第一七話 貧乳仲間たちのお話し

 随分と激務だ、とルーシ・は思う。

 午前九時から午後四時までは高校生。午後五時から午前八時まではマフィアのボス。ルーシは二週間に一回、三〇時間程度寝るという生活──要するに、寝ている時間がとてつもなくすくないので、ある意味激務のほうがあっているのかもしれない。


「幹部会でも開くか。だがなァ……雅のアホが日和ると、オレたちはなにもできねェかもしれない」


 パソコンやスマホへ次々と送られてくる報告を認可したり拒絶していれば、一日など一瞬で過ぎる。


「……あーあ、寝みィな。そういやもう二週間くらい経ったか」


 ルーシは一応夜になると睡眠薬を飲んでいる。当然規定容量など守っていない。過剰摂取で胃洗浄の可能性があるものを二〇〇錠。二〇~三〇錠摂取で死に至るらしい眠剤を一〇〇錠。合わせて三〇〇錠をも薬を飲んでいるわけだが、まるで眠くならない。味のしないラムネのようなものである。

 しかし、きょうは違った。


「クールに連絡を……いや、アイツは一日中寝ているからな。ポールへ連絡しておくか」


 自然な眠気だ。……いや、強迫的な眠気である。さすがに寝なければ死んでしまうという一種の脅しをかけられているような、そんな眠さだ。


「もしもし、ポール」


『なんだ?』


「ワタシに護衛よこせ。三〇時間ワタシの警護をするヤツが必要だ」


『ああ、寝るのか。パラノイアさんよ』


「しゃーねェだろ。人間恐怖があるから一生懸命生きられるんだよ」


『アニキを見習うべきだと思うぜ? あの人は鍵すらかけず一日一五時間寝るからな』


「うらやましいかぎりだ……。と、いうわけで派遣よろしく」


 ルーシは電話を切り、ベッドへ横たわる。


「……こういうときに限って邪魔が入るんだよな。あのメンヘラは寝ているのか?」


 もはやゴミ捨て場よりもニオイがひどいことに定評のある、天使の部屋の監視カメラをルーシは携帯で見る。


「寝ているな。うわ、コバエだらけだ。当然のように嘔吐物が部屋中に転がってやがる。……哀れだな」


 当人は自分のことを哀れだとはさほど思っていなさそうなので、ルーシはカメラを切る。


「他の邪魔は……アイツらか。だが家を教えていない以上、どんなに鬼電してこようとここへたどり着くことはできねェはずだ。来られても面倒だしな」


 パーラ・メント・メリットの三人とは、すくなくともあさってまで会わないだろう。いまは夜の一〇時。これからおよそ三〇時間なので、あしたは確実に学校へは行かないことが決定している。


「あとの懸念は……やはりスターリング工業だな。クール・ファミリーとサクラ・ファミリーを傘下に抑えているオレへ挑むバカもそうはいねェだろうが……万が一ってのもある。クールとポール、峰に期待するしかねェな」


 最後は部下に頼るしかない。彼らだって失職したくない……いや、死にたくないはずだ。ならば必死になって生き残るを図るはずである。


「と、いうわけでさようなら。我が世界」


 *


 ロスト・エンジェルス連邦共和国。移民を積極的に受け入れ、その文化は多種多様だ。いや、誰かが持ってきたとされる文化が、そのまま根付いているともいえる。

 文化。そのなかには当然、スポーツも含まれる。そして当然、LA最高峰の学園であるMIH学園には、これでもかといわんばかりに運動部がある。


「三番、ショート。メント」


 メントは野球部へ所属している。女子野球部だ。最近、少しずつではあるが、女子野球も認められつつある。草野球チームができたり、部を設ける学校ができたり……。一応プロリーグもあるが、正直メントほどの実力があれば、月収一〇〇〇メニーの仕事に就く理由もない。なので、これはあくまでも趣味の範囲内だ。


「あれがメントってヤツか……。男子でも通用するんじゃねえの? アウトローぎりぎりをあっさりホームランにしやがった。しかも球速は一三〇キロくらいだぞ? 文武両道ってヤツだな」


