【B視点】愛をこめて装花を
続・SideB
電車に揺られてうとうとしている途中、あたしは久々にあの夢を見た。
好きなものばかりが出てくる夢。好きな曲の好きなMVに好きな人を添えた、あたしにとってのよくばりハッピーセット。
最後に見たのは、あいつのとこに手料理を作りに行った日だったかな。
でも、今日は大きな変化があった。
音が消えていた。
海鳥のさえずりや打ち寄せる潮騒は届くんだけど、常にバックで流れていたはずの曲がさっぱり聞こえなかった。
どゆこと?
意識が思考へと活性化したからか、まるで停止ボタンで断ち切ったかのように夢はばっさりと霧散してしまった。
頭を大きく揺り動かされて、あたしは現実に帰還する。
ちなみに電車の窓枠にもたれてたから頭打った。いてえ。
ついでにぶつけた音でもたれてたあいつも起きたから、『だから私に寄りかかれば』と心配された。
席、逆のほうがよかったかもね。
直接海に来たのは何年ぶりだろ。
旅館のすぐ背後に広がる海岸を、あたしたちはぽつぽつと歩いていた。
「うみだー」
だーれもいない、オフシーズンの銀色の海。
冬の透明な空模様は黄昏時へ移ろいで、飴色にたなびく雲がぼんやりと浮かんでいる。
夏の夕暮れが鮮やかだとしたら、冬の夕暮れは儚げって感じ。空が白っぽいのもあるか。
コートにブーツにマフラーに手袋にイヤーマフと、お互い防寒着はめちゃくちゃ着込んでいるから寒さはそうでもない。
それでも吹き付ける北風は容赦なく、鋭利な冷気がむき出しの顔を震わせていく。
マフラーの隙間からなびく髪が舞って、毛深い生き物みたいにぶわぶわと揺れている。
「いぇー。ビーチさいこー」
両手を広げて、あたしは砂浜に長い足跡を刻んでいく。
年甲斐もなくテンアゲの状態にあった。海なし県民の宿命だ。
夏場はくそ暑いし直射日光もシャレにならないから、のびのびと眺められる冬場も悪くないもんだなーと思う。
「…………」
珍しくあいつはスマホで海を撮影していた。普段行けないぶん撮っておきたくなったのかな?
こんなくそ寒い中、あたしのロマンにわざわざ付き合ってくれているのだから。
ありがたいことですな。
「はい」
カバンを探って、自販機で売ってた熱いお茶のペットボトルを差し出す。
「ありがとう」
お茶を受け取ると、暖を摂取したかったのかあいつは頬へと当てた。
ちなみにあいつも手ぶらでいいとは言ったんだけど、わざわざ重そうなリュックを背負って出てきた。登山じゃないんだから。
はてさて、目的はバカンス気分を堪能するためだけじゃない。
こうして波打ち際をだらだら歩いているうちに、なんとなく変化の正体が掴めてきた。
曲が聞こえなくなったのは、あたしが現実で打ち明けたから。
良い夢は聖域であって、究極の箱庭。
その一部を他者と共有したのだから、特別感が薄れたのは当然のことなのである。
そして今、あたしは砂浜をひたすら歩き続けている。夢の追体験とばかりに。
MVのロケ地なんて知らないし調べても出なかったし、そもそもあっちの季節は夏だ。夕暮れの海辺って以外に共通点がない。
でも、ぶっちゃけどこでもよかったんだ。
話すきっかけになれば。
つきあわされて疑問符がぽんぽん浮かんでるであろうあいつに、そろそろ目的を告げないといけない。
あれだけの強い想いをぶつけてくれたのだから。
「海、行きたかったのはさ。あこがれがあったんだよね」
ようやくあたしは立ち止まって、後ろへ続くあいつの背後に回った。
背中を向けて、寄り添わず並ぶくらいの距離で。
それもまた、追体験の一つだ。
「去年の夏に行ったりしなかったのか?」
「あんたと行くことに意味があったんだ」
ここまで切り出せば引くことはできない。
裸体をさらすよりも恥ずかしさと特別感がある、秘めていた宝物をあたしは肉声へと送り出していく。
「高校時代くらいから何度か。あんたの夢、見たことあるんだ」
言ってしまった。
さりげなく冬の風に乗せて、言葉はさらりと流れていった。
「ど、どんな夢なんだ」
夢というものに、大抵の人はいいイメージをもたない。
なんでもありのあべこべな世界か、悪夢かのどっちかが多いから。
なのであいつも出演者の自分がどんな姿なのか、恐る恐る聞き出したいといったような。探る口ぶりだった。
「こんな感じの波打ち際でね。黙って突っ立ってる」
「……それだけか?」
「そんだけ」
モブの説明文となんら変わらない登場シーンに、あいつが心なしかちょっとだけ肩を落とす。
嘘は言ってないからしゃーない。
「ま、夢なのに何も起こらんのはMVがベースってのもあるんだろうけどね」
「そうなのか……」
その地味な内容をいつまで広げるんだ、と声が乾き始める。
「で、その曲が電車であんたに聞かせたやつ」
「ああ、だからか」
好きだった失恋ソングを聞かされたこと。海に行きたいといったこと。夢に自身が出てきたと打ち明けられたこと。
ぼやぼやしたピースをひとつずつ嵌めていくように、あいつが考え事をしている難しい顔つきになる。
「それで、話した理由を聞いてもいいか」
当然疑問はその一言に集約される。で、結局何が言いたいのってやつ。
