第20話 ローン・ホーンウルフは一人じゃない

 鼻が上手く効かない、ひたすらがむしゃらに走ったからどこにいるのかもわからない。

 迷子になってしまった。吹雪の中で音も乱れてる。角も小さく隠れてしまってるから風を感じることが出来ない。


「お腹空いた……」


 半分人間の体だからお肉は食べなくても木の実で生きては行ける。でもこの吹雪の中じゃ体力なんてすぐにすり減ってしまう。

 いい加減帰ろう、帰っておじいちゃんとおばあちゃんに謝ろう。



 震える体を抑えながら雪山の中を進む。吹雪が収まってきたようで見慣れた道が見えてきた。

 もうすぐ家に着く、きっと家にいない私を心配してるはず、ちゃんとみんなに謝らなくちゃ。


 岩山の中にある洞窟前で私は違和感に気づいた。雪を溶かす血がいつもの血と違う。狩で捕まえた獲物じゃない、この匂いは――


「――ッ!?」


 お兄ちゃんが血まみれの体で出てきた。

 何か言おうとしてるのにその口からは何も聞こえない。

 なんでお兄ちゃんが血まみれなの。何があったの。


「……ぇ……は……」


「あ? なんだガキか……お前も獣人か?」

「アニキ、獣人なら人の言葉通じないですよ、この洞窟の中で言葉通じたのそこのババアだけじゃないですか」


 知らない人間が二人、家から出てきた。一人の手が掴んでいる髪から先には、見慣れた頭だけがあった。


「お父さん?」


 なんでお父さんが首だけになってるの、まるで狩られた獲物みたいに。


「あ、あなた達誰?」

「やっぱり言葉通じねぇわ……このメスも獣人ね」

「なにしてるの?」

「殺しますかいアニキ」

「バカ言うな、メスの獣人でしかもガキだ、高く売れるぜ、それにボスは子供の獣人は全員捕まえろって言ってただろ」

「そうでしたね」

「でも見るからになり損ないだな……落ちこぼれってやつか」

「……ッ!」


 わからない、何が起こってるのかわからない。おばあちゃんは、お母さんは、みんなどこなの。そばに倒れるお兄ちゃんに目を向ける、でもお兄ちゃんは真っ白になっていた。


「助けて……ごめんなさい、私がわがまま言ったからなの? いい子じゃないから……誰か助けて」


「ガルル……ガウ!!」


 家の中から飛び出してきたおじいちゃんが人間の腕を食いちぎる。


「ッ! クソが、死にかけの狼野郎が、ホーンウルフかなんか知らねぇが大人しくくたばれってんだ!!」

「おじいちゃん……角が折れてるよ…」


 角以外も身体中ボロボロで、とても立てる状況じゃないはず。それでも私と人間の間にたって吠えていた。


「ガルル……(エリナよ、よく聞け)」

「おじいちゃん?」

「(お前だけでも逃げろ……逃げた先で孤児のふりをすればきっと人間だと思われるはずだ)」

「みんなは、お母さんやおばあちゃんは?」

「(みんな死んだ……すまない、我が一族の誇りなんてちっぽけなものだ、お前を人間として育ててやれなくてすまない、最後に……我々の角は風ではなく世界の力を感じ取る……生き物を希望へと導く光だ……きっとエリナの希望も照らしてくれるはず)」


 最後におじいちゃんの折れた角が光り出す。

 私はおじいちゃんに咥えられて遠くに投げ飛ばされた。


 その後のことはあまり覚えていない、ひたすら逃げた。逃げている途中で旅人に拾われて、人間の孤児として育てられた、言葉もその人たちに教わった。


 私は人間になりたいけど、人間は嫌いになった。


 獣人だってバレると酷い目にあう、だから私はずっと隠しながら生きていた。


 自立するために入ったグレイド学園でも獣人だって事を隠していた。

 バレるのが怖いから誰とも組みたくなかった。


 でもあの人は私を獣人だと気づいた。


「エリナちゃんって獣人でしょ?」

「え、その……」

「俺ちんたちの仲間になってよ!」

「なんで?」

「絶対楽しいから! それに俺ちん獣人が好きなんだ!」


 彼の言葉は無邪気な子供のようで、かつての私を見ているようだった。人間を避けてきたから、人間の悪意には敏感なはずなのに、彼からは少しの悪意も感じなかった。


「もし楽しくなかったら抜けていいから」

「少しだけなら……昨日のお礼もありますし」

「やった! 早速今日の放課後アッちんに挨拶しに行こう!」

「は、はい」


 そして私のパーティーのリーダーは私を珍しいものを見るような目で見てきましたが、それでも私を獣人としてではなく、グレイド学園の生徒エリナとして接してくれた。


 私はもう一度人間を好きになれそうです。


 ――――――――


「例え落ちこぼれでも負けられないの……私の角はみんなを勝利に導く希望の光! 絶対に負けない!」


 いつまでもわがままな私じゃだめ、強く、もっと強く、みんなを助けれる強い私になるんだ!


「角が光った……今から本当の全力って事のようだね」


 今ならわかる、世界の力は魔素だった、私たちの角は大きな魔穴だった。

 全身の傷を癒すのはまるで息をするように簡単なことになった。


「治癒魔法、そうか、だから君が残ったのか……僕に長期戦を挑もうって魂胆だろうが……そんなに甘くないよ」

「違う、私はすぐにでもあなたを倒してみんなの元へ行きます」

「ちっ……獣人風情が調子に乗るな」


 今なら魔力を自在に操れる。

 あとはファングさんとの修行を思い出すだけだ。

 ズボンのポケットに入れていたナックルをつけて構える。


「なんだ、武器があるのか」

「獣人拳法、私たち獣人を侮辱したあなたには痛い目にあってもらいます」

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