第286話 中央教会の戦い 


 一時の風で少し見通しが良くなった王都だけど、濃すぎる瘴気はすぐに間隙を埋めてしまう。

 そんな中で、お互いを見合う一組の男女、レナートさんとテレザさんだ。


「ガーネット、ちょっと代わってくれ」


「この私に人質を取るような真似をしろと?」


「どうせ相手は背教者だ、良心を痛める必要はないだろ」


「まあ、若者に押し付けるよりはまともな判断、ということにしておきましょう」


 そう言ってため息をついたガーネットさんに剣とワーテイルを預けて、レナートさんは前に出た。


「まあ、オーグがここに来た時点でそうじゃないかと思ってたが、やっぱりお前だったか、テレザ」


「レナート……」


「まったく、お前が出てこなけりゃ丸く収まったってのによ。らしくないな、この間の悪さはよ」


「お願い、そこのワーテイルを私達に渡してちょうだい。そして、その入り口の奥にあるものも」


「やっぱり、お前も聖骸のことを知ってたか」


「そのまま退いてくれれば、こちらからは何もしないと約束するわ」


「お前が何もしなくても、そっちのバカが約束を守るとは思えないけどな」


「オーグにも手は出させない」


「おいテレザ!仕切ってんのは俺だ!勝手に決めるんじゃねえ!」


「戦闘に関してはあなたに従うと言ったわ。けれど、交渉事は私の指示に従ってもらう。そういう取り決めのはずよね?」


「……ちっ」


 忌々しそうに舌打ちをするオーグをひと睨みして、テレザさんはレナートさんへと視線を戻す。

 その瞳に、懇願するような揺らぎを見せながら。


「わかってちょうだい、レナート。ここで私達が争っても、王国にとって良いことは何もないはずよ」


「確かにそうだな」


「それなら――」


「だが、ワーテイルを引き渡したとして、お前の飼い主のガルドラ公爵はどうするつもりだ?」


「それは……」


「見せしめに処刑するならまだいいが、アンデッドを戦力として利用するつもりじゃないだろうな?いや、あの次期当主に選ばれたレオンなら、もっとえげつないことを考えそうだな。例えば、従わない者に家族や友人のアンデッドをぶつけるとか」


