シェルター群の殺オランウータン

逆塔ボマー

解決編

これまでのあらすじ


 ホモサピエンスの滅び去った近未来。代わりに地上の覇者となったのは知性と社会性を得たたちだった。ある時、『シェルター』と呼ばれる遺跡に住む群れで、不可解な事件が起こる。殺されたのはフランジ(頬の部分の肉のふくらみ)も立派な老オランウータン「ボスダ」。呼ばれてやってきた名探偵「シロ」の調査で、群れの中の容疑者は三匹にまで絞り込まれる。ボスダと十年来連れ添う妻である「メスダ」、ボスダとメスダの間の娘「ムスメダ」、そして過去に何度もメスダに言い寄りトラブルを起こしていた若いオスの「マオトコ」。しかしその誰もが、ボスダが死んでいた『シェルター』の室内に入れたはずがないのだ――何らかのトリック? それとも、この三匹以外の誰かが?!



「もう一度、状況を整理しましょう」

 世にも珍しいアルビノの、純白の毛を持つ名探偵シロは集まった一同を見回した。

 彼の前には、旧人類の遺した遺跡『シェルター』を縄張りとする群れのメンバーが全員揃っている。

「ボスダさんは長年この『シェルター』で最上位のオスとして君臨し続けてきました。四十歳を超えて全盛期ほどの力はなくなっていたと聞きましたが、それでも彼のすることに誰も口出しができなかった。基本的に皆、遠巻きにして、彼に近づく者はいなかった。メスダさんとムスメダさん以外には」

「あとはたまにマオトコの馬鹿がちょっかい出してたくらいだな」

「だから俺じゃねぇって!」

 序列第二位だったオスの「ジテン」が吐いた軽口に、マオトコは荒々しい声で否定する。

 マオトコは育ちかけのフランジ(頬の部分のふくらみ)も初々しい、若いオスである。フランジの立派さは男らしさの証であり、逆に自信と実力を得れば自然と育ってくる部位……と信じられている。これの有無で体格すら大きく異なってくる。ずっとフランジなしの下位のオスに甘んじていたマオトコに現れたこの肉体的変化はいったい何がもたらしたものなのか、群れの誰にとっても謎であり、彼が第一の容疑者とされている理由でもあった。

 より上位のオスとの喧嘩で勝ったことを契機に『変わる』オスは珍しくないのだ。となれば、ボスダを勢い余って殺してしまった可能性だってあるのではないか……?


「マオトコさんはではありませんよ。しかし、そうですね、まずはそちらの謎から解いてしまいましょうか」

 名探偵シロは己の長い体毛をさする。シロもまた立派なフランジを持つ大柄な強いオスである。虚弱体質が多いアルビノ個体としては珍しいことであり、彼の言葉を皆が聞く理由でもあった。

「堂々と求婚できるオスはフランジ持ちのみ。これは我々が知性を得て、距離を詰めて群れで暮らすようになっても変わらないオランウータンの基本であります。持っていない『アンフランジ』はこっそり忍び寄って思いを遂げるほかない」

「んで、マオトコの馬鹿はメスダさんに言い寄ってはボスダに殴られてたと」

「だからそんなんじゃねぇって! もう違うんだって!」

「そう、そんなんじゃないのですよ。いや、かつてはそうだったのかもしれないマオトコさんは、『変わった』のです」

 吠える若者の言葉を継ぐようにして、シロは穏やかに微笑む。マオトコは気まずそうにシロの顔を伺う。

「……あー、バレてんだな? なあ、ここで言わなきゃダメか?」

「言わないと皆が納得しないでしょう」

 シロの言葉に、マオトコはメスダとムスメダを順に見る。メスダはずっと険しい顔をしていたが……ムスメダは何かを誤魔化すように視線を彷徨わせる。

「じゃあ……ゴホン。メスダさんにはほんと申し訳ないんすけど……俺、こないだから、ムスメダさんとお付き合いさせて貰ってます」

「む、ムスメダと?!」

「それもこっそりじゃなくって、求婚、させて貰いました。まだ未熟モンっすけど」

 群れの中に、動揺と納得の声が上がる。まだまだ子供と思われていたムスメダだが、早熟な子であればそういうことがあっても良いくらいの年頃。そしてマオトコが堂々たる求婚をするほどに肝が据わったのであれば……なるほど、身体もそれに合わせて変化するというものである。

 母親であるメスダは怒っていいのか祝福するべきなのか少し混乱していたようだったが、やがて溜息ひとつつくと、ムスメダの身体をギュッと抱きしめた。ムスメダもまた母親を抱き返した。


「……マオトコの『成長』の理由は分かったよ。でもボスダの事件は何も分からないままだぞ」

 ジテンは場の動揺が収まるのを待って、改めて発言する。

「アリバイとしてはマオトコ、メスダ、ムスメダの三匹が残されたままだし、その三匹だって他のオランウータンの目を盗んでボスダの部屋に入れるルートがない。誰もが入れる通路はずっと誰かの視線があった訳だし、奥の錆び付いた扉は誰にも開けられないときた」

「そうですね。まずは不可能だった、まで認めてしまいましょう。我々の力でもあの錆び付いた扉は壊せませんし、実際に壊されていなかった。そして開けるための道具も知識も器用さもない。……しかし、それらを兼ね備えた存在が居たとすれば?」

「なんだって?」

「ボスダさんは生前、『面白いモノを捕まえた』と言っていたそうですね。そしてここ数日、普段の倍ほどの食料を部屋に持ち込んでいることが確認できている。しかし皆、ボスダさんを恐れてボスダさんの部屋には踏み入ってない。メスダさんもムスメダさんも、ボスダさんに呼ばれない限り入ることはない。ここ数日、そこに『何か』が居ても気づけない」

「ボスダが『何か』をこっそり『飼っていた』って言うのか?! そいつがボスダを殺したって?」

「状況からはそう考えざるを得ません。そして『何を飼っていたのか』も、容易に想像ができます」


 名探偵シロはそして、言い切った。


「この『シェルター』は、。そしていくつかの扉など、我々オランウータンの手に余る複雑な機構も、彼らは全て使いこなしていたはずです。ずばり、ボスダさんは『ホモサピエンスの生き残り』を見つけて、捕まえて、飼っていて、そして、それに殺されたのです。そしてホモサピエンスは、我らにとっての開かずの扉を開けて通って閉めて逃げていった――」


 群れからは悲鳴が上がった。誰かが叫んだ。

「そんなはずはない! だって、だって……!」


 名探偵シロは我が意を得たりとばかりに頷いた。

「そう、それが今回の事件の、です」

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