 そんな学校設立野球場を通りかかったふたりの少年と少女は、メントの打球がスタンド最上段へ吸い込まれていったのを眺めていた。


「すごい人なんだね。この前遊んだけど」少年は他人事だ。


「最近おまえすこし変だぞ? 感情の波が妙に低い。心療内科行ったほうが良いんじゃねえの?」


「普段どおりでしょ。だいたい、心療内科なんてよくわかんないし」


「まあアタシもよくは知らんけど……なんかの病気みたいで心配なんだ」


「人間なんだから、テンションの低いときと高いときくらいあるよ。そうでしょ?」


「そうなんだけどさ……」


 少女は不安を拭いきれていなかった。この少年、高校一年生のときからの付き合いだが、最近ゲームやライトノベル、アニメなどに興味を示さなくなった。すこし前までやかましいくらいにそういった「ナード」系の話しをしてきたのに。


「アーク、本当に大丈夫か?」


「だから大丈夫だって。そこまでいわれるほどおかしいの?」


「今季アニメの話しとかしねえじゃん」


「アニメは見てるけど、話す理由がないんだよ」


「今季のアニメ全部見てそれをブログにあげてた人間のいうことではないんじゃねえの?」


「まぁそうかもしれないけどさ。でも、アロマはそういう話しあんまり興味ないでしょ? どっちかっていうとゲーム派じゃん」


 アロマはますますいぶかる。ならばゲームの話しでもすれば良いのに。典型的なまでに、得意な分野になると饒舌になるアークはどこへ行ったのだろうか。


「つか、最近ゲーム部にも顔出さないじゃねえか。みんなおまえを待ってるんだぞ? アタシもそうだし」


「まぁね。でも、いまはただなにもしたくないんだ。学校が終わるとずっと天井を見つめてる。別に落ち込んでるわけでもないし、心療内科に行かなきゃいけないほど追い詰められてるんなら、とうの昔に行ってる。なんか、天井見ながらなにも考えないのが楽しいんだよ」


 それこそなんらかの病気である。意欲の減退だろうか。ここは無理やりにでも病院へ連れて行ったほうが良い気もする。


「なあ……やっぱ病院行くべ? 金がないんなら出してやるから」


「ボクは超富裕層だよ? 国からとんでもない金搾り取られてるアロマよりお金なら持ってる。むしろ国からお金もらってるくらいだからね。だから、そういう話しじゃないんだ」


「けどよお……おまえやっぱおかしいぞ? 原因がなんなのかはわかんねえけど、ここ二~三日様子が変だ。自覚あるか?」


「あるといえばあるし、理由もわかる。心配無用だよ」


「アタシに話せねえ理由があんのか?」


「どんな人にも話せないことはあるでしょ」


 そんなわけで平行線である。アークはうつのような状態を自分でもわかっていて、理由もわかるらしい。だが、それをアロマへ伝えないのは変な話しだ。なにか変わったことがあれば、性別こそ違えど、親友にはいうはずなのに。

 そういぶかんでいると、目の前に女子の大群がいることにアロマはようやく気がつく。


「……滑稽だな。群れねえとなんもできねえの?」


「中心にいる子を見ればわかるんじゃない? 群れてるってよりは、ひとりでいたいときも誰かが近くにいる状況に見えるし」


 アロマはアークの言葉を聞き、中心に立つ背丈の低い女子を見る。


「おお、あの偽善者じゃん」


 アロマの毒しかない言葉を聞いても、アークは特にとがめなかった。

 この状況からしておかしいのだ。アークはアロマの毒気を嫌う。いや、人の毒を嫌う。そういった言葉を聞いたとき、アークはそれとなく注意するのに、この二~三日はそれも放棄している。


