29話「同じ気持ち」

 俺が……格好いい?


 今、山田さんは確かにそう言った。

 自分で言うのもなんだが、美容室で生まれ変わった今の自分ならまだ分かる。


 でも、そうじゃなかった。

 それは生まれ変わる前の、無個性陰キャだった頃の俺に対して言われた言葉だった。


「いや、前の自分は全然……」

「ううん、近くで見たら普通に分かるよ」


 謙遜したが、山田さんは嘘を言ってる感じは全く無かった。

 というか、このタイミングで嘘を付く必要もないだろう。


「今の太郎くんは、それがオープンになっただけ」

「オープン?」

「うん、だから太郎くんは、女の子からどんどん人気になってるよ?」

「それは、まぁ……そうかもしれないね」

「うん、だからね、最初は良かったねって思ってたんだけど、最近はなんだか太郎くんが遠くへ行っちゃう気がして、そう考える度に嫌だなって気持ちになるの」


 山田さんは自嘲するような笑みを浮かべる。


「そ、そんなことは……」

「ううん、だってもし太郎くんに彼女が出来たら、きっとその子の所に行くでしょ? だからこれは私の問題。太郎くんと仲が良いのは自分だけだって、独占欲が湧いてたの」


 独占欲が湧く? あの山田さんが? 俺に対して?


 これは夢か何かだろうか、思いもしなかった言葉に何とも言えない感情が込み上げてくる。


 だから俺は、素直に気持ちを語ってくれた山田さんにちゃんと自分の気持ちを伝えるべきだと思った。


「……それは、同じだよ」

「同じ?」

「……うん、俺も同じ。華子さんと仲良く出来てるのは自分だけだって、それが凄く嬉しいっていうか……その事に独占欲も湧いてるんだと思う。だから華子さんが他の男と話してたらって思うと、悲しい気持ちになるっていうかなんていうか……」

「……そ、そっか」

「……うん」


 上手く言えないけど俺の気持ちを正直に伝えると、山田さんも顔を赤くして下を向いていた。

 恥ずかしがってるのかなと思っていると、山田さんの肩がフルフルと震え出す。


「フフ、じゃあ本当に同じだったのね」

「ハハ、そうだね」


 なんだか可笑しくなって、二人で笑いあった。


 山田さんも俺との関係を大事に思ってくれてた。

 その事を知れただけでも、今の俺には十分すぎた。



 ◇



 こうして、この後も暫く他愛ない話をしていると、時間はあっという間に二十時を回っていたため、そろそろ帰宅する事にした。


「今日はありがとね。楽しかったよ」

「こちらこそ。それに、晩御飯ご馳走さまでした」

「……うん、あのね。太郎くんさえよければ、また食べに来て欲しい、な」

「……あ、う、うん! また来るよ! そ、それじゃあ!」


 最後の最後まで破壊力抜群の山田さんに、俺はテンパりながらもそう返事をすると、そのまま逃げるように帰宅した。


 そんな俺の事を、山田さんは面白そうに笑って見送ってくれた。


 なんだか色々あった一日だったけれど、今日一日で山田さんとの距離はかなり縮まった事が嬉しかった。

 まさか家にまで上がれるとは思いもしなかった。


 でも俺は、山田さんに気持ちを伝える事は出来なかった……というか、まだ伝えないでおいた。

 山田さんは、今の俺との関係を大事に思ってくれてる事が嬉しかったし、だからこそ、今はこの関係を大事にしてあげたかった。

 でも、このままずっといくわけにもいかない事ぐらい分かっているから、いつかはちゃんと伝えなければならない。


 だからこれから、どうしたらいいのかとぼんやり先の事を考えながら夜道を歩いて帰宅した。

 そして家の扉を開けた途端出てきた千聖に、山田さんとの関係を根掘り葉掘り尋問された俺は、グッタリと疲れてこの日はすぐに眠りについたのであった。


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