第73話 SS リーナの悩み 2


「お、おい、あれ」 「ああ、なんかいいな」 


 白のたてがみ亭別館から、ジュートノルで一番活気のある大通りまでの距離は近い。

 ジュートノルの中でも一等地にある本館との連携が大きな理由なんだけど、今日に限って言えばもう少し距離が離れていてほしかったと思う。


 俺のすぐ横を並んで歩いている私服姿のリーナが、すれ違う人達の目に留まり始めたからだ。


 元同期の贔屓目を差し引いたとしても、リーナは有名人だ。

 元々の流麗な容姿の上に、冒険者学校ではトップクラスの成績を収め、卒業後は期待以上の目覚ましい活躍を見せ、冒険者だけじゃなく、一般人にも広くその美貌が知れ渡っている。

 年上の女性から「お姉様」と呼ばれたという噂も、あながち嘘と言い切れないくらいの人気を、リーナは持っている。

 当然、リーナが街を歩けば、多くの人の目に留まって注目され、時には小さな騒ぎになることもあるらしい。


 できるだけリーナに気づかれないようにしながら、周囲に気を配っておかないと。

 そう思った俺の耳に、意外な声が入ってきた。


「かわいいな」 「どっちかって言うときれいだろ」「この辺の娘じゃないな」


 ――なんか、思ったよりも大人しめの反応というか、……ああ、そうか。


 一番近くにいるせいか気づかなかった――というよりは、俺だけが気付いていなかった。

 今のリーナは、いつも金属鎧と細身の剣を纏って颯爽と歩く男装の麗人の冒険者じゃなくて、街の中ならどこにでもいる(と言うには綺麗すぎるけど)、周囲の風景に溶け込む姿の街娘なんだ。


 そう思って、改めてリーナを横目で見る。


 まず、目に飛び込んできたのは、少しウェーブのかかったプラチナブロンドの髪。

 これまでは煌びやかな装備と華やかな戦いぶりにばかリ気を取られていたけど、よくよく見れば本物の白金に勝るとも劣らない艶やかさをもって、日光を反射している。

 その髪を引き立たせるように、決して華美ではないけどリーナの女性らしさを引き立てているブラウスとひざ下のスカートが、均整の取れた体に見事にマッチしている。


 そんなことを思いながら、長い髪のカーテンから覗くリーナの横顔から目が離せない一方で、ちょっとした自己嫌悪に陥る。


 これだけ人の目を引く綺麗な髪をしているのに、なんで俺は今まで気づかなかったんだろう?

 いくら雑用とはいえ、曲がりなりにも接客業の俺が見逃していたなんて、笑い話にもならない。

 もしかしたら俺は今まで、何も持っていない自分と比較して、反対に全てを持っている「完璧なリーナ」という風に決めつけて、彼女の中身なんて全然見ていなかったのかもしれない。


 と、そんな物思いにふけっていると、


「……あの、そんなにじっと見られると恥ずかしいんだけど」


「あっ、ご、ごめん」


 ちょっと頬を赤くしたリーナに見咎められてしまった。


 ――まあ、リーナじゃなくても、これだけ近くで見ていたら誰だって気づくんだろうけど。

 いや、認めよう。リーナに見惚れていたんだ。


「テイルに言われて慌てて着替えてきたから、こんな格好、実家でもしたことなかったんだけれど、変だった?」


「いやいやいや!全然変じゃない!さっきも言ったけど、綺麗だと思って見てただけだ!」


「……さっきは可愛いって言ったくせに」


「え?」


「何でもない!」


 リーナにちょっと上目遣い気味に言われて、慌てて火消しに走ったせいか、俺の言葉はあまりお気に召してもらえなかったようだ。


 と、そんなこんなで思わず立ち止まってしまっていたのがまずかったんだろう。


「お嬢さん、この辺りじゃ見かけない顔だね。いやびっくりしたよ、お貴族様と言っても通用するくらいの美人さんだ!どうだい、ウチで働かないかい?」


「え……?」


 俺とリーナの間に割り込むように話しかけてきたのは、背の高い商人風の男。

 身なりはそれなりに良さそうだけど、リーナの顔をジロジロ見る下心満載の眼が、全てを台無しにしていた。


「お嬢さんならうちの店の、いや、ジュートノル一番の売れっ子になれる!十年業界を見てきた私が言うのだから間違いない!親御さんは今家にいらっしゃるかな?良ければ今すぐにでも会いたいのだがね」


