第27話 試験終了
激しい熱と共にペルセウスの体が弾き飛ばされる。大剣が胡蝶の詠唱を邪魔した瞬間に、外部から干渉を受けたのだ。
起き上がろうとする。だが――利き手が、右手が、痺れて動かない。
「な、なんだよ、これ……」
「神罰です」
靴音を響かせながら胡蝶は歩いてくる。
日本の魔法、そのほとんどはガラパゴス化し西洋とは様式が異なっている。その最たる例が〈祝詞〉と呼ばれる魔法だ。
「あの詠唱は、私が神に納める為の詠唱。それを邪魔したとあれば神の逆鱗に触れるのもしかりです」
「っ……罠にかけたのか!!」
「いいえ? まさか。この詠唱はわざと邪魔されるとわかっていて詠唱すれば我が身すらも滅ぼす神への形なき供物……そんなものを罠に扱うと思います?」
答えは否だ。
何故ならばどちらでもよかったから。
「詠唱が完成すれば私の身体を依り代に神が戦場を蹂躙する。貴方が邪魔をすれば貴女の身体は神罰に蝕まれる。ね? どっちでも私には有利でしょ?」
「ッ………………!!」
「あーあ。知らないからと焦るからですよ。そしてその焦りが貴方の敗因だ」
魔力が渦巻く。
嗣音は、感嘆していた。さすがは胡蝶だ。自分よりも余程上手に、戦う方法を熟知している。
今この瞬間こそ、ペルセウスは嗣音に対して全くの無防備だ。先程とは逆。今度は、嗣音の番なのだ。
「“魔力、装填。魔力回路、全開。ヴァルハライド、プロトタイプ解放。約束の時は訪れた。今こそ、原罪は贖われる”」
水の形へ具現化していく魔力を纏いながら嗣音は地面を蹴った。杖を構え、ペルセウスへ肉薄する。
「【
海にも匹敵する量の魔力がペルセウスを飲み干した。胡蝶は銃に弾丸を込めると、彼のコアがあるであろう場所に狙いをつけ……ただ祈ることもなく、引き金を引いたのだった。
***
半壊した校舎に靴音が響く。歩いているのは、二人。
一人は背が高く、ひょろい男性だった。革製のジャケットを羽織った、煉瓦色の髪をもつ青年。彼は鋭い朱色の瞳で瓦礫の中からなにかを探そうとしていた。
二人目は先の青年よりも背が高いが肉付きは良い藤色のチャイナドレスを纏った女性だった。彼女の両腕には出欠量過多で気絶している戒那とマリアが抱えられている。
「いきなり学校にこさせてなにかと思えば後始末か……シャドウ、生徒会使いが荒くないか?」
「確かにな! けど、私達の力が必要なのも事実だぜ! なにせこんな瓦礫の撤去が一時間でできるのは私くらいだろうからな!」
一般的な少女とそう変わらない体型でありながら、彼女は爪先でころころと瓦礫を転がし救助作業を進めていく。
「そういうな。蘭、隼斗……四人は明日からお前達と同じクラスに所属するクラスメイトだ。仲良くするといいだろう」
「お? シャドウ! 終わったのか?」
「……大体な。敵は捕縛し尋問室へ格納した。結界ももう既に普及されている。明日までに直さねばいけないのはここの廊下だけだ」
影からぬるりとでてきたシャドウは足元から伸びる影を使って蘭が転がした瓦礫を持ち上げて、ばりばりと補食し始めた。
「ということは、合格ということで良いのでしょうか」
瓦礫をどかしながら、ペルセウスと気絶したらしい嗣音を引きずりながら、胡蝶が顔を出した。
「そうだな……お前と戒那が自分の命を考えずに挑んだのは減点対象になるが……十文字 嗣音の覚醒、その後のお前の冷静な対応、戒那の隠れたレプリカントの始末にマリアの切り札の使いどころ……なにより数の有利があったとは言え適正戦力を整えられなかったにも関わらずレプリカントを三体撃破したことは功績として大きい……合格だ」
胡蝶が静かに瞳を見開く。それから一気に緊張をといた。
「よ、かった……それでこそ、いのちをはったかいが…………」
「おっ……」
蘭がバランスを崩した胡蝶の身体を抱き止めた。
「蘭、隼斗。四人を医務室に運んでおけ」
「うーっす」
「分かったぜ! 百合に預けてくるわ!」
二人の姿が遠ざかると同時にシャドウは指を弾いた。
神にとってこの程度の損害の修復など朝飯前だ。みるみるまに校舎は本来の姿を取り戻す。
「……本来レプリカントが出撃することができるのは神、またはそれに準ずる実力者のコマンドがあった時のみだ。そして、あれにはよりによって最高位の
踏み出すごとに回廊が緩やかに元の姿を取り戻していく。ここは結界の要故に狙われることも多い。それを想定した作りになっているのだ。
「〈蒼穹の鐘〉をコピーすることはかなわない……となると今回の襲撃はレプリカントの暴走、ということになるのだろうか」
独り言を呟きながらシャドウはゆっくりと放課後の廊下を歩いていく。
「…………ダメだな。神界が騒がしい今、レプリカントの暴走まで重なるとどうにもきな臭くて仕方ない」
教鞭を振るうという任があるがゆえに神界を離れられている。だがその任がなければ今頃『犯人捜し』に奔走しているところだった。
だがこちらもこちらで重要な任務であることに違いはない。
「…………果たして、この結末にあのお方は満足なされるだろうか」
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