【B視点】まずはお勉強

・SideB


 愛する人とは、心も体も結ばれたいと願うのが普通。そう思ってた。


 でも、世の中には心だけでしか繋がれない人もいるんだね。ノンセクシュアルって方々で。

 恋愛感情はあっても、性の欲求はもともと持ち合わせていない。


 交際しているなら肉体関係もあって当たり前、って価値観がそもそもおかしいんだけどね。

 男は狼だーなんて言っておきながら、ノンセクの人にはゲイだの情けないだの押し付けてさ。


 ……で、ぶっちゃけるとあいつに対しては『もしかして無いのかな?』と思うときがあった。

 イメージがまるきりわかなかったってのもあるけど。


 お泊りとか添い寝とか手つなぎとかハグとかキスとかいろいろ重ねてきたけど、基本的にはプラトニックだったから。


 まあ、なんだ。そもそも付き合えている今がこれ以上ないほどの幸せなんだし。

 無くてもいいかなとは思ってたよ。愛情表現は多岐にわたるんだからね。


 って決めつけないで、ちゃんと話し合うことが大事だよね。

 今、あたしは反省した。



「あたしと、したいの?」


 あたしは直球で聞いた。

 先週のお誕生会とかその前の温泉とか、見る目がちょっと変わったのかなって兆候はあった。


 で、たった今ほとんど確信に近い告白を受けた。

 でもあいつ的にはそう感じること自体があたおかだって思いこんじゃってるみたいなんで、まずは本音を引き出してみると。


「…………そう、なる」


 長い沈黙のあとに、小声で返ってきた。

 情けないと身を震わせて、お説教待ちみたいに耐え忍ぶ面構えで。


 そんな深刻に思い悩むほどではないんだけどなあ。

 とくに女性に多いと思うんだけど。アダルトな話題って、まったく平気か汚いものにしか見れないかの両極端に分かれるよね。


 なのであたしは場を和ませるべく、軽いトーンで言い放った。


「そか。じゃ、しよ」


 軽すぎたわ。とりあえず生ビールみたいなノリで言ってしまった。


 ほらあいつなんか『ちゃんと話聞いてたか?』と言いたげに劇画タッチばりのびっくり顔になってるし。


「好きだからそうなりたいって思うのは自然じゃない? 恋愛感情の延長線にあるものだし」


 もちろん、そうじゃない人もいるけどね。

 ただ個人的には、恋心って甘酸っぱいものやほろ苦いものやどろどろしたものやえぐいものがごった煮の闇鍋みたいなもんって思うのだよ。


 今、あいつに伝えるべきは。

 自覚した欲求をはしたないと、卑下する必要はないと説くこと。


「求めてきてくれて、あたしは嬉しかったよ」


 相手を肯定し、素直な気持ちを乗せる。

 アサーティブコミュニケーションの基本だ。


 あいつは、放心したようにきょとんと目をしばたいていたけど。


「おーい」

 と目の前で手をひらひらさせるとがしっと掴まれた。

 両手で。おもちゃに食らいつく猫みたいだと思った。


「……あ」

 無意識の行動だったのか、あいつがおたおたし始める。


 でも離す気はないみたいで、代わりにあいつは掴んだ手をマイクにでも見立てるようにつたなく話し始めた。


「だ、だが。嫁入り前の大事な人に手を出すわけには。だから。きちんと婚姻関係を結んだあとで」


 おう、誠実な子だ。

 なかなかいないよね、そこまで貞操観念は高い人って。

 しかし、話し合いである以上あたしも自分の意見はあるのだ。


「我慢、できるの? それまで」

 あたしはできない。

 きっぱり言うと、あいつは『そうなるよな』と苦い笑みをうかべた。


「不思議なものだ」

「ん?」

「婚前交渉など、以前の価値観ではありえないと思っていた。身体の相性が大事と主張する人間を、貞操観念のかけらもないと軽蔑していた」


 でも。とあいつが続けて、握った手に視線を向ける。


「当事者になってやっと分かった。自制が利かなくなることに」


 以前のあいつなら絶対に口にしなかったであろう台詞。

 でも、今は。発言に迷いがない。


 もちろん理性を失うほどケダモノではないから、相手に合わせて我慢はできるけど。


 恋人同士で。18歳を迎えて。同性間だから妊娠で悩むこともなくて。したい気持ちが一致しているのであれば。

 ためらう理由なんて、どこにもない。


 あたしもかつては婚前交渉反対派だったからねー。

 清く正しい交際を経て、結婚までキレイな体でいる。素晴らしい考えじゃないですか。


 だから身持ちは堅かったんだけど、パートナーができたらこれだ。

 恋は理屈でするのではないとか、よく言ったもんだよね。



「それはそれとして」

 区切りがついたので、あたしは次のステップを提案した。


「まっさらな状態で気持ちだけが先走るのはよくないからね。まずは一緒に勉強しましょう」

「勉強……?」

「みー、ばーじん。ゆー、ばーじん。あんだすたん?」

 交互に手で指して、現在の状態を再確認させる。


 学校では、最低限の知識だけでやり方までは教えてくれない。

 なにせ性交渉はコミュニケーションだもの。

 経験値0のうちらが、事前知識なしでなだれ込むのは無謀に近い。


 ここを履き違えて、性欲解消のための独りよがりな行為に偏ったり。

 相手が満足させてくれると丸投げして、受身の姿勢でいると。

 レスとかマグロとか性の不一致、なんて言葉が出てきてしまうわけで。


「初体験、できれば良い思い出を作りたいかな。ってね」


 だって、失敗が怖い若者だもの。

 最初からうまくいかなくて当たり前だけど、どうせなら幸先いいスタートを切りたい。


「良い相性であったと満足いただけるよう、努力する」

「ん、お互い高みを目指していきましょう」


 なんでだか一緒に正座して、深々とその場でお辞儀。

 対局の挨拶みたいだ。

 ……あたしの場合はまずキスの上達からだから、先は長いなー。



 とりあえずあたしのスマホでそれっぽいワードをググって、初めて同士の人に向けた指南書みたいなページを開いた。


「女同士でも感染症予防は徹底するんだね」

「粘膜で保護されている場所に触れるわけだから。慎重に扱うことが必要なわけか」


 爪を切って整える、ってことは知っていた。

 けど、指に保護具をはめるって発想はなかった。


 確かに素でそのままだと女の指でもごつごつしてるし、雑菌怖いし、相手も臭いがしみ付いたらって気にするだろうからね。

 ゴム越しのほうが良さそうな気もする。


 事前にセーフワードを決めておくこと。

 とにかく時間をかけること。

 潤滑剤は惜しまないこと。

 テクニックに自信がないうちは、遠慮なく道具に頼ること。

 何より、互いに楽しむこと。


 まあそうだよねーと項目を一通りあいつと眺めて、ページをお気に入りに入れておく。


 さて。せっかく二人きりでいるんだし、まあまあその気になってるんだから。

 いつまでも机にかじりついてないで、体に覚えさせていくのも大事でしょう。


「じゃあちょっと、できそうなとこから実践してみる?」


 初心者向けの、肉体接触が詳細に記されているページを見せて。

 さらっとあたしは誘ってみた。

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