしまった。


「それで、王太子殿下捜索の方はどうなっておる?」


「そのことですが……」


「なんだ、この際だ、遠慮はいらぬからはっきり申せ」


「恐れながら、これ以上の手間は無駄かと」


「それほどに絶望的か?」


「これが、がれきの下に隠れておられるというのなら、まだ騎士達も捜し甲斐もあるでしょうが、ドラゴンブレスの爆風によって白陽宮の一帯が更地と形容しても良い状況ですと……」


「わかった、もうよい。無駄足を踏ませて済まぬと、騎士達にはお前の口から伝えてくれ」


「かしこまりました。さっそくそのように」


 そう畏まって、命令を実行するためにギュスターク公爵の前から下がる重臣。

 続いて、入れ替わるように入ってきたのは、文官風の若者だった。


「お館様、王太子殿下の行方はいかがでしたか?」


「どうもこうもない。生存は絶望的どころか、遺体の一部すら見つからん恐れが出てきた」


「困りました。それでは、王太子殿下のご逝去の発表が難しくなります」


「今回従軍してきた貴族はともかく、他国の侵略や魔物の襲撃に備えて留守を守っている領主たちを納得させるのは骨が折れるであろうな」


「下手をすれば、何者かが王太子殿下を暗殺または誘拐し、王位簒奪を企んでいると疑われるでしょう」


「そして、もっとも疑わしいのは殿下の最も近くにいた私、ということになるか」


「王太子殿下の存在を証明できない以上、諸侯が疑心暗鬼に囚われるのは避けられません。また、身内の裏切りも警戒しなくては」


「げに恐ろしきは敵より味方、か。北部貴族のプライドの高さを考えれば、当然の用心だな。さて、どうしたものか」


「いっそのこと、嘘を真にする気はございませんか?」


「本当に王位を簒奪してしまえと?」


「幸いなことに、エドルザルド殿下が妾に産ませた御子は、グラスターク城に留めてあります。今から早馬を走らせ手中に収めてしまえば、お館様が後見として実権を握ることは難しくありません」


「その先に何がある?神聖帝国軍ほどではないにしろ、我らの被害も尋常ではない。この上さらに、ジオグラッド公国とガルドラ公爵派を敵に回し、ドラゴンと魔物の脅威に備えることなど不可能だ。遠からず我らは滅びるだろうな」


「神聖帝国を頼る道はございませんか?」


「お前も、先ほどの使者との問答を聞いていたはずだ。奴らは我らのことなど属国か奴隷程度にしか思っておらぬ。ある意味で、もっとも遠ざけておきたい相手だ」


「これは失礼いたしました。ですが、私の役目はお館様に可能な限りの選択肢を示すこと。もちろん、判断の材料以上の意図は微塵もございません」


「戯言はその辺りにしておけ。いつもならお前との問答にも付き合ってやれるが、今は我がギュスターク公爵家のみならず、全ての北部貴族の浮沈がかかっている瀬戸際だ。お前が考える、もっとも堅実な方法を私に提示しろ」


 周りは敵だらけ、というのは少々大げさだが、ふとした時にそんな考えに陥ってしまう、というのがギュスターク公爵の偽らざる本音だった。

 同時に、自分は家臣に恵まれているとも。

 山場は越えたとはいえ、今も一刻を争う事態であることは確かだが、だからこそ焦りは禁物だった。

 できることならすぐにでも王都を離れて故郷に帰りたい思いがあったが、それでこの先の展望が開けるわけでもない。

 むしろ、これまでの魔物に加えてドラゴンの脅威、さらには神聖帝国への警戒も必要になってきた。

 とどめとばかりに舞い込んできたのは、王太子エドルザルドの『行方不明』である。

 ドラゴンブレスが収まった後、命を救われた礼もそこそこに自陣へ引き返してきたギュスターク公爵だったが、エドルザルドの死亡は火を見るより明らかだ。

 これが王太子派貴族の間で広まれば、遠からず内部から崩壊が始まるのは必至だった。

 なにより問題だったのは、家臣は別にして、ギュスターク公爵の苦悩を共有できる味方が一人もいないことだろう。


 まさに孤立無援。

 そう思えたところに、側近の若者は意外な方法を提案してきた。


「和議を結ぶ以外にないでしょう」


「和議?不死神軍という話なら無駄だぞ」


「叛逆者ルイヴラルドもまた、王太子殿下と共に身罷ったことは聞いておりますが、そうではありません。私が申し上げているのは、ジオグラッド公国とガルドラ公爵派との和議です」


「それこそあり得ぬ。我らは不死神軍という共通の敵と戦っていただけだ。味方に和議を申し込む馬鹿がどこにいる」


「本当に、敵ではないとお思いですか?不死神軍を排除した後で、ジオグラッド公国軍やガルドラ公爵を出し抜く心算が微塵もなかったと仰いますか?」


「それは……」


「この際、体面を気にかけている場合ではありません。北部貴族をまとめる領袖として、この先のアドナイ王国をどうするか、これまでの諍いは一切忘れて、一派を率いる御方同士で胸襟を開いて話し合う時かと愚考します」


「……そこまで言うのだ、和議を申し込む支度は整っているのであろうな?」


「すでに、お館様の署名待ちの書状と、同じ数の早馬を用意しております」


「書状を持ってこい。くれぐれも、諸侯には気取られるなよ」


「かしこまりました」


 我が意を得たり、ばかりに主の命に従って天幕を出ていく若者。

 その姿が消えるのを見届けたギュスターク公爵は、いつもよりも大きく姿勢を崩した後、従者に酒を出させるために叩こうとした手を止めて、逡巡した後で茶を運ばせることに決めた。


 王都の戦いはまだ終わったわけではなかった。

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