第19話 天は悪行を裁かないⅠ


 冬期休暇が終わり、学園に戻って来てから一週間が経過した日の夕食。

 その日のメインはカリーライスだった。


 カリーライスは様々な種類の香辛料を使った肉と野菜の煮込み料理を、ライスにかけて食す料理である。

 元々、東洋の料理だったものを我が国(厳密には連合王国を構成する四つの国の一つ、アールフランド出身)の植民地総督が紹介したものらしい。

 現在は様々な改良が加えられているので、現地のものとは似て非なるものになっているようだが。


 さて、このカリーライスを初めて食べた時(それは学園に入学して三日後のことなのだが)、私は目を疑った。

 

 見た目がどう見ても、体外へ定期的に放出されるアレに似ていたからである。

 できれば一日に一回、最低でも三日に一度くらいの頻度で出しておきたい、アレだ。

 乙女的には言葉にしたくないアレ。

 男子が大好きなやつ。






 まあ、つまりう〇ちだ。





 そういうわけでカリーライスのファーストコンタクトは「おい、どうしてう〇ちが皿の上に乗っているんだ?」だったのだ。

 しかもよく見たら、黄色い虫の卵みたいなものが付け合わせで添えられている。(ちなみにこれはのちに分かったがターメリックライスというらしい)


 う〇ち+虫の卵だ。


 どう考えても口にしていいものではない。

 が、しかしみんな美味しそうに食べるではないか。


 おいおい、嘘だろう?

 と思いながらも、物は試しだと思い恐る恐る口に運んだ。


 すごくおいしかった。



 

 というわけでカリーライスは私の好物の一つになったのだ。

 最初はう〇ちにしか見えなかったのに、一度美味しい食べ物だと認識すれば途端にカリーにしか見えなくなるのは大変不思議である。


 というわけで、食卓に並んだカリーライスを私は喜んでお皿に乗せ、そしてスプーンで口に運んでいた。


 見た目は先ほども言った通り、決して美しくはない。

 しかし口に含むと、非常に繊細でエキゾチックな香りが鼻を突き抜ける。

 味わいは一言では言い表せない。

 辛くて、しょっぱくて、そしてどこか甘いのだ。


 見た目が虫の卵のライスだが、これは大変カリーに合う。

 ほんのりと甘みがあるこの穀物が、カリーの味によく絡み、引き立ててくれるのだ。


 いやぁ、美味しい。

 香辛料の食欲増進作用もあっていくらでも食べられそうだ。


(やっぱり可愛いなぁ……)


 そして私の顔をチラチラと見てくるジャスティン。

 ……こいつについてはもう、諦めることにした。


 と、ジャスティンはいつも通りではあるが……


(本当によく食べるね、ミス・スミスは)

(……どういう胃袋しているのかしら。この大食い女は)


 前者はジャスティンの親友。ミスター・ブランクラット。

 後者はその婚約者、ミス・エデルディエーネことクロワッサンである。


 最近は私とジャスティンを含めたこの四人で行動することが多い気がする。

 私とミスター・ブランクラットは友人ではないが、しかしジャスティンという共通の友人がいる。

 だから一緒になることは珍しくない。

 そして私とミスター・ブランクラットが一緒にいると、必ずミス・エデルディエーネが横から入り込んでくるのだ。

 彼女は私が自分の婚約者を取ろうとしているのではないかと、警戒しているのだ。


 ……厳密には警戒していた。


(前まではレイモンド様を盗ろうとしていると思っていたけれど、この子が好きなのはミスター・ウィンチスコットの方だったのね。……一緒に前夜祭と聖誕祭を過ごしたらしいし)


 と、誤解は解けた。

 更なる誤解を生んでいるが。


 そういうわけで私がジャスティンに惚れていると勘違いしているこのミス・エデルディエーネは私を「仲間」と認識しているらしい。

 同じ恋する女の子同士、みたいな。


 訂正したいところではあるが、何を言っても「照れ隠しなのね。案外、可愛いところがあるじゃない」などと聞く耳を持たないのであきらめた。


 まあ、敵意を持たれるよりは好意を持たれる方が、精神的には楽だ。

 実害も今のところはないし。


 ………………

 …………

 ……


 別に同性の友達が欲しいと思っていたとか、そんなんじゃないから。

 勘違いしないで欲しい。


(それにしても、どうしてこんなに食べて太らないのかしら……やっぱりミスター・ウィンチスコットに好かれるために、陰で努力しているとか? そうよね。この子、努力家だし。……どういう運動をしているのか、聞こうかしら?)


 ミス・エデルディエーネは少しふくよかな体型を気にしているらしい。

 しかし私から見ても、別に気にするほど太っているわけではないように見える。

 むしろ箇所によっては発育が良くてうらやましいと言えないこともない。


 まあ、確かに小太りではあるし。

 見ていると東洋の肉饅頭を食べたくなるような体型であることは間違いないが……じゅるり。


(でも、痩せない方法とかを具体的に聞くのは……なんか、気にしているみたいで恥ずかしいし……そうだわ! 運動、どんな運動やスポーツをしているのか聞けばいいんだわ!)


