文化祭編・その後

【B視点】クラス会と宅飲み

・SideB


『文化祭実行委員会からのお知らせです。午後3時を持ちまして、xx祭を閉会いたします。本日はご来校ありがとうございましたー』


 あたしたちがうとうとしている間に、文化祭は終わっていた。

 放送部のアナウンスが体育館中に響いて、ようやく意識が揺り動かされる。


 あたしは眠気が残るまぶたをこすって、ぐぐっと腕を天井に伸ばす。

 周囲を見回すと、同じく放送で起こされた人たちがのろのろと座席から立ち上がっている光景が目に入った。


 パイプ椅子をいくつか抱えて、片付けに入っている生徒の姿も見える。

 去年とプログラムが変わらないなら、今年も閉会式はここでやるんだろうな。


「おーきーろー」

 うなだれて、夢の世界にいるあいつの耳元に小声で呼びかける。

 電車にこんな感じで寝てる人いるよね。


「…………」

 びくっと、あいつの身体が揺れた。

 うとうとしているときに、筋肉が一瞬だけ収縮するあの現象。

 それが覚醒の引き金となって、一時停止していたあいつがゆるゆると体を起こす。


「……落ちてた」

「どっからだよ」

「自宅の階段から足を踏み外して」

 外の高所からじゃないのが微妙にリアルというか。

 そんで起き抜けにユーモア飛ばすとは珍しい事もあるもんだ。


「無事現実に帰還されましたので。ご安心を」

 ぼーっと立ったままのあいつの目の前で手を振る。

 まだ夢心地にたゆたってそうな顔つきだ。


「ん?」

 振動を感じ取ったのか、あいつはスマホを取り出した。ちかちかとライトが点滅している。

 ちなみにあたしのスマホも同時に震えた。

 グループLINEへの一斉送信だと通知を見て分かった。


 内容は、案の定元クラスメイトから。

 宅飲みこれからいかがっすかーとのお誘い。

 正直そこまで気乗りしなかったけど、今日みたいな日でもなけりゃ集うことはもうないだろうな。


「どうする」

「いんじゃね? 久々だし」

 じゃあ行くか、と短くうなずいてあいつはスマホをしまった。


 ちょっと前までは、何人かで集って朝までどんちゃん騒ぎが普通だったんだよな。


 あいつはいつもお馴染みのポーカーフェイスでいたけど、賑やかな空気を好むことは知っている。

 自分が喋らなくても、まわりには騒いでいて欲しい的な。

 だから、たぶん行きたいんじゃないかなーとは思うんだ。


 今はあたしがいるじゃん、なんて恋人特権振りかざして束縛するのもよくないしね。



 指定された目的地に向かうと、意外とクラスメイトが集まっていた。

 うちらも入れて、約10人かな?

