第55話 後日談1、元ドブスの両親

夫と2人で日本を離れた御前みさき 由乃よしの。旧知の映画監督に挨拶に行ったところ、脇役でよければ出演を頼みたいと言われていた。


今でも海外では『the actress』と呼ばれる由乃であるが、ブランクを無視して主演級の役を狙うつもりはなかった。まずはリハビリがてら小さい役をこなすつもりであった。




撮影は順調に進む。そこまで出番の多くない由乃である。空いた時間は夫と2人きりで楽しむのみだ。あの日、身を挺して自分を守ってくれた夫が、実に20年ぶりに当時の顔を取り戻したのだ。愛しさも一入ひとしおだった。


「どうだ由乃、久々のアメリカは?」


「悪くないわね。こっちの俳優は熱い子ばかりだし。」


「くっくっく。熱すぎて火のついたタバコが飛んでくるぐらいだからな。」


「そうね。タバコの火を押しつけられても下を向いたら負け。何年経っても変わらないものね。」


「どいつもこいつも生き残りに必死だからな。出稼ぎ気分ならたちまち食われちまうな。出稼ぎ気分ならな?」


「ふふっ、教えてあげないとね。大和魂ってやつを。その程度の熱で私に火は点けられないって。」


「くっくっく。お前はいい女だよ。」




そして由乃の出番がある日。由乃の役は街並みを3人でただ歩くだけ。


『スタート!』


横並びに歩く3人の女性。由乃は真ん中だ。

正面から狙うカメラ。両脇の女性は仲の良さを演出するためだろうか、由乃の背中に手を回している。


「今度3人でセントラルパーク脇のバルに行かない?」

「いいわね。私アンチョビのピッツァが食べたいわ」

「そうね。浴びるほどビール飲みたいものね」


『カット! オッケーだ!』


あっさりと終わった。特に難しいシーンでもない。


「ジェニファー、シャロンありがとう。いい演技だったわ。」


そう言って手を差し伸べる由乃。


「あなたも歳の割にやるじゃない。歳の割に」

「歳はとりなくないわね。感覚が鈍ってるんだから」


「あなた達はもう少し体を鍛えた方がいいわね。子供のイタズラじゃないんだから。」


「アウッ!」

「シッッ!」


由乃はただ2人と握手をしただけ。2人は撮影中に由乃の背中を抓っていただけ。

こうして無事に撮影は終わったのだった。なお、ジェニファーとシャロンの出番はここまで。だから例え手の骨が折れていようとも撮影に支障はない。


なお、カメラが回っていない時の妨害行為は全て夫、大河がシャットアウトしている。ナイフを持った暴漢だろうが、銃を持ったチンピラだろうが。

もちろんカメラが回っている時は、いかなる嫌がらせをしようとも由乃の顔色を変えることすらできなかった。常に完璧な演技で周囲を黙らせる女優の姿がそこにあった。




時に由乃に内定した主演の座を狙ってマフィアを動かそうとした女優もいたが、どのファミリーも相手が『the actress』だと知ると軒並み手を引いてしまった。

『磯野よしの』の身を獰猛な『タイガー』が守っていることはその筋では有名である。つまり、割に合わないのだ。狙ったという事実だけで『タイガー』は容赦ない報復をしてくる。ファミリーの命運を賭けてまで手を出す仕事ではないし、よしんば成功してしまったなら世界中を敵に回すことにもなる。そんな仕事を請け負うのは、後先考えないチンピラぐらいのものだろう。




こうして大女優『磯野よしの』の復帰は全世界に知れ渡る。

なお、ハリウッドでは3本の映画に出演したが、その最中にインドとフランスからオファーが来ている。次はどこに行こうかと由乃と大河はピロートークを続けるのだった。

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