第281話 中央教会の奥


 結論から言うと、アンデッドとのエンカウントは意外と多かった。


 最初の一体のように、死霊魔法の強制力に抗い、慣れ親しんだ場所に留まり続ける個体は他にもいた。

 というより、そうと意識してみれば所々にいた、といった方が正しいか。

 奴らは、基本的にこっちからちょっかいをかけなければ何もしてこない。

 してこないんだけど、何事にも不可抗力っていうものは常に付きまとう。

 屋敷には貴族や騎士が。廊下にはメイドや執事が。厨房には料理人が。店には店主が。

 そして、一つ所に留まっている個体に限って、ただならない気配を持っていたりもする。


「生前の意志の強さってのは、そのままアンデッドの強さに直結するからな。怨念と言い換えてもいい。ましてや、死霊術の頸木から逃れられるようなレベルだと、高ランク冒険者パーティでも二の足を踏む」


 そして、もうひとつ。

 当然と言えば当然、意外といえば意外。

 どう見ても矛盾している表現だけど、パッと見は人気がなさそうな王都に、実は歴とした防衛力が備わっているとしたらどうだろうか?


「トラップの最大の利点は、相手に存在を気取られにくいことだ。鼓動や息遣いがないし、無駄な動きを一切しない。何かに似てると思わないか?答えはアンデッドだ」


「なんで答える前にバラしちゃうんですか。まあ、話の流れからなんとなくわかりますけど……」


「なんだよ。やけにもったいぶった言い方じゃねえか」


「いや、だって、差し当たって俺とリーナが特に危機感を覚える必要がないじゃないですか」


 こう言ってみたものの、別にアンデッドを侮っているわけじゃ、決してない。

 ティアの従者だったアレクさんの犠牲や、その後の脱出行で死にかけた経験は、身に染みるほど憶えている。

 それでも、


「こんな見え見えの場所に隠しやがって、仕掛けた奴はひよっこ冒険者以下だな」


 時々おもむろに寄り道をしては、物陰や建物の中に潜んでいたアンデッドをさくさく狩り続けるレナートさんに、


「ホーリーライト」


 正面からエンカウントしたアンデッドナイトの小隊を一撃で消滅させるガーネットさん。


 この二人の活躍の陰で、俺とリーナは剣を抜く間さえなかった。

 有体に言って、暇を持て余していた。


「少しは俺達に残してくれてもいいじゃないですか」


「馬鹿野郎。俺は冒険者学校の教官じゃないぞ。高度な連携に素人を混ぜると、逆に効率が悪くなるんだよ。いいから黙ってついて来い。もちろん、緊張の糸は切らすなよ」


 という、レナートさんの言だけど。

 自分の出番が一切ない状況で、臨戦態勢を保ち続けるっていうのは言うほど簡単じゃない。

 剣を構えるには斬りかかるイメージが必要だし、、魔法を使うにも属性や威力を思い浮かべないといけない。

 当然、魔物という敵があってこそのイメージだ。

 だけど、レナートさんとガーネットさんの頼もしさは半端じゃない。

 アンデッドが剣を抜く前に事は終わっているし、なんだったら俺が気づく前に全滅させてたことすらある。

 レナートさんの言っていることは、その道を究めた達人の心構えだと思う。

 そして、俺もリーナもまだまだ若造の域を出ていない。


 客がいないなら料理を作る意味はない。ダンさんでもそう言うだろう。


 実際、そんな無駄話をしながらでも中央教会にたどり着けてしまったんだから、気を引き締める必要はなかったわけだけど。

 でも、その理由くらいは想像しておくべきだったんだろう。






「さてと、ようやく中央教会の門前まで来たわけだが……」


「変ですね」


「変だな」


「何が変なんですか?って、さっきもこの下りを聞いた気が……」


 前回、王都の街並みを見る機会がなかった俺にとって、この中央教会の訪問は数少ない外出の思い出だ。

 高さだけなら王宮を凌ぐ鐘楼を擁するこの施設は、四神教の権威の象徴だと誰もが思うだろう。

 だけど、日の光を反射して燦然と輝いていた白亜の教会は、今や毒々しい瘴気の色に汚されて見る影もない。

 そんな場所にふさわしく、邪悪な気配を漂わせた死霊騎士が十二体、見敵必殺とばかりに襲い掛かって来たけど、聖術との相性の悪さはどうしようもなかった。

 これまで通り、アンデッドの集団を一蹴したガーネットさんにレナートさんが話しかけて、なんとなく俺が合いの手を入れて、今に至るわけだけど。


「巡回は一定の間隔、トラップも仕掛けられていて、侵入者対策はまあ及第点。だが、なんか腑に落ちんな」


「それは、ほとんどのアンデッドをどこかに移動させたからじゃ?そういう話でしたよね」


「その見立ては変わっちゃいねえよ。だが、ここは中央教会だぜ?」


「はあ。確かに、重要拠点の一つだとは思いますけど」


「そうじゃない。侵入者がいるとして、ここに舞い戻ってくる筆頭ジョブはなんだ?」


「それは……あっ」


「教会関係者――それも、私のような聖術士が最適任でしょう」


 誇るでもなく、淡々と名乗りを上げたのはガーネットさん。


「と本人が言っている通り、アンデッド退治と中央教会奪還の一石二鳥の戦力だ。むしろ、他の可能性を考慮するのが無理筋なレベルだわな。ここで一つ問題だ。王都失陥後、いつかは強力な聖術士が潜入してくることは容易に想像できるわけだが、普通の防備程度で重要拠点を守っている理由は何だろうな?」