「ちょっとキャメルに会ってくるよ」


「……あ?」


「幼なじみだしね。毛嫌いすることもないでしょ」


「いやいやいや、アーク……。おまえ、昔あの女と揉めに揉めたじゃねえか。良いの?」


「昔のことをほじくり返してくるような器の小さい人でもないよ、キャメルは。すくなくとも、派閥メンバーの前じゃ普通に振る舞うと思うし」


 そういったときには、アークは女子の群れへ向かっていた。


 アロマは、

「あーあー……もう知ーらねえと」

 そうつぶやいて戦争になる前にさりげなく立ち去ることとした。


「やあ、キャメル」


 キャメル・レイノルズは、最初こそ下手なナンパだと思っていたが、目の前にいるのが紛れもない幼なじみだと知れば、目の色を変えた。


「……あ、アーク?」


「そうだよ。こうやって話すの久しぶりだね」


 キャメルの派閥──フランマ・シスターズは、臨戦態勢となった。キャメルとアークの間になにが起きたのかは知らないが、ふたりの仲が悪いのはもはや公然的だ。


「キャメルちゃん……ここは」


「いや……大丈夫。みんな先に行ってて」


 彼女たちはいまにもツバでも吐きかけそうな態度で、アークの横を過ぎ去る。


「相変わらずだね。仰々しくてさ」


「……一体なんの用かしら? 要件によっては、ワタシも慈悲を与えるつもりなんてないけど」


「赤ちゃんのころから一緒にいる子と話すのに理由がいるの? それじゃ寂しいね」


「……アナタ、本当にアーク?」


「本当ってなに?」アークは空を見上げるような、いってしまえば関心がないような目つきで、「本当もなにもないよ。人間にさ、本当なんてあったらおもしろくないじゃん?」


 キャメルは直感的な感覚で、目の前にいるのは彼女の知るアーク・ロイヤルでないことを悟る。彼はなにかを失った。いや、なにかを手にした。なにかを得てしまったがゆえに、人格さえも不安定になっている……と推察する。


「そうかもしれないわね。けれど、そんなことをいうアナタなんて誰も見たくないわ」


「うん、ボクも見たくなかった。あんなに強かったキャメルが、あんなに普通な女の子みたいにボクへすがってくる姿は」


「……あれは──」


「クールくんのことが好きなんでしょ? いや、クールくんみたいな役割をボクに求めてるんでしょ? 強くて偉大なお兄ちゃんを。でもさ、キャメルはもっと考えたほうが良いよ? クールくんみたいな人なんていないってことを。あの人は強すぎる。そうは思わない?」


「……くだらない説教でもしに来たのかしら? 幼なじみと世間話をするわけでなく」


「いいや、ボクにも余裕が生まれたってことさ。あのとき、ボクはキャメルのいってることの意味がわかんなかった。なんであんなにボクを求めるのかもわかんなかった。キャメルはボクなんかよりもかっこよくて強い人をたくさん知ってると思ってたから」


「……そうね」キャメルもまた喫煙でもするように宙を見上げながら、「子どもの考えることに正解はないってところかしら。ワタシもすこし余裕が生まれたのよ。ある親戚と会ってね」


 キャメルの脳裏には、あの銀髪で青い目をした少女が焼き付いている。到底一〇歳児とは思えない、自らを一〇歳だとうそぶいているような幼女が。


「いまだって子どもじゃん」


「……ねえ、ワタシとやり合いたいの?」


「別に良いけど」あっさりといい放ち、「さっき、野球をなんとなく眺めてたんだ。あれのルールはよくわかんないけど、サッカーより点が入りやすいことくらいはわかる。だから、一〇点差で負けてた試合が三点差くらいまでうまるんじゃないかな?」


「あら、随分と自分を高く見積もるのね。自信過剰は自分を滅ぼすわよ?」


 キャメルはこの学校の主席だ。それが三点差まで詰め寄られたら、プロリーグでMVP級の活躍をする選手としては恥なんて次元ではない。キャメルは負けてならないのだ。負けることが許されないのだ。


「どーだろうね。率直に思ったこといっただけだけどさ」


「……勝機があるのか、正気じゃないのか、ここで証明してあげようかしら?」


「相変わらず短気だね。キャメルに良い男の子がやってこないのはさ、そういう性格だって起因になってると思うよ?」


「だから?」キャメルの語気は強い。


 一触即発の雰囲気だ。キャメルはすでにアークと闘う覚悟は決まっているし、アークも表情には出さないが、こういった煽りを入れる時点で彼のなかでもなにかが決まっているのだろう。


 そんな雰囲気のなかでも、空気の読めない人間は平然と割り込んでくる。


「よお、いつぞやのカマ野郎じゃねえか。あんとき表情筋死んでたけど、いまも死んでるな。なんか嫌なことでもあった?」


 メントである。ユニフォームを着ていて、その白い戦闘服は泥やら砂ホコリやらで汚れきっている。


「……格下が割り込んできて、なんの用かしら? ワタシは苛立っているのよ?」


「知らねえよ。ただ知り合いがいたから話しかけただけだ。コミュニケーション能力が大事だからよ。つか、そうやってカリカリしてるから身長もおっぱいもちっちゃいんだ。主席さん」


