第287話 俺の戦い


『使用者のみなぎる魔力を観測しました。ギガンティックシリーズ、マジックスタイルに移行します』


 星空のとんがり帽子に夜空のマント。

 久しぶりのマジックスタイルでの実戦に不安がないわけじゃないけど、そうも言っていられない。

 ジオの助けは借りられず、レナートさんも手一杯の中、俺がやらないとと思うだけで腹の底から力が沸き上がってくる。


 だけど、勢いに任せて勝てる相手じゃない。


「よ、鎧がマントに変わった!?」「なんだありゃ!」


「慌てるんじゃねえ!どうせこけおどしだ!陣形を崩すな!」


 現に、冒険者達は黒の装備の仕掛けに驚きはしたものの、レイドリーダーらしき男の一喝ですぐに動揺が収まっている。これを打ち崩すのは簡単なことじゃないし、長引けばアンデッドも集まってくるだろう。

 だから、戦いは最大限かつ最短効率でいく。


『イグニッション』


「ぎゃあ!?」 「ま、魔法だ!!」


「慌てるんじゃねえ!加護を信じろ!」


 鳴らす指は一度。弾ける火の花は盾の数と同じ、八つ。

 だけど、冒険者の体に直接当たるはずだった初級火魔法は、俺の狙いとは違う位置で爆発した。


「テイル!冒険者を直接狙っても意味はないわ!忘れてしまったの!?」


 もちろん覚えているし、リーナの言葉の意味も分かる。


 武器を振るうだけの戦士は地味、魔法を使える魔導士は派手、というイメージは冒険者の中にも根強い。

 実際、魔導士になるには適性が必要だし、憧れのジョブになっているのは間違いないけど、だからといって両者に明確な優劣があるわけじゃない。

 その証拠の一つが、戦士の高い耐魔力だ。


「あちいじゃねえか、くそが!」 「目がちかちかするぜ」


 盾を構える戦士達に直撃しなかったのも、至近距離で食らったにもかかわらず怪我人が見当たらないのも、加護によって耐魔力が上昇しているからだ。

 さすがに完全無効とは行かないみたいだけど、魔法の威力をそのまま与えたり、肉体に直接作用させたりはとても難しくなっている。

 それでも、塵も積もれば山となるように、魔法を撃ち続ければいつかは倒せるかもしれないけど、いくらなんでも効率が悪すぎる。

 それを確認するために、一発目は幸運を期待して戦士本人を狙って、予想通りに通じなかった。


 だから、次のイグニッションで破壊するのは別のものだ。


「爆ぜろ!」


 狙うは地面、数は同じく八つ。

 さっきよりも派手な音を響かせた爆発は緻密に中央教会の石畳を破壊し、大小の破片を辺りにまき散らした。

 当然、すぐそばの冒険者達も、今度は無事じゃ済まない。


「ちくしょう、いてえ!?」


「下がれ下がれ!治癒術士、ボケっとすんな!」


 足元で起こった予想外の攻撃には鋼鉄製の盾も意味はなく、冒険者達は陣形こそ崩さなかったものの、痛みからの叫びと怒号が飛び交った。

 そして、絶好の機会を見逃すほど俺も素人じゃない。


「まだまだ行くぞ!二つ!……三つ!」


 間髪おかずに放つ連続爆発。

 合計五回、四十発のイグニッションは二十人の冒険者を大きく後退させると共に、作戦を次の段階へと進める準備が整った合図でもあった。


『使用者の乱れ打つ意思を観測しました。ギガンティックシリーズ、シュートスタイルに移行します』


 大きめのとんがり帽子とマントが特徴的だったシルエットは姿を消し、代わりに漆黒の尻尾を模したアームを有するシュートスタイルの下半身偏重の装甲が現れる。

 その時、


「きゃああっ!?」


 悲鳴を上げたリーナが見たのはきっと、石畳の破片で傷だらけになった俺の体だろう。

 いくら体をすっぽりと覆っていても、所詮は魔導士の衣装。

 熟練の戦士ですら後退する大小の石が、ちょっと距離があるからと言って、俺になんのダメージも与えないわけがない。

 それでも、動きに支障があるような傷は一つもない。つまり、作戦を中断する理由はどこにもない。


「うおおおおおお!!」


 見る人が見れば、さぞ滑稽な光景だと思っただろう。

 なにしろ、俺がやっているのは、砕け散った石畳の破片を両手とアームで拾い上げて、子供の遊びのように投げまくっているだけなんだから。

 ただし、真剣になっているのは多分俺だけじゃない。


「ぐあっ!?しっかり守れよ!!」


「仕方ねえだろ!ああもやたらめったら投げられたら――ごふっ……!?」


