第2話 神尾拓という少年

 私立春園学園には有名人がいる。

 悪役令嬢、御神本舞華。

 圧倒的な有名人である彼女だが、実はそれ以外にも校内である意味では有名な人物がもう一人いる。


 それは特別容姿が良い分けでも実家がお金持ちなわけでもない。

 頭が良いわけでもないし、部活で全国区の有名人なわけでもない。


「あ、あの……神尾君」


 女子生徒が一人、教室で自分の席に座りスマホで電子書籍を読んでいた彼に話しかけた。


「…………あ、田中さん。おはよう」


 彼はスマホから視線を外し、田中と呼んだ少女を見て微笑んだ。

 髪を三つ編みにして眼鏡をかけた真面目そうな少女だ。

 彼女は彼のいるこのクラスの学級委員だった。


「あ、お、おはよう」


 挨拶を返す彼女。

 その顔がほのかに赤く染まり、彼と視線を合わせることなく目が泳いだようになっている。

 それは別に彼女が人見知りだとか、男子が苦手だから……なんてことではない。

 どちらかと言えば彼女は人付き合いは得意な方だし、男子とも仲隔てなく接するタイプだ。

 愛嬌もあり何気に男子からの人気も高い。


「神尾君、この前のプリント……まだ提出してなかったよね?」


 田中さんは彼に自分の分のプリントを見せながら問いかけた。

 問われた彼は「……あっ」と目を見開いた。


「ご、ごめん。忘れてた」


 自分のカバンをごそごそと漁り、目当てのプリントを探し出す。


「あったあった」


 見つけたそのプリントを田中さんへ差し出した。


「これだよね。ごめん忘れちゃってて」

「ううん。いいよ。……その、朝からごめんね? これ今日までに先生に渡さないといけなくて」


 悪いのは彼なのだがそう謝罪を口にする彼女。


「いやいや、悪いのは俺で田中さんが謝ることは何にもないよ」


 彼は焦ったように言う。


「朝からこんなことで君の手を煩わせちゃってごめんね。次からは気を付けるよ」

「ううん、大丈夫だよ」

「ごめん、ありがとう。やっぱり田中さんは優しいね」


 神尾かみおたくは気持ちを素直に口にするタイプだった。勿論相手が嫌がるであろうことは口にしないようには気を付けている。


「ふぇっ!?」


 自然と……本当にごく自然と発せられたセリフに田中さんの顔が真っ赤に染まった。


「あ、えと……その……プ、プリントありがと」


 彼女はそれだけ言うとその場から脱兎のごとく逃げ出した。


「…………?」


 神尾拓は何とも不思議そうな表情でそれを見ていた。

 女子を素直に褒める……思春期男子にはそれは割と難しい行動だ。

 彼は平凡な見た目だが、その言動で女子生徒から割と好意を受けやすいタイプの人間だったのだ。



 だが……それには理由がある。

 彼が素直に女子にそんなことを言える理由があるのだ。


 それは彼が……彼女たちを恋愛対象として見ていないからだ。

 だから平気で普通は恥ずかしくなるような褒め言葉もかけれるし、緊張なんてすることもなく普通にお喋りできるのだ。


 彼は本当に本気で二次元にしか恋できない生粋のオタクのだから。



 彼は現実で初恋を体験したことがない。

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