11話「はじめての寄り道」
普段から余裕のある、完璧で王子様みたいな山崎先輩はそこには居なかった。
代わりに山崎先輩は、信じられないものを見るような驚愕の表情を浮かべながら、思わず俺達に声をかけてしまったという感じだった。
「……付き合っているのか?」
山崎先輩は、恐らく一番気になっているのであろう事を聞いてきた。
普段無表情の山田さんが、隣で楽しそうな表情を浮かべている姿を見れば、そう考えるのが自然なのかもしれない。
でも、残念ながら俺と山田さんは当然付き合っているわけではない。
というか、そんな事あるわけがないのだ。
確かに俺は生まれ変わった。
でもそれは、自分だって人並みの恋愛がしたかっただけであり、山田さんみたいな学校一の高嶺の花と付き合いたいとかそんな大それた事など、これっぽっちも期待なんてしていないのだ。
でも、山田さんと山崎先輩には今日の昼休みの一件がある。
もしここで、先輩に嘘をつけば山田さんから引き離す事ができるのかもしれない。
しかし、そんな嘘をついたところで長続きするわけがなかった。
どうせすぐにバレてしまう嘘をついたところで、意味なんてないのだから。
だから俺は、ここは本当の事を伝えるべきだと考え、山田さんに代わり口を開こうとした。
「秘密だよ」
「え?」
「行こう、太郎くん」
しかし、話そうとする俺より先に、山田さんは山崎先輩にそう一言だけ告げると、俺の腕を引いて歩き出した。
秘密と言われた山崎先輩は、「はは……秘密か、でもそれってもう……」と何かを悟ったように呟きながら、諦めたような表情を浮かべていた。
◇
しばらく俺の腕を掴みながら歩いていた山田さんは、急に立ち止まると俺の腕を離して振り返った。
「太郎くん、ごめんね?」
「え? いや、それはいいんだけど……華子さんもなんていうか、大変だね」
「うん、ちょこっとね」
これだけの美貌の持ち主だ、こういう事は別に今回が初めてではないだろう。
だからさっきみたいに、はぐらかす返事とかにも慣れているのだろう。
山田さんは、少しだけ困った顔をしながらそう答えると、再び俺の隣に並んでまた一緒に歩き出す。
「ねぇ太郎くん。ちょっと寄り道していいかな?」
駅前まで来たところで、山田さんが俺の腕を引きながら寄り道を提案してきた。
寄り道? と思って山田さんの指差す方向を向くと、そこにあったのはお洒落なカフェだった。
そうだよね、山田さんも女の子だからこういうお店入りたいよね。
俺は生まれてこの方、こんなお洒落なお店なんて入ったこともないんだけどね。
「アレがずっと気になってたの。だから、今日は太郎くんと一緒にここへ来ようって朝からずっと決めてたんだ」
山田さんの言うアレとは、店前に展示されてる食品サンプルのパフェだった。
そのパフェは色とりどりで、確かに女子はこういうのが好きなのかな? という印象だった。
まぁ、正直入るのは少し勇気がいるが、山田さんがこれだけ楽しそうに行きたいと言うのなら、付き合わないわけにはいかなかった。
「いいよ、入ろうか」
「ありがとう!」
嬉しそうに返事をした山田さんは、俺の腕を引っ張りながらそのままカフェへと入店した。
今日一日山田さんの機嫌が良かったのは、もしかしたら今日ここへ来るのをずっと楽しみにしていたからなのかもしれない。
◇
カフェへ入ってみると、内装は全体木造になっておりとても落ち着く雰囲気をしていた。
「いらっしゃいまふぇ!? ――あっ、し失礼しました! 席、ご案内いたしますね!」
大学生ぐらいだろうか? 女性のウエイトレスさんが接客をしてくれたが、俺達の顔を見るなり少し驚いて固まってしまっていた。
まぁね、いきなり山田さんみたいな美少女が現れたら、そりゃ同性でも驚くのは無理がないよね。分かる。
そうして、気を取り直したウエイトレスさんに案内されたのは、店内の一番奥にある個室のソファー席だった。
店内の手前のボックス席は外からよく見えるように全面ガラス張りになっていたので、あそこだと外からも丸見えで目立つだろうから正直助かった。
――だが、それとは別の問題が起きていた。
このソファー席、向かい合う形じゃなくて、1つのソファー席に2人並んで座る形になっているのだ。
これは所謂、世に言うカップルシートというやつだろうか……。
何も気にしていない様子の山田さんは、先にソファーの奥側に座っており、中々座らない俺を不思議そうに見ていた。
よし、覚悟を決めろ、俺!
俺は心の中で一度気合いを入れると、恐る恐る山田さんの隣に腰かけたのであった。
◇
山田さんは、例のパフェとミルクティー、俺はブラックコーヒーを注文した。
「わぁ! 可愛い!」
届けられたパフェを見て、山田さんはそれはもう子供のようにご機嫌だった。
「でもどうしよう太郎くん、食べるのが勿体ない……」
「はは、でも溶けちゃうから勿体ないよ。また来たらいいんじゃないかな」
「それもそうね! 頂きます!」
子供のような山田さんに、俺も子供を相手にしている気分になってくる。
納得した山田さんは、それから美味しそうにパフェを食べ出した。
そんな山田さんを見ているだけで、とても和む。
何この可愛い生物……。
今の席は薄いカーテンに覆われた個室のため、今ここで絶世の美少女がこんなに美味しそうにパフェを食べているだなんて誰も思わないだろうし、その姿は俺だけしか見ていない。
それは、正直物凄い優越感だった。
教室では絶対見せない山田さんの姿を、俺は今独占しているのだから。
こんな可愛い山田さんを見て、そう思わない方がおかしいってもんだ。
「太郎くんも食べる?」
一人この状況に満足しながらホッコリしていると、山田さんからいきなり爆弾が投げ込まれた。
「え!? い、いやいいよ! 華子さんも嫌でしょ!?」
「ん? 別に嫌じゃ……あっ」
そこまで言って、山田さんも俺が何を気にしているか気が付いたようで、少しだけその顔を赤くしていた。
恥ずかしがる山田さんなんて初めて見たな……なんて思いながらも、お互い顔を赤くしながら視線を合わせた。
「あのね太郎くん、そこにもスプーンあるから……」
「あっ……そ、そっか! ごめん!」
山田さんが指差す先にある入れ物をよく見ると、そこにはスプーンや箸が入っていた。
どうやら、俺はとんだ勘違いをしてしまっていたようだ。
顔が茹でダコのように真っ赤になっていくのが、自分でも分かった。
「……フフッ、太郎くん顔真っ赤だよ。面白い。」
そんな赤面する俺の顔を見て、山田さんは面白そうにコロコロと笑っているのであった。
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