第32話 元ドブスは登校する
それからの入院生活は非常に楽しいものだった。城君には悪いけど私は本当に穏やかな気持ちで過ごすことができた。
他人の視線に怯えなくていい生活。担当の朝比奈さんと城君、後は家族にしか会ってないのだから当然だけど。
そんな毎日にも終わりは来る。
「静香、明日から学校には行けそうか?」
「うん、2学期だしね。城君も登校できるんだよね。駅から一緒に行く?」
「おう。楽しみだよな。どいつもこいつも腰を抜かすぜ?」
「大袈裟だよ。誰も私だって気付かないよ。」
「どうだろうな。楽しみだよな。文化祭もあるしよ。俺もそれまでにもっと動けるように頑張るからよ。」
「うん、城君とダンスをするなんて今からドキドキしてるよ。」
文化祭……今まで私には縁がなかった祭典。クラスで出し物をしたり、部活ごとにイベントがあったり。そしてフィナーレのダンス。思い思いの仮装をし、意中の相手を踊りに誘う。それも男の子から誘わなくてはならないのが暗黙のルールだったりする。誰からも声をかけられなかった女の子にお情けで声をかける男の子もいるけど、私にはお情けで声をかけてくる子すらいなかった。当たり前だよね。
でも、今年は城君とダンスをすることになりそうだ。今からドキドキしてしまう……仮装って何をすればいいのかな……
城君はどんな服装でも似合いそうだけど。
そして8月末。今日から2学期。私はいつも通り最寄りの駅までは自転車で行き、そこから電車に乗る。そして電車を降り、改札を抜けたら……
「待ってたぜ。行こうか。」
そう言って手を差し出してくる城君。
「おはよう。うん、行こう。」
その手を取る私。
今日ここに来るまでに感じた視線。いつもの嫌悪感や蔑みを満載したものとは全く違っていた。今まで感じたことがないタイプなのでよく分からないけど、不快感はなかった。
ただ、怖かったのは痴漢だ。初めての経験だからどう対処していいか分からない。そもそも気付いたのは降りる直前だった。てっきり鞄か何かが当たっているのかと思ったら……降りようとして体の向きを変えた時に目に入ったのは私のお尻に当てられていた手。その時は「ああ、手か」としか思わなかったが、電車を降りた瞬間……痴漢だと気付いて急に怖くなってしまった。明日から、どうしよう……
「あっ! 九狼君! 九狼君が歩いてる!」
「退院したの!? もう元気なの!?」
「隣の女は誰よ! 見たことないわ!」
「ブス香よりマシよ! 悔しいけどお似合いね!」
「ブス香かわいそー、ぷぷっ」
遠巻きに何か言われている。やっぱり城君は人気だな。
「九狼君おはよう! すっかり元気そうだね!」
「おお、おはよう! 心配かけたな。まだ部活には出られないけどな。放課後は病院でリハビリをすることになってんだ。」
バスケ部のマネージャーさんだ。白い肌だったはずが日焼けして健康的な色になっている。
「それで、その……御前さんとは……どうなったの……?」
「ははっ、おい静香。呼ばれてるぜ?」
私に水を向ける城君。
「え!? は、うそ!? この美人さんが!?」
美人さんと言われてしまった。ママに似た顔なんだから当たり前だけど、やっぱり嬉しくなってしまう。
「御前 静香です。色々あってこんな顔になりました。」
「は!? はぁぁあ!? ホントに御前さん!? 何それっ!? 整形!?」
「厳密には違うけど、別に整形と思ってくれていいよ。あのブツブツって明らかに病気っぽかったしね。」
「うそ……あんなに酷い顔が……こんな……美人に……」
やっぱりそう思うよね。この人はまともな人かと思ってたけど、やっぱり私のことそう思ってたよね。
「ちょっと聞いた? あいつブス香なんだって!?」
「絶対嘘だって! あの顔が整形したぐらいで治るわけないじゃん!」
「だよね! だよね! 絶対そんなわけないわよね!」
「だってあの顔……北条さんより……きれいだよね……」
「まるであの女優さんみたいだし……大昔の……」
見下されないのはいいけど、何だか変な気分。放っておいてくれたらいいのに。いないものとして無視しておいてくれないかな。
「じゃあな。昼休み、楽しみにしてるから。」
「うん。屋上ね。」
今日も簡単ではあるが料理を作ってある。城君はおいしいって言ってくれるかな。
そしていよいよ教室へ入る……
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