 ジャスティンのお家にお泊りした時の昼食で出た肉饅頭の味を思い出していると、知らないうちにミス・エデルディエーネがそんなことを考えていた。


「えー、ごほん。ミス・スミスは……何か、ご趣味とか。スポーツとかを嗜まれてはいるのかしら?」(クラブ活動に参加しているということは聞かないけれど、きっと個人的に何かしているわよね? そうでなければ、あんなに細くてスレンダーな体型は維持できませんわ!)


 そして割と唐突に私にそんなことを訪ねてきたミス・エデルディエーネ。 

 これが私でなければ、あまりの唐突の質問に驚いていただろう。

 ……彼女はあまり人付き合いが得意なタイプではないようだ。

 まあ……考えてみると、私たち以外の人と話している姿を見たことないし、きっと友達いないんだろう。


 私は自分を棚に上げて、ミス・エデルディエーネを哀れんだ。

 さて、私の運動事情に興味があるのはどうやらミス・エデルディエーネだけではないようだ。


「そう言えばスポーツの時間では、ミス・スミスはよく活躍しているらしいね」(足も速くて、体操も、球技もできると、話しているのを聞いたことがある)


 ミスター・ブランクラットも気になっているらしい。

 ……スポーツの授業中、私をジロジロと変な目で見てくる男子が一部いるが、そいつらから聞いたのだろうか?

 

(オリヴィアの好きなスポーツ? 格闘技くらいしか知らないな。そういえば)


 そして頓珍漢なことを考えているジャスティン。

 別に私は格闘技が得意なわけでもなければ、喧嘩が好きなわけでもない。

 まるで私が人を殴りたくてうずうずしている暴力系女子みたいな、そういう認識はやめていただきたい。

 ただ右の頬を殴られたら、両頬を殴った上で歯を圧し折ってやるようにしているだけだ。

 

 ……私の運動事情など聞いたところで、面白くはないと思うけど。

 まあ、しかし隠す意味もない。


「別に好きなスポーツや嗜んでいるスポーツはありません。いえ、体を動かすのは好きですが」


 体を動かすのは好きだ。

 そしてスポーツは得意だ。


 また、今は勉強ばかりではなく適度に体を動かした方が健康に良いことも知っている。


「一応……毎朝、少しランニングをするようにしています」

「へぇ……」(い、意外と本格的……やっぱりそれくらい必要なのかしら)

「ほぉ……」(健康的でいいね)

「……」(知らなかった。というか、誘ってくれても良いじゃないか……)


 なぜか、ジャスティンが不機嫌になった。

 拗ねてしまったようだ。子供か。いや、子供だが。

 ……今度、誘ってあげよう。


「後はそうですね。……寝る前に筋トレもしています」


 それくらいなら誰だってするだろう。

 紅茶を飲みながらそう答えたのだが……何だ、反応が妙だぞ。


「ちなみに何を、何回?」(腕立て伏せを二十回くらいとか? まあ、さすがにそのくらいよね? 女の子だし)


 ミス・エデルディエーネが尋ねてきた。

 腕立て伏せ二十回って……そんなのしてないのと同じだろ。


「腕立て伏せと腹筋と背筋を百回、スクワットを二百回くらいです」


 それくらいは普通だろう。

 そう思いながら答えると……三人は顔を引き攣らせた。


「……へ、へぇ」(……頭おかしいんじゃない?)

「……なるほど」(キリングメスゴリラと呼ばれている理由がはっきりしたね)

「だからか」(そりゃあ、強いよな)


 ……私がおかしいのか?

 いや、おかしくないはずだ。

 私は合理的な判断の下、体を鍛えているのだ。


「……いざという時、役に立つのは体ですよ。体は裏切りません。鍛えておくべきです」


 筋肉は裏切らないぞ。

 男は裏切るけど、筋肉は裏切らない。

 鍛えれば鍛えるほど、答えてくれる。

 それに問題解決の最後の手段は筋肉だ。

 減らず口も殴れば閉じる。


「……でも、あなたは女の子じゃない? 女の子はその、強くなる必要なんてないと思うの」(それに筋肉が付き過ぎるのは、可愛くないと思うし……)


 そんなことを言うミス・エデルディエーネ。

 脂肪より筋肉の方がマシだろう。


「何を甘っちょろいことを言っているんですか。女だからこそ、鍛えなくては」


 暴漢は女だからと容赦してくれないぞ。

 というか女だから襲い掛かってくるわけだが。

  

 逃げるにも、股間を蹴り上げるにも。

 筋肉は必要じゃないか。


 そんなわけで筋肉の必要性を力説したのだが、イマイチ伝わらなかった。

 だけどジャスティンは「体力でオリヴィアに負けるわけにはいかない」と妙な火がついたようだ。


 ……よし、今度、筋トレとマラソンに誘おう。


 勉強だって一緒にやった方が楽しいのだから、筋トレだって楽しいはずだ。



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