第284話 不死の国


「……おいおい、お前が自白するっていうから大人しく聞いてやったが、ただの自分語りじゃねえか。これ以上引き伸ばそうっていうなら、その頭ごと吹っ飛ばして二度と無駄口叩けねえようにしてやるよ」


 ついに我慢しきれなくなったレナートさんが、ワーテイルに向かって剣を突き付ける。

 しかも、水の魔法剣じゃなくて腰に吊り下げていた本物で、どっちも殺傷力に十分にあるとはいえ、篝火を反射する鋼独特の輝きが、レナートさんの本気を一層表現していた。


「レナート、尋問を終えるまでは手は出さないと約束したはずです。下がってください」


「だったら、ワーテイルのペースに乗せられずにしっかり尋問しろ。もし、俺達に勘づかれずに援軍を呼んでいるとしたら、ただ時間稼ぎされてるだけかもしれないんだぞ」


「ご心配なく。こちらからお願いしている立場なのですから、そのような裏切りはしませんよ。少なくとも今は」


「黙りなさい。口を開いていいと許した覚えはありませんよ」


「おお、これは失礼いたしました」


 相変わらず人を食ったような物言いのワーテイルに、レナートさんを制止したガーネットさんの顔もわずかに歪む。

 だけど、それは一瞬のことで、すぐにいつもの抑揚のない声で質問を再開した。


「ワーテイル、あなたが事を起こすに至った動機は分かりました。ですが、あなたの生い立ちと、死霊魔法を修めるに至った経緯が繋がりません。そもそも、筆頭司教たるあなたほどの人物が、なぜ信徒の道を踏み外したのですか?」


「おや、そのように言われるのは心外ですね。少なくとも、あなただけはその方法に気づいているはずですよ、ガーネット殿」


「……」


「中央教会の書庫棟には、あらゆる分野の書物が収蔵されています。そして、事象を観察する際に表面的な記載だけでは確信に至れないことはしばしばあります。そういった、誰もが閲覧するのは憚られるものは禁書に指定されて厳重に保管され、ほとんどの信徒は許可無しには表紙を見ることすら叶いません」


「まさか、禁書庫から死霊魔法の知識を得たっていうのか?」


 ワーテイルの話に驚きの声を上げるレナートさんに向かって、ガーネットさんが首を横に振る。


「いいえ、それだけでは説明がつきません。これほど大規模に死霊魔法を行使するとなると、相応の格式を整えた儀式が必要です。当然、一人分の魔力では足りるはずもありませんから、それを補うための触媒として強力なアーティファクトも用意しなくてはなりません」


 アーティファクト。

 その言葉を、滅びた村の教会でリーナから聞いた覚えがあった。それが、ワーテイルの死霊魔法の触媒の条件に合致することも。

 そして、そう思ったのは俺だけじゃなかった。


「まさか、ここにある聖骸を利用したのですか……?」


「弁明はしません。王都の土の下に眠る全ての遺体をアンデッド化するには、王都守護の結界の要であり地脈の集合地点である、ここを利用するのが最も効率的でした。アーティファクトの活用は事のついででしたし、そもそも私はこの玄室の詳細を知りません」


「禁書庫で調べたのではないのですか?」


「いくら禁書庫を調べ尽くそうと、資料が一つも残されていなければ知りようがありませんよ。少なくとも、中央教会の名義で集めた歴史書や文献の中には無かったはずです」


 それはそうだろうな、と思っているのは多分俺だけだろう。

 聖骸の正体――五千年前にノービスの英雄と呼ばれたアイツは、その死と共にかつての仲間達から徹底的に痕跡を抹消されている。

 筆頭司教として禁書庫を閲覧できて、さらに邪魔だった王侯貴族や中央教会上層部を排除したワーテイルが調べてわからなかったのなら、今の時代にノービスの英雄を知る方法はどこにもないと言える。


 だけど、ワーテイルの次の言葉は俺の予想を裏切った。


「ですが、聖骸の基となった人物の正体には一定の予想がついていました。そして、あなた方がここに来ることを予測できたのも、この聖骸のおかげです」


「……ジオグラッド公国の建国か」


「正確には、初心教の立ち上げですがね」


「話が見えないわ。いったいどう考えれば、聖骸の正体とジオグラッド公国が繋がるっていうの?」


 とうとう我慢できなくなったんだろう、自分で決めたはずの沈黙を破ったリーナに応えたのは、ガーネットさんだった。


「かねてより、中央教会の地下で王都守護の結界の要となっていた名もなき聖骸。その効果は魔物を寄せ付けにくくなるという、当の王都の民も気づかない微弱なものでしたが、聖骸の存在を知る者達にとってはこの上ない加護になっていたことでしょう。それだけに、聖骸の真実はごく少数によって長年追い求められていた」


「実態は、代替わりの際に茶飲み話の一つとして愚痴をこぼす程度の、ささやかなものだったそうです。ですが、塵も積もれば山となるように、時を経ることでいつしか上層部の悲願となっていきました。そのうちの一人として、太古の先人たちが抹消した存在の手掛かりになりそうな事柄には、注意深く網を張っていたということです」


