太平洋は今日も晴れ ~今度はお茶の実を育ててみよう~

日崎アユム/丹羽夏子

第1話 鍵

 サコッシュの中をまさぐっていた向日葵ひまわりが、「ない!」と叫んだ。


「鍵、ない! どうしよう、どっかに置いてきたのかなぁ」

「ほんま。最後に使ったのいつ?」

「あれっ、いつだろ? 今朝も椿つばきくんが閉めてくれたんだよね? 昨日の夜かな? あれーっ、じゃあ離れの中に置きっぱなしで出てきたってことかも」


 時刻はもうすぐ午後九時だ。しかもこの辺は正面に田んぼ、背後に山という立地で明かりらしい明かりはない。その上ここは離れの玄関先だ。真っ暗な土の上にサコッシュの中身を広げるわけにはいかなかった。


 椿と向日葵は先月結婚して丸一年になった夫婦だ。二人で向日葵の生家である池谷いけがや家で暮らしており、日中は母屋で過ごして、夜になると寝起きのためだけに離れに戻ってくる生活をしている。離れといっても二階建ての3LDKで実質一戸建てである。聞けば今は亡き祖父が若き日の向日葵の両親のために建てたものらしかった。椿と向日葵はそれを譲り受けて暮らしていた。


 離れも池谷家の敷地内である。母屋も離れもひっくるめて塀で囲まれていることもあり、鍵を開けっ放しにしていても誰かに侵入されることはないだろう。


 だが、椿は毎朝離れに鍵をかけていた。


 離れのまるまる一棟全部が宝箱だ。中に物理的な財宝があるわけではない。けれど椿にとってはこの離れの中の空気が財産であり生きがいだった。

 この中には、自分たちの幸福が詰まっている。


「椿くん、すぐ鍵出る?」

「出るよ」


 半纏のポケットに手を突っ込む。銀のシリンダーキーが出てくる。キーホルダー代わりにつけているストラップ形式のお守りの鈴が鳴った。


 鍵穴に鍵を差し込み、回す。がちゃ、という音を立てて宝箱が開く。


 そうこうしている間にも向日葵はサコッシュの中で鍵を探し続けていたらしい。椿が玄関の扉を開けたちょうどその時、小さな鈴の音色が聞こえてきた。


「あった!」


 向日葵の鍵にも、三嶋大社で買ったストラップ式のお守りがついている。


 おそろい。

 同じ形状、同じストラップの鍵。

 二人が同じ家に帰る証。


「よかったぁ、作り直さなきゃだめかと思ったよぉ」


 椿は目を細めて向日葵の頭を撫でた。向日葵はちょっと笑ってから「なにさ」と不満そうな声を上げた。




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