第31話 ドブスは蝶になる
ゆっくりと目を開ける。
思った以上に眩しい。
あ、ママだ。
ママが私を見ている。
そんなにまじまじ見ないでよ。
あれ?
ママ、少し若返ってない?
「静香、どう?」
あれ? ママの声が後ろから聴こえた。
「静香、鏡をよく見てご覧なさい。」
鏡?
鏡だ。
私の目の前にあるのは曇り一つない鏡だ。
鏡に映っている女性は……
シミもブツブツも何一つない、透き通るような白い肌。
瞼の上を覆っていたブツブツもなく、目がぱっちりと開いている。
鼻筋がすっと通っており意志の強さを感じる。
これが……私なの?
「こ……れ……」
口が全然動かない。2週間もの間ほとんど動かしてなかったから。
「そうよ。それが本当の静香の顔よ。」
「マ……マ……」
「本当はね。静香には苦労させたくなかったから仕上がりを無難に調整することもできたの。ごく普通の顔にね。でも、それは逃げでしかないわ。だから西条先生には何も調整をお願いしてないの。そのままの顔、静香が生まれながらに持つはずだった顔がそれなのよ。」
これが本当の私の……
よく見ると単純にママそっくりなわけではない。目元はパパに似て微かな力強さを感じるし、鼻の形なんて結牙とお揃いだ。
鏡の前、涙が止まらない。
これが本来の私。
「マ……マ……さい……じょ……」
「静香、よくがんばったわね。地獄のような1ヶ月を本当によく……」
「静香ちゃん。君が体を張ったおかげで貴重なデータが取れた。お父さんに手術をする際にはもっと効率よく、安全にできるだろう。」
ママが泣いている……初めて見た……
パパも治るんだ……よかった……
「あり……が……」
「わかってるわ。無理に喋らなくていいのよ。このまま夏休みが終わるまで様子見ね。まだ退院はできないからゆっくりしてなさい。」
「う……ん。」
西条先生には今後の注意点が書かれたプリントをいただいた。私が注意することは薬をきちんと飲むことぐらいだけど。
やっとお風呂も入れるし、食事もできる。段階を追って元の生活に戻っていくようだ。
よし、城君に会いにいこう。そろそろリハビリが終わる頃だよね。
普段なら声をかけるところだけど、口が動かないからノックで。
「城ならいないよー」
女性の声だ。聞き覚えがある。誰だったかな。まあいいや、いないなら出直そう。
「静香?」
自分の病室に入ろうとしていたら横から声をかけられた。城君に。
「う……ん……」
ゆっくりと首を縦に振る。横顔を遠くから見ただけで私だと分かってくれたんだ。それともパジャマが同じだからかな。
「本当に静香なんだな……なんて綺麗なんだ……」
「じょ……く……」
熱に浮かされたかのように私に近寄ってくる城君。あ、ダメ、ここは廊下……
「ふーん? 私がいくら誘ってもちっとも相手してくれなかったのはその女と浮気してたからね? ドブスと付き合い出したって聞いた時は正気を疑ったけど」
「
「城に会いに来たに決まってんでしょ。ドブスに飽きてそんな地味な女と浮気してんでしょ? そんなら私とも遊ぼうよ。城は横になってればいいし」
あんじゅら……思い出した。撮影の時にいた傍若無人な女だ。水本先輩の母方の従姉妹ってことは城君と血の繋がりは、ない。
「帰れ。クソ兄貴から聞いてないのか? 俺はもうお前らとは縁を切ったんだよ! 関わってくるな!」
「は? 金がないくせに? こんな病室に入院してるくせに? ははぁん、その女ね? その女が金出してんのね? ふぅん、そっちのあんたさぁ、金で男を買うような真似して恥ずかしくないの?」
ここは病院で私も彼も患者です。お見舞いに来たのでないのならお引き取りください。
って言いたいのに……口が動かない……
「何とか言えよ! 私を誰だと思ってんのよ! あんたみたいな一般人が気安く会える相手じゃないのよ!」
「はぁいそこまでぇ。ここはVIPエリアだからねぇ。関係者以外は立入禁止さぁ。はいはい帰った帰った。」
朝比奈さんは頼りになる。
「何よこのケバい女! あんたも城に手ぇ出そうとしてんでしょ! この色情狂!」
「はーい時間切れアウトぉ。制圧するわねぇ。」
朝比奈さんはあっと言う間にあんじゅらを床に叩き伏せた。そして手を後ろに組ませてから手錠をかけた。
「ちょっとあんた! 何考えてんのよ! 私を誰だと思ってんのよ! こんな病院なんか潰してやるから!」
強気だなあ。朝比奈さんに引きずられながらもずっと同じようなことを言い続けていた。
「静香……見せてくれ。お前の顔を……」
「じょ……く……」
「信じらんねーぐらい綺麗だ……静香って本当は天使だったのか?」
「い……ちが……」
あっ、城君が……抱きしめてくれた……
「よくがんばったな。静香はすごいよ。」
「う……ん……」
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