 レオンがそこまで考えるかどうかはともかく、俺を含めた全員がレナートさんのアイデアに引いていた。思考の行き着く先が常人のそれから明らかに逸脱している。

 グランドマスターっていうのは、そんなことまで考えないとやっていけない仕事なのか、と同情半分呆れ半分の眼でその背中を見ていると、一人だけ明らかに反応が違っていた。


 秘密を暴露されたような顔をしている、テレザさんだ。


「テレザ、お前……ガルドラ公爵に何があった?」


「っ!!あなたに話す義理はないわ!それよりも、ワーテイルを引き渡しなさい!」


「断る。ていうか、レオンの好き放題にやらせたら、王国中がアンデッドの瘴気まみれになって生き残るどころじゃなくなりそうだしな」


「レナート!!」


「交渉決裂だな!!お前ら、レナートと小僧は殺せ!女二人は慰み者だ!!ああ、そこの公爵令嬢様は殺すなよ!それ以外は好きにしろ!」


 聞くのもおぞましいオーグの発破で、冒険者たちが雄たけびを上げながらいきり立つ。

 もちろん、レナートさんの拒否の返事が分かっていた俺達も、心の準備はできている。

 そこに、レナートさんが、


「オーグとテレザは俺が相手をする。お前ら三人はザコを担当してくれ」


「ザコって言っても、一人一人が私といい勝負みたいなのだけれど?」


「大丈夫だ。こっちにも腕のいい聖術士がいる。半人前のお前らの尻ぬぐいくらいしてくれるさ」


「勝手なことを言わないでください、レナート。それに、彼のことはどうするのです?」


 じりじりと距離を詰めてくるに冒険者達に対して、俺達に背を向けながら話すレナートさんはあくまで自然体で立っているだけ。

 だけど、それが却って威圧を与えているようで、彼らはそれ以上踏み越えてこない。

 そんな中で、ある意味で一番の懸念であるワーテイルをちらりと見たレナートさんは、


「ワーテイル、分かってると思うが――」


「ええ。決してここから離れませんとも。もちろん、余計な真似も一切致しません。本来ならば、何らかの形で援護の一つでもして差し上げたいところなのですが」


「いらねえよ。ていうか、援護だろうが呪いだろうが、何かした瞬間にお前の首が胴と離れることになる、永遠にな」


「委細承知いたしました」


 戦いの直前なのに相変わらず慇懃無礼なワーテイルを一瞥して、レナートさんはオーグとテレザさんに向き直る。

 それだけで、他の冒険者達が一斉に体を震わせた。

 そして、一歩前に踏み出そうとしたレナートさんが、


「テイル、リーナ嬢のお守りはお前に任せるぞ」


「だ、誰がおんぶに抱っこよ!!」


「いや、抱っこはされてただろ。で、あるんだろ、秘策」


「一応は。自信はあんまりないですけど」


「心配すんな。お前の秘策とやらが俺の想像の通りなら、あの程度の奴らは一捻りだろうよ」


 希望でも鼓舞でもなく、すでに決まった事実のようにそう言ったレナートさんは、凶悪な笑みで戦斧を構えたオーグに向かって今度こそ歩き出した。






 冒険者っていうのはジョブごとに、長所と短所が存在する。

 戦士なら白兵戦が得意だけど、遠距離攻撃には弱い。

 魔導士は射程距離が長く強力な魔法を操れるけど、近寄られるとなす術がない。

 だから、冒険者同士の戦いはいかに相手の弱点を突くかが勝利のカギなわけだけど、それを補う方法がある。

 パーティ、またはレイドを組むことだ。


「さすがは熟練冒険者、どんな状況でも決して定石は外しませんね」


 レナートさんの剣を持ったままのガーネットさんの言う通り、俺達を半円状に包囲する冒険者達は数に任せて一気に襲ってくることはなかった。

 盾を持つ戦士を先頭に、次に癒しの力を使い始めた治癒術士がつき、最後に魔導士がいつでも魔法を撃てるようにロッドを構える。

 冒険者学校で教えられる、基本中の基本の陣形だ。


「私、あの陣形が苦手なのよね。戦士は盾を持ってゆっくり進むだけだし、攻撃は魔導士任せだし。それ以上に、攻め手として見たら弱点らしい弱点がないのが気に食わない」


「だから、基本陣形として長い年月を経ても残ってきたんだけどな」


「そうだけれど、なんだかこう、まどろっこしいじゃない。二十人もいるんだから、もっと悪役らしく襲ってくるべきよ」


「相手は、治癒術士の消耗を抑えるために、あえて応急手当のみにしてここまで来ました。アンデッドの勢力圏内で戦闘に及んだ愚行はともかく、簡単に崩せるとは思わない方がいいでしょう。――ですが、何か策があるのですね?」


 そう言って俺を見てくるガーネットさんに、小さく頷く。


「不安材料があるとすれば、それまで俺の体が持つかどうかなんですけど」


「テイルは準備に専念してください。その間の治癒は私が受け持ちます」


「ねえちょっと!私をのけ者にしないでよ!」


「わかっているよ。リーナには、相手の魔導士を邪魔してもらいたいんだ。できる限り魔法を行使させないように」


「任せなさい、と言いたいところだけれど、いくら私でも、ああも前衛に防御を固められてしまったら、全部を阻止することは難しいわよ」


「それもわかっている。だから、本当にヤバそうな魔法だけ邪魔してくれたらそれでいい。あとは」


「あとは?」


「根性で何とかする」


「……お願いだから無理はしないでね」


「リーナの肌に傷をつけるよりはましだよ」


 ――我ながら気障なセリフを吐いたと思う。

 男として好きな人に向かって一度言ってみたかったっていうのもあるし、リーナも顔が赤くなってこれ以上の追及を避けられるかな、と期待してのことだ。

 でも、恥ずかしいものは恥ずかしい。多分、二度と言わないと思う。

 というより、二度と言わなくて済むような世界にしたい。


 そう思って、微力を尽くすために腰の剣を引き抜いた。

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