24話「ショッピングモール」
公園を出た俺達は、最後にこの街一番のショッピングモールへ向かうことにした。
引っ越してきてバタバタしっぱなしだったから、新しい洋服が欲しいという山田さんの希望で、今日の最後に向かうことにしていたのだ。
正直、俺は服には疎いし、それに山田さんと服を買いに見て回るなんてちょっと……いやかなり緊張するんだけど、一度オッケーしたからにはもう腹をくくって行くしかなかった。
まぁでも、公園でのいい子いい子攻撃を何とか受けきった今の俺に、最早敵などないのだ。
頭を撫でられるあの感触を思い出すだけでも胸がドキドキしてくるのだが、こればっかりはもう仕方ない事だからノーカンだ。
ショッピングモールへ着くと、レディースファッションフロアへとやってきた。
そこは、当然見渡す限り女性モノだらけで、最早敵などないと思った矢先にこの馴れない環境を前に居た堪れない気持ちになってしまった。
そして何故か、すれ違う人や店員さんまでもがこっちを見てくるのだ。
いつもだったら、山田さんが目立ってるだけだなで済むんだが、今回半分は確実に俺の事を見ていた。
というか、俺と山田さん、歩いてるだけなのにめちゃくちゃ目立ってる気がする……。
「もう……」
「ど、どうかした?」
周りの視線にソワソワしていると、隣で歩く山田さんから珍しく不満の声が漏れた。
「……皆が太郎くんの事見てる」
「あ、あぁ、なんだかそうだね……いつもは見られるのは華子さんなのにね……」
「……太郎くんは分かってない」
「え? な、何が?」
「何でもないよ」
やっぱり山田さんはちょっと不機嫌だった。
でも、今の会話で疎い俺でも流石に理由は察しがついた。
今も俺に向けられてる周囲の視線の多くは、異性として向けられていという事に――。
何が? とは言ったが、皆が俺の事を見ていると自分で言うのなんて、そんなナルシストみたいな真似は恥ずかしくて言えなかったのだ。
それにしても、俺が周囲から視線を向けられる事で、こんな風に山田さんが不機嫌になるのは意外だった。
「あ、ねぇ太郎くん! あそこの服屋さん行きたい! 今着てるワンピースもあそこのなの!」
しかし、さっきまで不機嫌そうにしていた山田さんが嘘のように、お気に入りの服屋を見つけた山田さんは楽しそうに俺の手を引いたのであった。
◇
「いらっしゃいうぇ!?」
山田さんのお目当ての服屋へ入ると、声をかけてきた店員さんがそれはもう分かりやすく驚いた。
「そ、そのワンピースうちのですよね!? す、凄い……うちのモデルみたい……いやそれ以上……」
なるほど、店員さんは自社のワンピースを完璧に着こなしている山田さんに驚いたようだ。
店員さんもショップ店員をしているだけあって相当な美人さんだが、それでも山田さんを前にすると霞んでしまっていた。
何事かと他の店員さんも集まってきたが、面白い事に他の二名もほとんど同じリアクションをしていた。
「ここのお洋服、どれも素敵です! でも私選ぶのが苦手で、何かオススメありますか?」
「「「お任せ下さい!」」」
こうして、店員さん達による本気の山田さんトータルコーディネートが開始した。
「……完璧だわ。」
「……ねぇこれ、本社に掛け合って正式にモデル頼んだ方が良くないですか……?」
「女だけど惚れそう……」
着替えが終わった山田さんを見て、三人の店員さんは口々に感想を述べた。
「……太郎くん、どうかな?」
山田さんが恥ずかしそうにそう聞いてきた。
どうかな? というのは、今着ている服装の事だろう。
「うん、凄く似合って……ます……」
白のカットソーに、スキニーデニム、その上にベージュのロングカーディガンを羽織っている山田さんは、店員さんの言う通りまるでテレビや雑誌で見るモデルのようだった。
というか、それすらも非にならない程完璧に着こなしている。
「ありがとう。じゃあ、買っちゃおうかな」
素直に感想を言うと、山田さんは少し恥ずかしそうにしながらもその服を買う事にしたようだ。
お会計時、恐らく三人のうち店長と思われる代表の人が、山田さんに名刺を渡していた。
さっき言っていたモデルの話、どうやら店側は本気なようだ。
当の山田さんは、少し困ったような笑みを浮かべながらとりあえずその名刺を受け取っていた。
◇
買い物を終えたところで、急な尿意に襲われた俺は山田さんには申し訳ないがトイレへと駆け込んだ。
そして急いでトイレを済ませ、表で待ってる山田さんのところへ向かうと、山田さんの前には見知らぬ二人の男が立っていた。
あぁ、これは絶対あれだな……ラノベとかでよくあるシチュエーションのやつだ……。
案の定、山田さんはチャラそうな二人組にナンパされているのである。
たかだか数分離れただけでナンパされてしまう山田さんは、最早流石としか言いようが無かった。
「君、凄く可愛いね。今一人?」
「違うよ」
「そうなんだ、男待ってるの?」
「うん」
「えーでも、俺達と遊ばない? 車あるからドライブしようよ?」
「興味ないよ」
「そんな冷たい事言わないでさー」
いつもの無関心で淡々と断る山田さんだが、それでも男達はしつこく話しかけていた。
俺は急いで山田さんの元へと向かい、山田さんと男達との間に立った。
「すいません、この子僕の連れなんで」
「あ? あぁ……そうか、悪りぃ……」
我ながら今凄いことしてると思う。
これまでの無個性陰キャのままだったら、絶対出来なかった行動だと思う。
それでも俺は勇気を出して山田さんを庇うと、何故か男達は俺を見るなり意外とすんなりと引いてくれたのであった。
こういう場面のテンプレとしては、男が激昂して掴みかかってくるまで覚悟していたけれど、現実そんな事は無かったみたいでほっとした。
男達が去り際「なんだよイケメンかよ……」と呟いたのが聞こえた。
「大丈夫だった?」
男達が去っていくのを確認すると、俺は慌てて山田さんの方を振り返り確認した。
俺がトイレ行ったせいで、嫌な思いをさせてしまった事が申し訳無かった。
「……うん、大丈夫だよ。ありがとう」
そう返事をした山田さんは、うっすらと頬をピンク色に染めながら、俺の顔をじっと見つめてきた。
「私……」
「ん? どうした?」
「……ううん、なんでもないよ」
そんな山田さんは、何かを言いかけたがすぐに視線を逸らし言葉をはぐらかした。
何だったかは分からないが、とりあえず無事で済んだため、気を取り直して次の目的地へと向かうことにした。
「じゃ、行こうか」
こうして、俺達は次にメンズファッションのフロアへと移動した。
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