第34話 元ドブスは紅茶をいれる

何事もなく1週間の時は流れ、文化祭の前日。


私のクラス、2年1組の出し物はメイド喫茶。

私以外の女の子はみんなメイド服を着て接客。私と男の子はお茶や料理の担当ということになっている。いつ決まったんだろう。


「御前さんの担当は紅茶ね。300人分用意しておいて」


「私が? お金は?」


前日に言われてもね。


「さあ? 担当なら何とかしてよね」


これもイジメの一環だろうか。一体いつそんな話になったんだろう。


「パックの紅茶なんかで済まさないでよ。有名人とかも来るんだから」


「そう。」


無茶ぶりもいいところだろう。イジメのスケールを超えてないだろうか?


「じゃあ確かに任せたから!」


ふぅん。別に私としては明日休んでも全然構わないけど。休んだくせにしれっと城君とのダンスにだけ参加するぐらいの厚顔さはあるつもりだ。


でもこのパターンはもしかしたら……私ができないことを想定されているのかも知れない。何の用意もできてない私をみんなで笑い者にして、北条あたりがあらかじめ用意していた高級茶葉なんかを使うとか?

ありえるな……


よし。それならママに相談かな。なんだか良いように使われてる気もするけど。せいぜいおいしい紅茶をいれてやろう。




家に帰って事情を話したら、ママは早速どこかへ電話をかけてくれた。


「さあ、これで茶葉の問題は解決ね。次は静香よ。紅茶をいれてみなさい。」


「ありがとう。やってみるね。」


まずはポットに水をいれる。水道の蛇口から勢いよく激しく。

そして水道水を沸かす。沸騰してもしばらく待つ。

メジャーカップやティーポットにもお湯を注ぎ温めておく。

今日の茶葉はダージリンのオータムナル、これをきっかり3g、お湯を捨てたメジャーカップに入れてから熱湯を注ぐ。私とママの二人分。

蒸らし時間は4分、その間にカップにもお湯を入れ暖めておく。


そろそろかな。ティーポットとカップのお湯を捨て、茶漉しを使いながら紅茶を注ぐ。

ティーポットもティーカップもママのお気に入りは『大倉』だ。


さあ、ティーポットからカップに注いでおしまい。いつも通りやったつもりだけど、どうだろう。


ママがカップを持ち、一口ほど飲む。


「味に関しては合格ね。文化祭レベルなら問題ないわ。問題なのは水と時間ね。一杯作るのに5分も10分もかけるわけにはいかないし、学校の水道水でこの味は出せるかは疑問ね。」


「そっか……分かった。ママありがとう。後はどうにかしてみせるね!」


「期待してるわ。私も結牙を連れて行くからね。」


「うん。待ってるね。」


水はどうにかなりそうだけど時間かぁ。どうしようかな。よし、気にしない。待たせればいいや。そんなの私が気にすることじゃないし。私は美味しい紅茶をいれることだけを考えよう。





そして翌日。私が起きた時にはママが手配してくれた茶葉がしっかり届いていた。ありがたいな。


「埼玉の狭山茶よ。ストレートでも美味しいけどミルクティーにしても良いものよ。頑張ってね。」


「ありがとう! 狭山茶は初めてだけど、頑張ってみるね!」


ママってコーヒーも紅茶も結構国産が好きなんだよね。おまけも持たせてもらったし、今日は頑張ろう。




「静香、おはよう。仮装は用意してきたか?」


「おはよう。あ、忘れてた。昨日色々あってね。まあ制服で踊るよ。城君はどんな仮装なの?」


「内緒に決まってんだろ。楽しみにしといてくれよ。」


ところで最近、駅から歩く際にやたら注目されるようになった。痴漢には毅然と対応できるようになったからいいけど、他校の男の子達から写真を撮ろうとされるのが不快だったりする。確かにこれは以前ではあり得なかったタイプの苦労だな。城君も注意はしてくれるけど中々減らない。


「時間があったら紅茶飲みに来てね。母がいい茶葉を手に入れてくれたんだよ。」


「紅茶か。俺に違いが分かるかな。でも楽しみにしとくぜ。」


「私も飲んだことがない茶葉なんだよね。どんな味なのか楽しみだよ。」


「そっか、じゃあ後でな。」


文化祭か。去年は徹底的に無視されてたから何もしなくて済んだんだよね。一人で焼きそばとタコ焼きを食べてから図書室で過ごしたんだったかな。あれはあれで気楽でよかったけど、城君と一緒の生活を知ってしまった今となっては、もう戻りたくないな。すっかり贅沢に慣れてしまったな。もう城君なしの人生なんて考えられないよ……私は弱くなったのかな。



教室に到着。すでに何人か来ている。


「あー御前さん。紅茶を作るのはここのスペースを使ってね。コンロはこれ。で、紅茶は用意できたよね?」


「うん。できてるよ。場所のセッティングありがとう。今日は頑張るから。」


「そ、そう……うちのクラスに恥をかかせないでよね……」


この教室は料理とお茶をいれるのに使用し、隣の教室が喫茶店となっている。開始までまだ1時間半ぐらいあるし、まずは何杯か作って味を確かめてみよう。それにしても教室内にこんな大きなガスコンロを用意するなんてみんな本気なんだな。私も頑張らないと。




家と同じようにいれてみた。どうかな。


「おいしい!」


思わず声を出してしまった。さすがママが選んでくれた茶葉だけあるな。狭山の紅茶か。香りは豊かだしダージリンより甘みが強い。でもやっぱり問題は時間だよね。お水も汲みに行かないといけないしカップの数にも限界があるだろうし。でも美味しいなあ。余ったら今度城君のおうちに持って行きたいな。

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