「……おっぱいがちいさいのはお互い様だと思う」


「あ?」


「あ?」


 キャメルとメントの地雷は踏み込まれた。


 アークは正気に戻ったかのように、

「……ごめん。ちょっと思ったことをいっちゃっただけなんだ。別に他意はないよ。ボクだって身長低いしね」

 適切なのかわからないフォローを入れる。


「思ったこと、だあ!? てめえアタシがどんだけ牛乳を飲んでマッサージをしてると──」


「……ようやくいつもどおりのアークのようね」


 メントがコミカルな怒りを発揮しているとき、キャメルはどこか安堵の表情を浮かべていた。


「そうみたい。さっきアロマにもいわれたけど、ちょっと心療内科行ってみるよ。なんか最近変なんだ。すぐ人を傷つけるようなこといっちゃう」


「……そうしなさい。ワタシだってアナタを潰したくはないわ」


「うん、ごめんね。じゃ、また」


 アークは携帯を取り出し、おそらく病院へ電話をかけながらキャメルたちの元を去っていった。


「へえ。あんなのが好みなんだ」


「……アークと闘う気は失せた。けれど、アナタと闘う気は起きたわ」


「怖えな。やっぱカルシウム足りてねえよおめえ。短気は損気っていうじゃん?」


「極めて正当な苛立ちだと思うけれど?」


「そうか? 勝手にブチ切れて勝手に苛立って勝手に人のことボコそうとしてるだけだろ。アタシだってバカじゃねえから、主席に挑むつもりはねえ。だから、じゃあな」


 MIH学園の守備がはじまったことを知ったメントは、足早に去っていった。


「……まったく、ドイツもコイツも」


 ──短気が損気? この性格の所為で損してる? お兄様の面影をアークへ求めてる? なにをいいたいのかさっぱりだわ。これはなんの夢かしらね? 夢でないのなら……やっぱりドイツもコイツもムカつくわ。生理ってわけでもないのに。


 *


 メリットは本を読んでいた。周りは本だらけだ。本の匂いで腹痛を起こしそうになるほどである。


「……時代は電子書籍なのに」


 彼女の読む本は、ゲテモノ料理と一緒だ。普通の人は好んで読まないものである。


「ソースがない。ボツ……なんで、って忘れ去られたのやら」


 この世界の魔術はおおきくふたつに分けられる。

 いわゆるスキルといわれるヤツが、類義的には「新魔術」と呼ばれる。つい一〇〇年前ほどに理論化された魔術だ。

 そして、旧魔術とは──。


「かつて使われていたはず、そしていつの間にか消えてしまった。でも情報として魔導書っていうよくわからんものが残ってる。だろ? メリット」


「……厄介事が来た」


 メリットは根元が黒くそれ以外は紫色になっている髪色をしていて、不良風な見た目をした少年から、コーヒーを渡された。


「厄介事とは失礼な。ある意味寛大なオレを目の前にして」


「寛大? だったら一〇〇〇メニーいますぐ返して」


「それはいわねェ約束だぜ……。金がねェ人間に金を求めるなんて、無義だとは思わねェか?」


「金がないなら金を借りない。そんなこと、幼児でも知ってる」


「恋人にたいする言い草じゃねェな」


「アンタは勝手にワタシの尻を追いかけてるだけでしょ、バージニア」


 バージニア・エス。いや、彼は元王族ではないのでバージニアが本名なのだが、付き合った女子がことごとく彼をサディストというため、いつの間にかエスというあだ名が名前の後ろに来るようになってしまった、変なヤツである。


「いやいや、オレのテクニックを知らねェからそういうこといえるだけさ。仲良くしようぜ?」


「テクニック? ビッチに首輪つけて四つん這いにさせてMIH学園を散歩してた人間のテクニック? 悪いけど、SMには興味ないし、社会倫理くらい守ろうと思ってる」


「ありゃあの子が望んだからやっただけだ。おかげで一ヶ月停学。しかもその子の親が裁判しかけてきて、おまえやそのほかから金借りる羽目になった。親も呆れてなんもしてくんねェしさ~」


 つまり、そういうヤツである。メリットに関わってくる人間にまともなヤツはいない。そしてそれはメリットが異常者だという証明でもある。


「SはサービスのS。MはマスターのM……。本当、業が深い」


「そう思うだろ? オレは人の望むことしかしねェんだよ。でも、望まれたことをするとなぜか異端児扱いされる。その点、おまえは望みがわかんねェ。だから付き合おうぜって話しだ」


