第9話 先生からの特別授業

 残り十一日、本格的に仕上げの段階に入らないといけない、今日は魔導師科の授業を見学する最終日。明日からは戦士科の授業を見学する予定だ。


 魔導師科最後の授業に選んだのはバイストン先生が担当している鉄組アイアンクラスの授業。最初の頃に一度見学しただけでそれ以降は青銅組ブロンズクラスの方に移ったからかなり久しぶりな感覚になる。


 年上だとしてもクズ鉄組に落とされた俺たちを鉄組の生徒たちは明らかに見下している。慣れたことだが可愛げがない。


「あーなったらもう終わりだろ」

「恥ずかしくねーのかな」

「ダッサ」


 本当に可愛げがない、心底腹が立つ位だ。


「来年、この中の何人がこっち側に来るのか楽しみだね」

「今めっちゃ悪い顔してるぞ」

「今なら闇堕ちできそうな気分だよん」

「二年目から案外気にならなくなるよ、実際になにかされる訳じゃないんだって思えるし」

「マシャットさんは逆にすごいですよ」


 可哀想なマシャットさんと感受性豊かなクルーサは放っておいて先生が来るのを待つ。


 授業開始の鐘が鳴り、バイストン先生が教室の中に入ってきた。


 相変わらず小さくて後ろからだと頭しか見えない。

 雑談をしていた生徒たちが黙り、先生の授業が始まる。


「前回までの授業を踏まえて今日はみんなの魔法適正を確認するよ」


 どうやら今日は魔力操作の授業らしい。熱、噴出、振動のどの操作が得意なのか確認するんだろう。


 生徒一人一人に手のひらが入るほどの器を配る。その中には水が入っていた。

 バイストン先生が教壇の上で例を見せる。


「みんな一人ずつ振動、噴出、熱の順に魔力操作を行って、そこから私がどの適性が強いか判断するよ……こんな風にね」


 そういうと、先生の器の中にある水が揺れだし外にこぼれる、その次は一気に何かが中で破裂したように水が弾け、最後には全部氷になってすぐに蒸発した。

 一瞬の間で三つの操作を見せたバイストン先生にみんなが絶句する。


「流石バイストン先生、どの操作も得意って言われても納得するレベルだし、切り替え速度もすごい」


 横でマシャットさんが感心した顔で見ている。魔法が苦手な俺にとってこの凄さがどれほどのものなのか分からないが、周りの反応である程度理解出来る。


「後ろの見学組もやってみようか」

「え、僕達もですか?」


 教室が少し騒がしくなる。

 普通クズ鉄組を授業に参加させる先生はいない。ほとんど空気みたいな扱いなのに。だからか、いきなり話を振ってきて俺たち三人は固まってしまう。


「せっかくの機会だし、今日は適性を確認して終わるから三人増えてもいつもより早く終わるからね」

「わ、わかりました」


 笑顔でそう言ったバイストン先生に感謝の気持ちはあるけど、同時に周りの視線が気になってしまう。

 三人分の器が用意される。

 鉄組の生徒たちは既に適性の確認に入っていた。

 やっぱり先生が特別なだけで、一つの操作がすごい子はちらほら居るが先生みたいに瞬時に切り替えてあの強さを出せた生徒はいない。


「さぁ、君たちの番だ」


 先にクルーサが魔力操作を行う。どれも微々たるもので、振動は殆どないし噴出も小さな気泡が浮かんできた程度、熱は氷が一粒で少しぬるくなった。


「クルーサくんは三つの中だと熱操作が上手いね、魔力量も少なくないし鍛えれば青銅組レベルまではいけそうだよ」

「そうっすか? 頑張っちゃおっかな」


 先生に褒められ照れてるクルーサを鉄組の生徒は鼻で笑っていた。そりゃそうだ魔導師科の生徒に比べればこの操作は子供の頃にできているレベル、完全になめられてる。


「マシャットくん、やってみて」

「は、はい!」


 次はマシャットさんの番、振動はギリギリ水が器から出ない程度だが噴出操作は先生以上に水が弾け飛んでいた。そして熱操作は水面が凍りつき、その後ギリ飲める位のお湯にまで熱くなっていた。


「やっぱり噴出操作が群を抜いているけど熱操作もかなりいい線いってるね、優秀な魔導師になれるよ」

「僕は戦士なのでそれは……」


 マシャットさんも照れている。周りの生徒は気に食わないと言った顔で見てきていた。


「アッシュくん、どうぞ」


 俺の番になった。水の中に手を入れ今まで見てきた授業の内容を思い出す。振動操作は心臓から来る鼓動を感じとり体内で増幅させるイメージで。噴出は力みからの解放を意識、そして熱は文字通りイメージで温度を感じ取る。


「やっぱりどれもダメです」

「こればかりは魔力量も関係あるからね、人より少なめなアッシュくんは少ない魔力の効率的な操作を覚えよう」


 周りの生徒たちが今日一番の笑いをこっちに向けているにもかかわらずバイストン先生は優しい言葉を投げかけてくれた。恥ずかしさのあまりこの場から逃げ出したくなる。

 あなたは何が目的でこんな事をしたんだ、俺を辱めたかったのか。


「君たちが彼を笑う資格はないよ」


 突然の一言で教室が静まり返った。

 バイストン先生が怒りにも近い声色で鉄組の生徒たちに向けて話す。


「第一彼らは戦士科だ、土俵が違うのだから」

「なら初めから来なかったらいい話ですよ」


 一人の生徒が先生に噛み付いた。先生の真横に座っている長身の生徒。くせっ毛ある黒髪を掻きながら猫のような鋭い目付きでこちらを見てくる。


「戦士の才能がなかったからクズ鉄組に落とされたのに、さらにそれよりセンスがない魔導師科なんて……笑ってくださいって言ってるようなもんでしょ? ねぇ先輩」


 挑発的な態度にクルーサが前に出る。


「このガキ……潰しちゃうよ?」

「やめろ、別に間違ってない」

「素直ですね、そういう所は尊敬しちゃうかも……それ以外は軽蔑ですけど」


 立ち上がったその男子生徒は見下ろしながら笑っている。


「ならちょうどいい、ヨゼルくんはこのクラスで一番成績がいい生徒だったね」

「まぁ、俺才能あるんで」

「なら特別授業をしようか、第四決闘場に行こう、他の生徒はもう授業終わりだから着いて来ても来なくてもどっちでもいいよ」

「先生、どういうつもりですか?」


 思わず先生の肩を力強く掴んでしまった。それでも先生は笑顔でこっちを見てきている。


「彼は魔法の才能だけなら白銀組シルバークラスかその手前まであるよ……でも先輩として、一芸だけじゃこの先やってけないこと教えてあげてよ」

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