「くっ、いい加減に……!!」


 自分勝手に矢継ぎ早に話す男の態度に、リーナも堪忍袋の緒が切れたんだろう、きっと目を光らせると少し腰を落として腰に手を当てて――


「あっ」


 その手が空を切った。


 俺も今になって気づいたけど、私服姿のリーナは腰に剣を帯びていない。

 それが服のコーディネートの気にしてか、それともただのうっかりかまではわからないけど、今のリーナにとって予想外の事態だってことだけは間違いなさそうだ。


「あ、ううう……」


 相棒とも言うべき剣が無いだけで、人ってこんなにも変わるものなんだろうか。

 騎士と見紛うばかりのいつもの強気はどこへやら、今のリーナは街娘の外見に相応しい、今にも泣き出しそうな顔で俺を見ていた。


 ――リーナの強さと、先んじて助けに入るのは別物だよな。これも反省だ。


「そこまでにしてくれないか」


「あいだだだっ!?」


 何も言わないのを良いことに、調子に乗った商人風の男がリーナに直接触れようとしたところで、横から手を出して手首を掴んで捻り上げた。


「は、離せ!私は衛兵隊に知り合いがいるんだぞ!」


 お世辞にも金持ちには見えない俺の恰好を見て、痛みに顔をしかめていた商人風の男ががなり立てる。

 だけど、伊達に俺も接客業をやっているわけじゃない。

 男の言っていることがハッタリかどうかくらい、声の調子ですぐにわかる。


 それなら、俺もハッタリを使うまでだ。


「へえ、奇遇だな。俺も衛兵隊に知り合いがいるんだ。ついでに政庁舎にもな。なんなら、アンタの知り合いと俺の知り合いを今すぐにここに呼んでもいいんだけど。そもそも、昼間に夜の仕事の勧誘をこんなところでやって、後々困るのはどっちかな?」


「おおっと、いつの間にかにこんな時間だ!!すまないね青年!!私がよろけてつい娘さんにぶつかりそうになったところを抱き起こしてくれて!!ちゃんとお礼を言えないのが残念だが、次の予定が迫っているのでね、失礼するよ!!」


 まさに脱兎のごとく。

 役者のような見事な言い回しの上に、ツノウサギもかくやという素早さで俺達の前から姿を消した男。


 そのあまりの逃げっぷりに見惚れたか、それとも安心して気が抜けたか、呆然とするリーナ。

 だけど、今のいざこざでずいぶんと注目を集めてしまったらしく、足を止める人がどんどん増えている。

 騒ぎを聞きつけて、本当に衛兵に捕まっては元も子もないので、


「リーナ、早く行こう」


「え、あ……」


 だらりと下がったリーナの手を掴んで、人ごみを掻き分けるように大通りから脱出した。


 あ、思わず手を繋いじゃったな。

 リーナの手を引いた瞬間、ターシャさんの顔が頭をよぎったけど……きっと気のせいだな。






 とりあえずということで大通りを避けた俺だけど、そもそも行き先を決めているのはリーナだ。

 目的地にへ行くだけなら裏通りを進めばいいだけなので、


「こっちよ」


 と案内してくれるリーナの後について行くと、大通りからちょっと外れた一角にある、とある店に程なく到着した。


 到着してその店の看板を見たところで――時が止まった。


「どう?私の行きつけの店なの。ここにある商品のことなら、大体のことは知ってるわ」


 手を繋いだ辺りから、やけにテンションが上がっているように見えるリーナ。

 そんなにこの店に来たかったのか?と、本来なら笑顔の一つでも見せてあげるべきなんだろう。


 だけど、、真に残念な上に、非常に遺憾ながら、どうしてもそんな気分にはなれない。


「さあテイル、いきましょ。この店の隅から隅まで、私が案内してあげるわ」


 そう言って背中を押してくるリーナに逆らえない俺は、濁流に流されるようにその店に入った。






 ちなみに、その店の入り口の上に飾ってある総鋼の看板には、真っ赤な塗料に荒々しい文字でこう書いてあった。


【信頼と実績の店 各種お取り寄せ、オーダーメイドも承ります ウェルダンテ武具店】

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