 まあそれでも全体の3割程度だけど、クラス会ならこんなもんだよね。


「ん、キミらも参加?」

 どうやら幹事役っぽい女子二人が近づいてきた。

 クラス名簿っぽいボード持ってるからたぶんそうでしょう。


 あ、よく見りゃ学級委員長だった子だ。

 髪染めてるから最初ハテナだったけど。


 電車通学が大半のクラスメイトの中では珍しく徒歩通学で、この近くに実家があることは知ってる。

 だから、呼んだんだろうな。


「……失礼っすけど、どちら様で?」

 委員長が顔を近づけて聞いてくる。む、うちらも人のこと言えんかった。

 いやパッと見大学デビューした割合大きいのか、誰かわからん子がちらほらいるけどさ。


「あたしだよ、あたし。君の大親友のクラスメイト」

「オレオレ詐欺っぽく言われてもなあ」

「……ちゃんと名乗り出なさい」


 少し呆れたあいつから、代わりに紹介される。

 名前を言った瞬間、ん? と参加者のほとんどが首をぐっとこちらに向けた。


 う、そうだった。

 私服はいつも(あいつと会う時基準)より控えめだけど、冴えない地味子コーデじゃないもんなあ。

 ちょっと今風に変えるだけですぐこれだ。


「…………」


 それでもカジュアル系でまとめていたせいか、視線はあんまりとどまることなく離れていった。

 うん、それでいい。婚活に来てんじゃないんだから。


 むしろあいつを見て『え、あの子なん? まじ?』ってちらほら聞こえてくることにあたしは内心ほくそ笑んでいた。

 そうだろう。いけてるだろう。今さら気づいたって遅いんだからね。


「…………」

 逆にあいつはひそひそ注目されていることを悪い意味に受け取ってしまったのか、ひっそりとあたしの影に隠れようとする。


「大丈夫。陰口違うから。あたしは地獄耳だから聞き取れっけど、基本褒め言葉だから」


 そう補足すると、照れたのか余計に身を潜めてしまった。

 あたしの腕をけっこう強い力で組んでいるのがわかりやすい。

 これこれ、そんなしがみついてたら誤解されるって。

 されてもあたしは一向に構わんけどさ。



「いちお出前は取るけど、お酒や乾き物は出ないから欲しい人はそこのコンビニで買ってってねー」


 ぞろぞろと男女を引き連れた委員長が呼びかける。

 さっきピ○ーラとく○寿司にTELもしてたな。

 特に前者は直接店舗まで取りに行くと1枚無料になるから、この中から何人か連れていくっぽいし。


 会費は一人500円。

 これなら、飲み屋行くよりは安上がりで済むから宅飲み万歳だよ。

 や、あたしはあいつに釘刺されてるからソフトドリンクだけどね。


「何にした?」

 コンビニから、やたら大きな袋を持って出てきたあいつに聞いてみる。

 ちなみにあたしは飲み物以外買ってない。ちょっと今はお財布の紐を固めないといけない時期なので。

 あと焼きそば食ったから今あんまり空いてないし。


「紙コップと割り箸、紙皿。あとウェットティッシュ」

 飲食物じゃないのか。でもそこまで頭回らなかった。

「女子力たけー」

「……別に。私のところで集まるときに、いつも持ってきてくれていた子がいたから」


 そうだったっけ? ごめんよ記憶から細やかな気遣いが抜けていて。

 委員長に見せたところ、すごく感謝してくれたのと準備不足だったことを謝られて全額返してもらったらしい。


 それからあたしたちは、委員長を先頭にご自宅まで談笑しつつ歩いていた。

 誰かが決めたわけではないけど、男子は男子、女子は女子で前後に固まっている。

 あたしは友人ヅラモードで、あいつや横の女子とキャンパスライフについてべらべらくっちゃべっていたんだけど。



「うんうん、わかるわかるー」


 あたしらの後ろ、男子の列にひとりだけ混ざる女子の甲高い声が響いてくる。

 で、そのたびにぐわっと立ち上る他女子の空気読めオーラがマジ怖い。


 あいつなんかは女子のギスギスに耐性ないから、胃痛を訴えてそうな顔でずっとあたしのほうを向いていた。

 今も無意識に腕組んでるね君。


 や、そういう目的の人も一人はいるかーって思ってたけどね。

 その子もなかなか可愛いし、ファッションはひらひらでめっちゃフェミニンコーデだし。

 自分に興味持ってくれる美人が嫌いな男子は少ないから、この場を利用してアピっちゃうのもわかる。

 出会いは基本大学中に作っとくもんだしね。


 男子も男子で、やっぱ構ってくれることに悪い気はしないからか会話はそこそこ盛り上がってる。

 同性から見るとあざてーって思うけど、あの子は基本的にトークが上手いんだよね。


 相手の求められてるポイントを即座に押さえて、心の隙間をお埋めにかかってる。

 人間観察に長けていて、少し大げさなリアクションで褒めるのもうまい。


 だから同性でも話してて気分が良い。

 話術で相手を落とすのも立派な戦略だから、あんまり咎める気にはならない。

 でも、他の女子の前で堂々とがっつくのはなんからしくないなあ。

 まるで姫だ。


「…………」

 そのうち、輪から外れたっぽい一人の男子生徒が歩を早めた。

 そのままこっちに混ざってくる。

 誰だっけ。米○玄師ばりに長い前髪で顔隠してるから浮かんでこない。


「どったん」

 あたしの隣にいた女子が、並んできた男子に声をかける。


「あぶれた」

 男子は背後をチラ見しつつ、大げさに息を吐いた。

 後ろの男子連中は完全に姫を囲む会になっており、一人だけ外れてる現状に誰も言ってこない。


「こっちは馬鹿話したいってのに」

 容赦のない一言を小声でつぶやく。

 どうやら、話し相手を姫に取られておかんむりらしい。


「まあ、こういった集まりも出会いの場ではあるからさ……」

 飲む前からあんまり波風立てたくないのか女子がフォローするけど、男子の愚痴は止まらない。


「ダチで固まってるとこに割り込むって。もうそれクラッシャーなんよ。あいつらも気を引きたいからちやほやしようとする。何とかして面白い話ひねり出して、楽しませんのが趣旨になっちまう。クラス会と合コンを履き違えてんじゃねえ」


 ……うーん、運が悪かったとしか言いようがないなあ。


 そりゃ、特殊な関係にあるあたしたちはともかくとして。

 大抵の人は同世代の男女で集まる以上、多かれ少なかれ下心はあるはずだ。

 で、もちろんこの男子やあいつみたいに、みんなでワイワイを楽しみたいって層もいる。


 会場についたら普通に飲み食いしてワイワイするだろうけど、今この場でハブられたのはきっついだろうなあ。


「いいよ。この場でどんどん吐き出してしまえばいい」

 意外なことに、ここであいつが横から口を挟んできた。


 確かに、今はそれがいいかもね。

 うちらは男友達ではないから求めている話し相手には叶わないだろうけど、愚痴を受け止めることはできる。


 やな例えだけど『姫ちょっとうざい』っていう利害が一致してるせいか、周りの女子も男子とそれなりに仲よさげに話していた。


 あいつとも、根底の性質が似通ってるのかそこそこ会話のラリーが続いていることにあたしはほっとしていた。


 ……なんだけど、あたしには一言もかけてこない。

 口を挟むことはあっても、一対一で話す機会が一向にやってこない。



 んー、あたしなんかしたかなあ。苦手なタイプなんだろうか。

 別にいいけど。



 やがて砂利で敷き詰められたでっけー庭と、でっけー屋敷と、おそらく収入源らしきでっけー打ちっぱなしが見えてきた。


 農家の財力すごい。

 委員長からは8LDKあると聞かされてあたしはたまげていた。



 さて、どうか楽しく行きましょうや。


 当たり前のように鍵のかかっていない戸を開け放つ委員長にまたたまげつつ、あたしたちは広間型の古民家へとお邪魔した。

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