第3話 カチンコチン

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 カチンコチン@突撃垢は、とてもアクティブな動画作成者だ。あることないことに因縁をつけては、現地に突撃して真相を確認するというネタ動画系暴れん坊である。このところ、カチンコチンの標的となっているのは各地のいろいろな都市伝説だ。しかし、ホラーの造詣は深くないので、それっぽいネタの種明かしを自作して、勝手に解明して完結させるという力業でのストーリーを紡いでいる。

 最近の方針転換へのきっかけは、田んぼにあったカカシがわりのマネキンの首に、非常に驚かされたことに調子に乗ってからである。それにヒントを得て作成した、トンネルの中で、(マネキンの)女の首に追いかけられる車のホラー動画が、思った以上に臨場感と迫力、恐怖感を煽り、自身の中でも秀逸な作品として完成し期待以上の注目を浴びた。車に取り付けたマネキンの首の様子は、本当に不気味で、我ながら傑作であった。

#カチンコチン

#都市伝説

#恐怖の村

「真夜中に消えるという、アシタカ山の人さらいバスを解明してください」


 カチンコチンは、アクティブではあるが、南関東在住なので、アシタカ山は、正直遠かった。しかも、#アシタカ山#人さらいバスなどというのは、知名度がない。消えるバスなら、よくある見間違いだし、面白くするにも再現自体が難しい。ネタの元を探すと、「バス」が消える、という怪異であるが、「乗客」や「人」が消えたという恐怖の怪異現象にまで達していないようである。人の多く集まって住むところ、所違えどどこにでも同じように発生するような類の、人の怨念の怪異と違って、あやふやである。

 そもそも、現在、カチンコチンはシミュラクラ現象を利用し、岩にうまいこと顔のような模様を焼きうつす作業に没頭していた。白い人の影、長い黒髪、怪しく蠢く光、叫び声、人間に由来する事象のほうが恐怖が極まる。アシタカ山は、なにかのついでに、近くを通りかかったら、そのうち、確認すればいいか。いつか、ネタに困ったらな。

 一発当てると、ネタは向こうからやってくる。ちょっと有名なところから、金を出して依頼してくれるものもある。望まれない怪奇現象を、単なるネタであったとして消したいところも多いのだ。カチンコチンは自身の思惑とは別のところで、必要とされたのであろう。


 さて、結論としては、カチンコチン@突撃垢は、ここで、この小さな噂の、情報提供者による依頼に乗るべきであった。

せめて、アシタカ山に訪れていれば、なにか変わっていたかもしれないのだ。



 ショウゴは木が好きだ。生業だから好きなのか、好きだから生業にできたのか、もうわからない。収穫できる果実は、すべて契約してあり、出荷先が決まっている。さくらんぼと、柿と栗だ。ショウゴのところでは、栗が一番高級品である。製菓材料として引く手あまたで手をかけて丹念に育てている。

3年前に、壊滅した畑もあったが、何とかその後も持ちこたえた。日当たりのいい恵まれた山あいの村である。もう今年は出荷も終わり、それぞれの畑を見て回り、冬に備える。

 国道から、県道に入り、そこからまたせまい作業道の山みちを通る。天気が良く、パトロール日和だ。山を下りたら早めに店によって、うまい昼飯でも食べよう。気分よく軽トラを運転していると、見慣れない人影があった。沢の近くの地蔵堂のわきに、ショウゴの背丈ほどの慰霊碑があるのだが、そこに座り込んでいるような女性がいた。春先の地蔵祭りの時以外は、村の人も近くの住人くらいしか歩いては通らないところだ。それ以外で訪れる見知らぬものなど、不審者である。

 ショウゴが軽トラで、慰霊碑の前をわざとゆっくり、人相を確認するように通っていると、その女性は声をかけてきた。

「えっ?戦争の、慰霊碑なんですか?」

この女は、いったい何だと思ってこんなところに来たんだろう。

「ちょっと上の河川敷みたいなところの、駐車場に車を置いて、少し歩いていたんです。」

釣りどころか、アウトドアには縁がなさそうな女性である。白くて、頬がぽわっとした、別嬪じゃないけど、かわいらしい子だ。

「ドライブのついでで、ちょっと降りてみただけなので、そのゴハン屋さんも通ってみます。」

 よくわからないが、山にはたまにこうやって珍しいものが迷い込んでくる。無邪気であったり、興味本位であったり、悪意があったり。山には山のルールがあり、所有者がいることを知らない無理解な大人もいる。

 ショウゴは念のため国道へ戻りすこし山を登って、女性の車がきちんとあることを確認した。駐車場から、沢を見上げる。茂った枝葉に見え隠れしている、新しく完成したばかりの、木製の堤防を眺めた。その下方には新しく架け替えられた橋があり、国道として沢を水平に横切っている。一部はコンクリートで固められて、土留めなどが積まれている河川から、すこしなだらかになって、この駐車場のほとりの河原に続いている。今日は駐車場には、一台の白い軽自動車が止まっているだけだ。

 先ほど出会ったその車両の持ち主は、自分で歩いて車へ戻るというので、けがをしないようにと言いながら、暗に変なことをするなとくぎを刺してきた。

 ショウゴはそのまま早めの昼食のために、アシタカの村落へ戻った。

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