「望み? いますぐ眼中から消えてくれることしかない」


「そう思ってねェから絡んでるんだよ」


「そう思ってほしい」


 なかなか不毛な会話だが、メリットもバージニアを無理やり追い出そうとはしない。バージニアはランクBだが、正直実力はメリットには及ばない。その証拠もある。


「だいたい、ランクBをあっさり負かしたヤツなんだぞ、おまえは。まじでびっくりしたわ。楽勝楽勝思ってたら、なんかボコボコにされるのよ。ついにオレもバージニア・エムになっちまうのかと思ったけど、ただ痛てェだけだなあれ。サービスマンとしてはいただけない」


「口先だけは偉そうなヤツを負かしたときほど、気分の良いときはないかも」


「そう感じてねェはずだ」


「……さっきからなに? また金の無心? 次はどんな裁判? 路上で自慰行為でもやらせたの?」


「いや、ヤニくんねって話しだよ」


「……ほら」


 図書室。当然喫煙は禁止。そもそもメリットとバージニアは未成年であるため、発覚すれば停学もありえる。いや、バージニアはランクBなので喫煙程度ではなんの処分を受けないかもしれないが、ランクDのメリットは常にその可能性がついてまわる。

 それを踏まえれば、バージニアが当然のように煙草に火をつけたのはよろしくない行動だった。


「……アンタ、ワタシのこと嫌いなの?」


「んー? むしろおもしろいヤツだとは思ってるけど」


「だったら外で吸ってよ。持ち検されたら、困るのはワタシ」


「おまえはいますぐにでも煙草を吸いたそうに見えるけど」


 バージニアはなんの臆面もなくそういい放った。この男の考えていることは意味不明だ。


「一日に一〇本までって決めてる」


「嘘だね」


「……はあ?」


「肌荒れと口臭、体臭や老けるのが嫌だからそういってるだけに感じる。だいたい、喫煙者にそんな考えは必要ねェだろ?」


 メリットはバージニアが煙草を吸うのを見て、身体がニコチン・タールを欲しているのを感じる。あのクソガキが吸っているときもそうだった。だからついつい釣られて一箱吸ってしまったのだ。


「おまえの望みは……あー、いや、この場での希望はなんも気にせず煙草を吸うことだろ?」


「……まあ」


「オレは人の望んでることがかなう瞬間、それが続く時間が大好きだ。だから、ほら」


 バージニアはオイルライターの火をつけた。

 メリットはその誘惑に負け、煙草を咥えた。


 *


 あれから三〇時間。ルーシは目を覚ました。

 隣にはヘーラーが寝ていた。ルーシはライターで彼女の髪を炙り、メンヘラ天使の悲鳴とともに生きていることを確認する。


「……生きているなァ。歯ァ磨いて風呂入って返信して、と。それで? メンヘラの梅毒はなんでこの部屋へ入ってきたのかな?」


「ルーシさんと添い寝したいなあって思って……。こんなかわいい子と一緒に寝られたら、ワタシもう死んでも本望ですよぉ……」


「一時間一〇〇万メニーで検討してやるよ。だが、金のねェ客は相手にしねェ」


「そんな殺生な!! ルーシさんをワタシ好みの幼女へ創り上げたのは──!!」


「天使って頭撃たれたら死ぬのかね?」


 ルーシは近くに置いてあった拳銃をヘーラーの頭へ向ける。


「え、あの、まさかワタシのこと殺そうとは……?」


「この前もいったよな? 本当は死んでほしいくれェ恨んでいるってよ」


 ヘーラーは一目散に逃げていった。

 ルーシはため息をつき、ようやく新たな一日がはじまるので、喫煙・飲酒より先に首をゴキゴキ鳴らしながらなんとなく携帯を眺める。


「うーむ。ネクスト・ファミリーが侵攻を考えているという情報があると……。ネクスト・ファミリー? ……ああ、ELAでスターリング工業と競っているマフィアか。クールのちいせェシマすらも切り取ろうとするヤツらだ。今度の幹部会で戦略を練るか」


 そんな情報を見たあと、ルーシは学校用の携帯を見る。


「……あ?」


 そして、ルーシの目を奪ったのは、メリットやメント、キャメルやアークのメッセージではなかった。


『ルーちゃん 助けて』


 その悲壮な警報は、おしゃべりな獣娘パーラからのものであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る