結論から言うなら、ずっと好きな夢に浸ってるのも恋に恋してるみたいで不誠実だと思ったのだ。
だって、夢に現れるあいつは。
髪の長さも背格好も、高校時代と何一つ変わらない。
かつて一番好きだった曲が時の流れで順位が変動したように、あたしの外でも中でも変化は起きている。
そろそろけじめをつけるときなんだ。
アップデートしましょや、ってね。
「見る側ではなく、叶える側に行きたいんだ」
抽象的にあたしは答えた。
曲は夢から掘り出されてかき消えた。
海の景色も実際に赴くことで、より鮮明な記憶に塗り替えられていく。
しまいこんでいた好きをひとつずつつまみ出して、夢から現実へのお引越しを済ませていく。
そうして最後に取り残された、あたしの中にいる、高校時代のあいつ。
目の前にいる、今のあいつに置き換わることで。あたしのけじめとやらは終わる。
いや、それが始まりなのかな。
二人の世界、もとい生活をこれから一緒に作っていくんだから。
なので、伝えるべき言葉は決まっている。
これまでの流れ的にほぼ未来は確定していたけど、こういったものはちゃんと声に出して思い出に残したいのだ。
まだ乙女ですので。
振り返って、距離を詰めて、あいつの肩へと両手を置く。
合図のように、一瞬だけ風の音が弱まった。
「ずっと、あなたの側に寄り添いたい」
寒空の下。
二人きりの渚で、あたしは夢の続きを紡いだ。
そうしている間にも何も変わらず、凍てつく海風がぬくもりをかっさらって寒気が通り抜ける。
祝福の声も温かい拍手も、ここにはあるわけがない。
でもそれが、紛れもなく現実にいるという証だから。
「あ、改めて。よろしくお願いいたします」
かしこまった言葉とは裏腹に、声は案外ぎこちない。
感情よりも定型文を優先したんだろうけど、声色でわかってしまう。
ありゃ、タイミングしくった? やっぱ真冬の海辺とかいうシチュがあかんかったか?
「そうではないよ」
苦笑いを浮かべて、あいつは背負ったカバンを下ろした。
手を突っ込んで、それから一つの細長い箱を引っ張り出す。
ひざまずいた体勢で、黒い箱を抱えてあたしを見上げる。
「逆の順番となってしまうが」
これが私からの返事だ。
つぶやいて、相変わらず腰を下ろしたまま。
あいつは授けるように箱をあたしへと差し出した。
あ、そゆこと?
ポーズ的に今更あたしは察した。
ごめん。かっこよく決めるとこをかっさらっちゃったのか、あたし。
「構わない。それもまた、私達らしくていいと思う」
「あはは、確かに」
あたしたちはどこの要素を取っても、誰が見ても正反対。
凸凹で、なのになぜか気が合って、友人から恋人からもっと先の関係に進もうとしていて。
それとも、自分とはまるっきり違うからか。
だから惹かれるのかな、こんなにも。
「ありがたくお受け取りいたしますぜ」
いつまでもあいつを砂浜でひざまずかせてるわけにはいかない。何のプレイだよ。
あたしは箱を受け取って、もう立ってもいいぞーと告げた。
でないといつまでも見上げてそうだったので。
「お、おおー」
箱を開けると、色とりどりのバラの花が目に飛び込んできた。
丸いガラスドームの中にいくつも咲き乱れて、底には羽のような白いふわふわの素材が敷き詰められている。
てっぺんの球体にはひらひらのリボンがあしらわれて、いかにも乙女心を刺激する超ファンシーな贈り物に仕上がっている。
「めっちゃかわいいねこれ」
「最初は花束にしようか迷ったが、旅行先では持ち運びに困るから。フラワーアレンジメントにしてみた」
「確かに花束は嬉しいけど扱いがね」
ちなみにこのガラスの中のバラは、造花ではなく加工した生花らしい。
プリザーブドフラワーってやつなんだとか。
ドライフラワーとは違って寿命はあるけど、数年くらいは持つからインテリアとしても重宝する。
枯れない美しさを、生花よりちょっと長く楽しむために。
「よく似合ってるよ」
きゃっきゃといろんな角度から鑑賞するあたしを見て、あいつが満足げに言った。
「ありがと。大切にするね」
二人で飾っていく思い出が、こうしてまた一つ増えていった。
フラワーギフトは丁重に箱へとしまって、それから無言で向かい合った。
手袋を取って、手を取って、海をバックに見つめ合う。
「まだ学生だし職もないし道もわからんけど、心に決めたことは揺るがないから」
でも、側にいると決めたから。いい人生にしようと頑張れる原動力にはなる。
それがあたしの生きる希望のすべてだから。
そしてあいつも、誠意を持ってきっぱりと応えてくれた。
「選ばれた者としてお応えできるよう、この先も全力を尽くす所存にございます」
「こちらこそ」
指を絡めて、静かに口づけを交わして。
心を通わせたあとは、当然体も欲しくなってしまうわけで。
お互いそわそわとしながら、あたしたちは旅館へと戻っていく。
未来を誓いあったのに付き合いたてのカップルみたいなもどかしさに、お互い笑いを噛み殺しながら。
夢の続きは、幸福によって舗装されている。
今はそう感じた。
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