「普通に警戒していなかっただけじゃないの?」


「リーナ嬢、腐ってもアドナイ国教会の中心地だ。不死の魔物に効果てきめんの、聖具のあれこれが収蔵されてるのは、ガキでも知ってる常識だぞ?」


「うっ……それなら、危険な聖具は全部別の場所に運んじゃったか、破壊してしまったかもしれないわ」


「その説は十分にあり得るな。不死神軍にとって厄介でこそあるが、後生大事に保管しておく意味は薄い。さっさと壊しておくに限ると考えても不思議じゃないな」


「それなら、アンデッドの数が少ないことにも説明がつくし、安心ね」


「なに言ってんだ?安心できる材料なんてどこにもないいぞ」


 二度目の予測が褒められて、ちょっとほっとした顔を見せたリーナに、レナートさんがため息をつく。

 同じように理解がつかない俺の方をちらりと見てきた後、冒険者ギルドのグランドマスターが言った。


「敵地の真っただ中に目的地があり、さらに敵の妨害が予想よりも少ない場合、真っ先に疑わんといかんのが罠の存在だ」


「これから私達が向かうのは、中央教会でもごく一部の者しか知らない場所ですが、筆頭司教だったワーテイルが把握している可能性は十分にあります。ここから先こそ、警戒を厳にしていくべきでしょう。門を超えて以降は、絶対に私かレナートが歩いた道を辿るようにしてください」


 レナートさんに続いて、ガーネットさんにまで忠告されると、俺もリーナも反論する言葉がない。

 生唾を飲みながら無言で頷くと、年長者二人は聖域の境界線を越えていった。






 思ったよりも、というより、肩透かしなほどにあっさりと目的地にたどり着けたのは、四神教の司祭や教会騎士が一人もいなかったせいだろう。

 どんなに強固な要塞ももぬけの殻なら、侵入し放題という点でその辺の廃屋と変わりがない。

 ドアの錠を壊しても、高価そうなカーペットを土ぼこり塗れにしても、ガーネットさんが神の像の下の隠し通路の仕掛けを作動させても、妨害してくるはずのアンデッドは現れない。

 それだけに、俺達の警戒心はさらに強くなった。


「レナートさん」


「さっき言った通りだ。気を抜くな」


 俺の問いかけに、口調こそいつも通りに思えるレナートさん。

 だけど、足の運びは確実にゆっくりになっている。

 それだけ、この狭い隠し地下通路の先に何があるのか、想像がつかないということだろう。

 そして、魔法の光を杖に宿らせたガーネットさんを先頭にした、慎重に慎重を重ねた地下通路の道行きの先に、その答えは現れた。


「ここは……地下に作られた墓室、玄室か」


 そうつぶやいたレナートさん。

 全く同じサイズの石材で組まれた地下室には、暗色の魔法の照明が薄く薄く照らしていて、漂う冷気も相まって荘厳な雰囲気を醸し出している。

 そして、奥には祭壇のような構造物が置かれていて、その様子に既視感があった。


 そう、何度か夢に見た、あの神と会っている場所によく似ている。

 その記憶を確かめようとさらに前に踏み出したその時、祭壇の脇に潜んでいた黒い影が動いた。


「お待ちしていましたよ、グランドマスターレナートとその御一行。いえ、ノービスの英雄御一行と呼んだ方がいいでしょうか」


 祭壇の陰から出てきたことで、辛うじて見えるようになったその法衣に、見覚えがあった。

 会ったことも話したこともなく、たった一度、王宮の庭から遠目に見ただけ。

 それでも、堂々と王家への反逆を叫んだ傲岸不遜な顔を忘れるわけがなかった。


「俺の前に堂々と面を出すとはいい度胸だな、ワーテイル」


「おっと、ご自慢の魔法剣で私の首を飛ばすのは、話を聞いてからにしていただけますか?」


「なんだ?命乞いなら聞かねえぞ」


「いえいえ、まさに命乞いの話なのですよ――」


 ――私の要求を聞いていただければ、不死神軍をそっくりそのまま引き渡します。


 アンデッドによる王都占領という、四神教にとってこれ以上ないほどの反逆をしてのけた、元四神教アドナイ国教会筆頭司教ワーテイル。

 その口から飛び出したのが、このセリフだった。

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