「とにかく距離を取れ!!治癒術士と魔導士は隙間を作るな!!固まれ!!」


 石を投げる俺と、必死で防御する冒険者達。

 とても理性ある人族同士とは思えない原始的な戦いだけど、だからこそ戦士は盾を構えるしかないし、治癒術士は癒し続けるし、魔導士は魔法に集中できない。

 ここで、だれかが冒険者の側面から突撃して陣形を崩してくれればよかったんだけど、女性のリーナやガーネットさんだけで野郎だけの集団に突っ込むなんて絶対にさせられないし、レナートさんもこっちには来られない。

 そうなれば、めぼしい大きさの石を全て投げ切った時点で均衡が崩れるのは当然の帰結だ。


「はあ、はあ、はあ」


「ん、石が……」 「飛んでこない?」


「てめえら、何を突っ立ってやがる!!あのクソガキの攻撃が止まったぞ!!さっさと殺せ!!」


「お、……おおおおおお!!」


 リーダーの檄と、投擲をやめて息切れが止まらない俺を見て確信したんだろう、冒険者達が雄たけびを上げながら、陣形を保ちつつもさっきの倍以上の速度で前進を再開する。

 そうなれば、攻撃の手段が途切れた俺は同じ速度で下がるしかない。


 そう、下がるだけでいい。

 あとは、あっちから勝手に落ちに来てくれる。


「塗りつぶせ!!」


 行使したのは、また初級火魔法。

 さっきと違うのは、威力よりも冒険者達との間を埋め尽くして視界を奪うための、さらなる広範囲爆破。

 ギリギリまで悟らせないためにシュートスタイルのままの非効率的な魔法は余計に魔力を奪われるけど、その成果は次の魔法にかかっている。


『マジックスタイル移行。続いてギガライゼーション第一展開――完了。いつでもどうぞ』


「四方の王の一角、南より響かせ極点を揺らせ、『ボルボロス』!!」


 ドプン


 そんな音が聞こえたかと思うくらいに、変化は静かで残酷だった。

 俺の魔法が行使されたのは、またもや地面。

 ただし、効果はさっきの比じゃなく、その証拠に二十人の冒険者達は一斉に落ちた。

 強大な土魔法によって一瞬で泥に変貌した、石畳がなくなってむき出しになった地面の中へと。


「随分と思いきりましたね」


 背後から聞こえてきたのは、振り返るまでもなくガーネットさんの声だった。


「初級火魔法と瓦礫の投擲は、あくまでも目くらまし。その後、打つ手がなくなったように見せかけて土の上へと誘導し、隙をついて泥沼に沈める。罠としては単純ですが、数的優位に驕って危機の感知力が鈍っていた彼らには見事に嵌まりました。ただ一点、全員が溺死することを除けば」


「……覚悟はしています。こいつらは、リーナとあなたにひどいことをしようとした。むしろ、こうしなかったら後悔していたかもしれません」


「そうよ。私もガーネットも感謝しているのよ。だからテイル、そんな顔をしないで」


 そう言いながら、背後から俺の体に両手を回して抱き着いてきたリーナ。

 その温もりに少しだけ罪悪感が薄れるけど、同じ人族を殺した事実は消えない。


 そんなことを考えていたから、よっぽどひどい顔をしていたんだろう。

 俺に向かって小さくため息をついたガーネットさんが、


「少々、いえかなりの無駄ではありますが、泥沼から引き揚げてさえいただければ、私が彼らを癒しましょう」


「本当ですか!?」


「テイルの治癒術では意識を失った者を蘇生することはできないでしょうから、現状では消去法的に私以外の適任者はいません」


「ならすぐに――」


「待ちなさい、愚か者」


 引き揚げるなら早い方がいいと思ってアームが利用できそうなシュートスタイルに戻ろうとした俺の腕を、ガーネットさんの左手が掴んだ。

 治癒術士とは思えないほどの強い力で。


「彼らを引き揚げるなら、この場の決着がついてからにしなさい。ついでに、あなたの体の傷も癒しいます」


「俺のことは別にいいんですけど……決着、ですか?」


「この場において、私達は脇役にすぎません。主戦場は、新旧グランドマスターの戦いにこそあります」


 ガーネットさんに諭されて、ようやくそっちに意識を向けることができた俺。

 中央教会の広い敷地、その端まで追いやられていた俺達から離れること、およそ建物一個分。

 そこで繰り広げられていたのは、想像を絶する戦いだった。

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