第18話 獣の覚悟

「マシャちん、またペアだね」

「僕達相性いいからかもね」

「てかアッちんは!? 全然合流してこないんだけど!?」

「もしかしたら敵に出会っちゃったのかも」

「だとしてもアッちんなら絶対にこっちに合流して状況を有利にするよ」

「もし相手がセシリアくんって子なら?」

「それは……まぁ考えても仕方ない、俺ちん達だけでも頑張るぞー!!」


 何かあったのは確かなんだ、アッちんが来ない以上二人でどうにかするしかないってことよ、大丈夫……俺ちん達ならできる。


「魔法の間隔が狭くなってきてるね」

「距離に比例して精度が高くなるのかな〜? だとしたら厄介だねん」


 それよりも、あんなバカでかい氷の山作ってまだ魔力残ってるなんてイカれてるっしょ。

 それにあと一人まだ出てきてない黄金組ゴールドクラスがいる。


「――ッ!?」


 咄嗟に立ち止まり、後ろから追いかけてきているマシャちんも止まらせる。何かは見えなかったけど鼻先を刃が掠めた。

 浅い切り傷から血が滲み出る。


「傷の角度から、敵は屋内?」

「今攻撃されたのかい?」


 当たりを見ても武器らしきものは見当たらない。全く気配も感じなかった、この不気味さは間違いない。


「気をつけて、どうやら最後の一人は暗殺者アサシンだよ……厄介だね」


 アサシンは素早くて手数も多く、それでいて決して痕跡を残さない隠密のプロ。白銀組シルバークラスからジョブ選択ができるけど、アサシンは適正能力の項目が多すぎて中々選ぶ人は居ない。

 姿を見せずに必殺の一撃を狙うアサシンはまるで水を得た魚だね。今反応できたのも奇跡に近い。


 何より厄介なのは、アサシンは容赦がないから最悪死にかねないってこと。実際に過去にもアサシンの生徒に殺された生徒は少なくない。たとえ殺傷力が低い武器でも彼らは殺しの道具にしてしまう。


「マシャちんは少しでいいから風を出しながら走って、飛び道具の起動をずらせるかもしれない」

「わかった、でも放っておいていいの?」

「敵は屋内戦が好きなジョブだよ? 俺ちんのムチとは相性が悪いって……小回りのきくアッちんじゃないと」


 ここは怖いけど放っておく以外に道はない。

 今は遠距離射撃を止めるのが肝心だ。


「警戒は怠らないで、少しでも気配を感じたらそこに攻撃していいから」

「うん」


 それよりもエリナちゃん、無茶はしたらダメだよ。


 ――――戦闘開始前


「もしそのシェルドフさんと出くわした場合は、私を残して行ってください、私が相手します」

「ダメだ、エリナは回復要員と索敵担当だ、クルーサ達と一緒に行動しろ、シェルドフは俺が足止めする」

「それこそダメっしょ、アッちんはセシリアちゃんと戦うまで体力を温存しないと……俺ちんが残るよ」

「いや、このパーティーの戦力的にアッシュくんとクルーサくんを離すのはダメだよ、僕ならドワーフだし体も丈夫だから誰よりも足止めができると思うよ」

「それこそ唯一の遠距離担当を残すことは出来ない」


 やっぱり宝石組ジュエリークラスという存在は厄介だ、その一人が存在するだけで戦局が振り回される。今はシェルドフが単騎できた場合を想定して作戦を練っているがいい案が思いつかない。


「ならこうはどうですか? 一人でも敵の居場所がわかっていて、探す手間が省けた場合、そしてシェルドフさんが単騎できた場合、この二つの条件が満たされた時、私を置いていってください」

「でも、エリナは戦えるのか?」

「まだなんの修行をしていたか教えてませんでしたね……私はこれがあります」


 そう言ってエリナは丸薬のようなものを取り出した。生臭い匂いがするその丸薬は赤黒く嫌な気分にさせてくる。


「獣人族に伝わる秘伝の丸薬、これを食べれば瞬時に獣化できるんです」

「そんなものがあったのか」

「私は拒食主義で、肉体が獣から離れていますが、お肉を食べれば本来の姿になります、そしてこの丸薬はそれ以上の力、獣の凶暴性を引き出します……恐らく一角大狼ホーンウルフ本来の姿に近づきます」

「エリナちゃんはそれでいいの?」

「え?」


 クルーサが珍しく真剣な表情でエリナを見つめる。普段はおちゃらけているがクルーサは人一倍他人の感情に敏感なやつだ。恐らくエリナの心の内が見えていたのだろう。


「獣の姿になりたくないんじゃないの?」

「それは……では、皆さんは私がこれ以上獣になったら怖がって不気味がって、離れていきますか?」


 エリナの問に対して俺たちの答えは決まりきっていた。


「ありえない」

「むしろもっと好きになるかもよ?」

「僕達は仲間だから姿なんて関係ないよ」

「なら私は大丈夫です……私もみんなと一緒に勝ちたいから、私に任せてください」

「わかった、さっき言った条件が揃った時、その時だけシェルドフはエリナに任せる」


 彼女の覚悟を決めた顔を見てこれ以上何を言っても無駄なのはわかっていた。



 ――――――――現在


「君は獣人だったのか、しかもホーンウルフとは」

「ガルル……」

「獣人と言うよりただの獣、獣じゃ人間には勝てないよ?」


 やっぱり丸薬の量を増やしたのがダメだったかな、意識が奪われそうになる。でも今日までファングさんと修行してきた、獣にのまれないように。


「言葉はまだ通じるかい? せっかく可愛らしい姿だったのにとても残念だよ」

「うる……さい、私だって好きで…こんな姿になってない! でも勝つためなら……グルルゥゥ」


 あの皮膚を牙で食いちぎった瞬間、きっと甘美な鮮血と歯ごたえのある筋肉が口の中で拡がって――


「うぅ……ダメだよ! 絶対にダメだ!」

「僕は獣が嫌いでね……そんな獣と交わった人間も嫌いで、その間に生まれた人間はもっとも嫌いなんだ……悪いが容赦はしない」

「私も……手加減は出来ません!!」

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