「まさか、たったそれだけのヒントで、私達の侵入を予想したっていうの……?」


「さすがにそこまでの核心はありませんよ。ジオグラッド公国建国と同時ににわかに立ち上がり、瞬く間に加護を広め成果を上げていった初心教は、あくま手掛かりの一つとして注視していたにすぎません。それが確信に変わったのは、あなた方が王都に侵入して来てからです」


「にしちゃあ、待ち伏せるのが早すぎだろ。どんなチートを使えば先回りができるってんだ?」


「これも単純な話ですよ。古来、魔法にまつわる霧や瘴気の類は、結界の一種として多用されてきました。私は術士として侵入者を感知したにすぎません」


「……加護無しの一般人を殺せるレベルの毒の瘴気が結界ってか。悪趣味にも程があるだろ」


 レナートさんの抗弁で、毒々しい王都の空を思い出す。

 外にいたのは短い間ということもあって、ジョブの加護を持っている俺達はちょっと不快な思いをしたにすぎないけど、加護を持たない普通の人達は生きていくことすらできないという。

 それなのに、無数のアンデッドが闊歩する死の都こそが、人族存続の方法だとワーテイルは言っている。


 はっきりと思う。おぞましい姿のアンデッドとか、死臭に満ちた空気とか以上に、吐き気がする。


「不死の秘法を用いれば戦死者の復活だけではなく、過去の豪傑英雄を現世に呼び戻すことも可能です。さらに、代々の名君や能吏の英知を借りることができれば、より効率的なアンデッドの運用や絶対防衛権の確立も容易になるでしょう。その中でならば、物量で圧倒的に勝る魔物の絶え間ない襲撃にも十分に対抗できるはずです」


「ただし、この王都のような瘴気の中でも生きられる人族だけを選別し、それ以外は見殺しにする胸糞悪い方法だがな」


「人族が完全に滅びるよりは、はるかにましでしょう。それに、瘴気に耐えられずとも必要な人材と判断した場合、リッチとなって死を免れる道も存在します」


「それで、いったい何人の命が助けられるというのですか?」


「概算ですが、およそ百分の一。もちろん、リッチ化を含めた数字です」


「そんなの助かったと言えるか!!」


 ワーテイルが、レナートさんが、ガーネットさんが、リーナが振り返る。

 そう、自分でも驚くほどの声を出したのは、他ならない俺だった。


「お前は言っているのは今を生きている人達と、全力で生き抜いて死んでいった人達全員への侮辱だ!そんなの生きてるって言えるわけがないだろう!お前のような人でなしが人の命を語るな!」


 今、俺の頭の中には、俺の大切な人達の姿がある。

 ワーテイルの話を一割も理解できている気がしないけど、それでも、ここにいない人達のためにどうしても言っておかないといけないことがある気がした。

 その思いは、自分で思っているよりも強い言葉となって飛び出した。


 もちろん、俺の言葉なんかが、中央教会で異例の出世を遂げた頭脳を持つワーテイルに届かないことはよく分かっているつもりだ。

 俺はたまたま強力な加護を得ただけの平民で、ジオやワーテイルが考えている人族の未来なんて話についていくことも、影響を与えるような言葉も浮かんでこない。

 こんなのは、ただの八つ当たりみたいなものだ。


 そのはずなのに、俺から目を離さないワーテイルの瞳には、敬意と畏怖と、ほんの少しの嫉妬が見えた気がした。


「その通りです。私は道を誤りました。不退転の覚悟でルイヴラルド殿下に与し、国王弑逆という何物にも代えがたい大罪を犯しましたが、誰よりも人族の存続を願ってきたはずが、初めの一歩である三人の殿下の選択の時点で間違っていたのです。私には人を見る目がないと気づくべきだったのです」


「ワーテイル、あなたは……」


「そういうわけです、ガーネット殿。魔法を封じるなり四肢を切り落とすなり、私の身をどのようにしていただいても構いません。ジオグラルド公王陛下への謁見の取次ぎを願います」


「お前……自己犠牲精神でお涙ちょうだいでも狙ってんのか?」


「まさか。私に狙いがあるとすれば、より良い人族存続の道だけですよ。そのために――」


 その時、不自然に会話を中断したワーテイルが、あらぬ方に目を向けた。


「私としたことが、少々熱くなり過ぎたようですね」


「おい、なに言ってんだ?分かるように言え」


 ワーテイルが見ている方向は、俺達でも唯一の出入り口でもなく、無機質な玄室の石壁。

 レナートさんの言葉にも答えず、気が触れたかと思ってしまう場面だけど、それにしてはワーテイルの眼に焦りのようなものがあった。


 そんな俺達の空気にやっと気づいたらしく、我に返ったようにワーテイルは言った。


「今、この玄室に通じる唯一の道が塞がれました。おそらく、私の身柄を押さえに来た者達と思われますので、私を殺すか、それとも守るか、今すぐ決断することをお勧めします」

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